手厚い待遇と兵糧攻め
シャロン一家3人はロイン国の王城に圧倒された。
ハザウェイ国の王都が煌びやかと称するなら、ロイン国は荘厳な雰囲気だ。
ハザウェイ国が王城を中心に放射線状に王都が広がるのに対し、ロイン国は碁盤の目のように整備された王都の奥に巨大な王城がある。
ハザウェイ国の王城がガラスを多く用い空へ空へと尖塔がのびているのに対し、ロイン国は重量感のある石造りで屋根は水平にのびている。
王城前でステラが「凄いお城ですね」と言葉を漏らすと、エドガーは「維持費だけでも大変だろうに」と呟き、グレースは「お母様は、このお城で生まれ育ったということ?」と三者三様の感想を述べた。
ロイン入国時にシャロン一家が入国許可証を提示すると宿泊先へ送ると言われ車に乗せられた。ホテルに滞在予定だと伝えたが、車は王城前で止まり「到着いたしました」と降ろされた。
3人は「なぜ王城?」と思いながらも、目の前のレッドカーペットや楽団の演奏や出迎えの兵たちを見ないようにして、王城を眺めて感想を述べた。
現実に目を向けたのはステラだった。
「何かセレモニーというか、偉い方がいらっしゃるようですね?」
「そうだな」
「そうね、邪魔にならないようにホテルに向かいましょう」
しかし、その時には横も後ろも煌びやかな服装の儀仗兵たちに囲まれて、進むように指示された。シャロン一家は内心に反し堂々とレッドカーペットの上を歩み出した。
城門にはいかにも偉そうな人が出てきた。兵たちは最敬礼をとった。シャロン一家もロイン式最敬礼をとった。
「よく、来た。顔を上げよ」
ここで上げてはいけないとステラは習った。シャロン一家はそのままの姿勢を崩さない。
「よい、上げよ」
その言葉から3秒後にゆっくりと顔を上げた。
プラチナブロンドの精悍な顔立ちの国王陛下カールがアルカイックスマイルで迎えてくれた。
ロイン国王のスケジュールはほぼ極秘であり、多忙を極めていると聞いていた。
この訪問で、シャロン一家が国王陛下のご尊顔を拝するのは謁見の時だろうと思われていた。その謁見ですら、場合によっては中止され、国王代理による継承権辞退の手続きで終わるかもしれないと予想されていた。思わぬ展開だった。
「グレース・シャロン、ステラ・シャロン、よく帰った。
シャロン財閥総帥エドガー・シャロン、よく来た。歓迎する」
(かっこいい王様だ。50代前後? 国王陛下みずから出迎えなんて……話しで聞くよりはロインは開かれた気さくな王室!? なにはともあれ気を引き締めよう)
国王陛下からの言葉を受けて、ステラは自身が王位継承権を持っていることをはじめて実感した。シャロン一家は静かに礼をとった。
挨拶が終わり、仰々しい雰囲気からの解放を待ち望んだステラだったが……王の侍従から「王命でございます。王城にご滞在ください」と告げられたステラは閉塞感に襲われた。
王の発言が法となるロインでは王の決定に“なぜ”と聞きなおすことはできない。エドガーをはじめシャロン一家は王命に頭を下げるしかなかった。
滞在予定のホテルのロビー階には、ロラン絶賛のティーサロンがある。到着後、そこでお茶を楽しむ予定だったステラは最初からつまずき予定変更を余儀なくさせられた。
王城内のあてがわれた部屋でステラが付箋片手にスイーツマップを眺め予定を立て直していると……夕刻、シャロン一家歓迎の晩餐の席が設けられると告げられた。シャロン一家は晩餐の準備に追われた。
ロインに入国してからの待遇の良さにエドガーは強い疑問を持った。
入国してから異例続きだ……入国審査時に王家の車が用意されていると告げられ、王城前では国王みずからの出迎え、王城滞在、歓迎の晩餐……王位継承権を返上に来た者に対する対応からはかけ離れている。歓迎されているようで、監視・軟禁されているのと変わらない。
グレースとステラが服と宝飾品をわいわいと選んでいる姿を見ながらエドガーは執事リシャールに「いつでも帰国できるよう、荷ほどきは最小限に」と指示した。
カール国王陛下、エドワード王太子殿下に迎えられ、歓迎の晩餐が始まった。
ステラはロイン国のテーブルマナーを思い出しながら静かに口に運んだ。小さいお皿に少しずつ盛られたお料理が次々と運ばれては下げられていく。
(ロイン国の食事はバランスを考えて少量ずつ多品目と聞いていたけど……少ない。
少なすぎる! 薬味と見まがう少量だ。食べた気がしない……ここは鳥のエサの試食会ですか? なんだか悲しい。短命で少子化の原因ってこれでは? 胃には優しいけど、カロリー不足とか? そういえば……)
出発前日、ステラはロランから女の子と男の子の可愛いアップリケが施されたスイーツマップと共に「ステラ先輩、ロインではお腹がすくと思います。これも持って行ってください。日持ちするパウンドケーキとケークサレです。必ずこれを持って行ってくださいね」とずっしりと重さを感じるほどの量のお菓子を渡されたことを思い出した。
ステラは、なんでと思いながらもロランの必死さについ持ってきてしまったそれを思い出した。
(留学していただけあって、ロイン国のご飯の盛の少なさを知っていたのかぁ、助かったかも……お部屋に戻ったらあれを食べよう)
ステラは気を取り直し、品の良い食事を静かに口へと運んだ。
静粛な食事が終わり、お茶の時間になると、国王陛下はステラをじっと見つめ口を開いた。
「ステラ、そちも謁見希望だと聞いたが、まことか?」
「はい、急で申し訳ございません」
国王陛下は感情を悟らせずにステラから視線を王太子殿下へと動かした。
「王太子よ、説明を」
「かしこまりました。
ステラ・シャロン。内規に基づき……継承権ならびに対面維持費の辞退を認めない。よって謁見は不要である」
(えっ、ダメなの? 早急すぎたかぁ……仕方ない、兼業届を出すかぁ~)
代弁者である皇太子殿下