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星の涙

 

 滞在2日目、エドガーとグレースは謁見前手続きと食料確保のため出かけてしまった。


 鳥のエサのような品の良い朝食をいただいたあと、シャロン一家とリシャールは話し合った。

 その結果、ロインのもてなしを否定したと取られかねないため、「食事が少ない」とロイン側に言ってはいけないと決まった。食料調達は、街に出て目立たないように食事を持ち込むことになった。


 スイーツ調達担当になったステラは嬉々としてスイーツマップを手にリシャールと王都を回る予定でいた。

 そこへ王太子エドワードが来てしまった……ラフな格好で、眩しいほどの笑顔で。


(昨夜の発言は社交辞令ではなかったのね。面倒かも……)


 昨日と何もかも雰囲気が違うエドワードにステラはどう対応したらよいかを悩んだ。カールを柔和にした雰囲気のエドワードはステラの警戒心を解くための笑顔を絶やさなかった。


「ステラ、本来の私はこんな感じだよ。エドワードと呼んでくれ」

「エドワード殿下、本日はありがとうございます。よろしくお願いします」

「任せて、どこが気になる場所とかある?」


 ステラはスイーツマップの付箋を貼ったページを開いた。

 ステラの持つ製本仕立てのマップをエドワードはしげしげと眺めた。布張りの表紙に付けられた見覚えのあるアップリケに目にとめた。


「これは?」

「後輩が持たせてくれた手作りマップです。可愛いですよね、その女の子と男の子のアップリケ」

「ステラに似ているね」

「えっ、そうですか? 私はそんなに可愛くないですよ」


 エドワードはページをパラパラとめくりはじめた。ロインの王都シャルティエの治安に及ぶまでの詳細が示された地図に驚かされ、既視感のある表紙のアップリケを再び眺めた。


 エドワードには、このアップリケから呼び覚まされる記憶があった。


 7〜8年前、ロイン王家からの留学生を預かった。その12歳の留学生ロレンツは女の子のマスコットをいつも持ち歩き、食事の時はテーブルに置いていた。それは小さく、本当に可愛く、服を着替えることもあった。

 ある時、エドワードの妹クリスティーナがそれを欲しがり引っ張り合いになり壊してしまった。大人びた印象だったロレンツはそのとき泣いてしまった。ロレンツは自室にこもり、マスコットを直しはじめた。慌てたクリスティーナは王宮衣装部にロレンツに似せたマスコットを作らせて、それを渡して謝罪した。

 対になったマスコットにロレンツは喜び、小さい2人をいつも持ち歩くようになった。その対のマスコットを彷彿とさせるアップリケだった。


「まさか、これを作ったのはロレンツか! で……ああっ、あのマスコットはステラだったのか……あの時のように『2人はいつも一緒だよ』ということか、くっくくっ……変わってないなぁ。待てよ、確かロレンツは……」


 ごにょごにょ言うエドワードをよそにステラは空を旋回する鳥を興味深く眺めていた。その横顔はクリスティーナと見まがうほどに懐かしい面影を宿していた。


(クリスティーナ!)


 エドワードの思いのこもった視線に気づいたステラは空からエドワードに視線を戻し少し首を傾げた。


「あっ、いや何でもない。

 わかった。この手作りマップのお店と、マップにない私のオススメの店や場所を織り交ぜて案内しよう」

「はい、楽しみです」


 身分を隠しての留学経験があるエドワードは、すぐにステラの警戒心を解くことに成功した。ステラはエドワードとの街歩きを楽しんだ。


「ステラは、どうして今までロインに帰って来なかったの?」

「祖母の祖国という認識しかなく、継承権について知ったのも数年前でして……遠い国でした」

「ステラは、このままロインに残れば良いのに……」

(えっ、それはダメ! だって、帰るってロランさんと約束したから……)


 瞬間的にロランの心配そうな顔が浮かび、ステラのは視線を床に落とした。


「ステラ、少し時間をあげるよ」

(何の?)

「そのためにも、ステラの希望を叶えてあげよう。願い事を言ってみて」

(そのため? どのため? 願い事? 希望は継承権辞退、ダメでもせめて給付金辞退なのだけど……)


 王族が口にしたことを翻すことはまずない。そのため、ステラは別の願い事を考える必要があった。


(食事の量を増やしてください! それだけは言わないと家族会議で決まったし……継承順位を21位で固定してくださいも変だし……)


「対面維持費の受け取りを先送りするお許しをいただけないでしょうか」

「あっ、それね。どうして対面維持費を嫌がるの?」

「職務専念義務規定と副業禁止規定のある仕事に就いておりまして、副収入を得るには許可が必要になりますので……」

「なんだ、真面目だね。気になるなら、ロイン国の銀行に口座を開設してプールしておけば済むことでは? この国の銀行は顧客情報を守ることにおい大陸随一だから安心だよ」


 そういうことではないとステラはモヤモヤした。


「地方役人としてハザウェイ国王都シエラに勤務し給与を得る身で、ロイン国の王位継承権者として対面維持費を受給することが矛盾する行為に思えまして……両国間の関係は良好といえども、いかがなものかと。私には身に余ることでして……。

 要領よく説明することができず申し訳ございません」


 両国を立ててステラは丁寧に言葉を選んだつもりだったが、思考が破綻し会話を閉じた。


 ロイン国の姫であったステラの祖母は、グレースの出産をロイン国にも届け出ていた。エドガーはグレースとの婚姻とステラの出生をハザウェイ国とロイン国へ届け出ていた。両国とも多重国籍者を認めている。複数の国籍を保有することは大陸において特段珍しいことでもなかった。

 そのため、ステラがハザウェイ国の役人になるのも、ロイン国の継承権を持つことにも支障はない。


「我がロインに対してもハザウェイに対しても不誠実だとでも?」

「(そう、それ!)法的に問題が無くても、心情的には複雑です」

「私だったら全てを手にしたいな」

「随分と意欲的ですね」

「欲張りだとよく言われるよ」


 エドワードの従者からの「お時間です」という言葉で、ステラは解放されると喜んだものの、帰る場所が同じだったことに気づきしおしおと同じ車に乗り込んだ。


「エドワード王太子殿下。本日はありがとうございました」

「ステラ、少しは私に慣れてくれた?」

「(慣れるはずがない)畏れ多いことでございます」

「それは残念だな。明日は庭園でお茶でもしよう」

(えっ、やだ! スイーツを調達したい。マップを検証したい。あぁ、断れない……たしかこういう時は微笑だったような……)


 ステラは曖昧な笑顔を浮かべた。

 エドワードはその笑顔に今は亡き妹クリスティーナを重ねた。



 その日の夜、国王陛下の政務室にエドワードの姿があった。


「エドワード、カトリーナの孫はどうだ?」

「はい。慎ましい面と強い面を感じました」

「カトリーナ様はどのような方でしたか?」

「素敵な叔母だった。結婚を申し込みたいぐらいに」

「父上!」

「血が濃すぎて諦めたよ、口にしたのは今がはじめてだ」


 ロイン王家では数代ごとに“いとこ婚”を行い血の薄まりを防いでいた。カールは叔母カトリーナを少し年上の美しい従姉だと思い慕っていた。

 カールの父・祖父はいとこ婚でないため、カールはカトリーナとの婚姻を密かに夢見ていた。7歳になり家系図の勉強をはじめたカールは、カトリーナが叔母だと知り、秘めた初恋は幕を下ろした。


 降嫁先の公爵家でのカトリーナの待遇が悪いことに気づいた前国王は、カトリーナを離縁させ粛清を行った。念のためにカトリーナをハザウェイ国の伯爵家当主との婚姻という形でその身を逃がした。

 その後、カトリーナは異国の伯爵家で幸せに暮らしていたが、グレースを出産して10年余りで急逝した。薄幸の姫としてロイン国で盛大に追悼され、王家はカトリーナの血筋を追っていた。


 近い血筋だけあって、カトリーナとクリスティーナとステラは似ていた。そんなステラに対し、カールは亡き叔母カトリーナと亡き長女クリスティーナを重ねた。エドワードは妹クリスティーナの面影を重ねずにはいられなかった。


 しかも、ステラの目はアースアイだった。

 ロイン王家の先祖返りとされるアースアイを持つ者は“星の瞳”と称され、国王が丁重に保護し“星の称号”を与えるのが習わしだった。


 そこにはロイン国王と王太子しか知り得ない伝承があった。


 ── 星の涙はロイン国を同じ涙で包む ──


 ステラの価値は継承順に関係なく、ロイン王家にとっては尊い存在となっていた。


「父上、気になることが……ステラの近くに、あのロレンツがいるようです」

「ああ、カフェ・ロイヤルロインに2人で来ていたと報告をうけている」


 ロヤルロインからアースアイの令嬢の報告を聞いたカールは、その者の出自を調べさせた。調査の結果、カトリーナの孫、従妹グレースの娘、王位継承権を持つステラが王家の血を引く“星の瞳”であることを確認した。


「グレースとの謁見にステラを連れてくるとは……僥倖だな」

「ではこのまま、ステラをロインに、この城に留め置くのですね。

 語学力・マナーに一点の曇りも感じられません。すぐにでも星の称号を与え、正式に星姫として迎えましょう。ああ、素晴らしい、王城の星の間の主が50年ぶりにお戻りに、次の建国際は盛大に祝いましょう!」


 エドワードは興奮を抑えられなかった。


「ああ、だが今はその時ではない。エドガー・シャロンを甘く見るな」

「父上がそんなにも評するほどの人物ならば、シャロン家を丸ごと我が国に迎えましょう」

「ああ。そのためにも……こちらの意向を悟られるな。今回は予定通りに帰国させる。それまでステラと良好な関係を築くことに専念せよ、絶対に悲しい涙を流させるな」

「はい、父上」


 ロイン国王は、ステラ・シャロンの徹底した身辺調査を諜報の者たちに指示した。



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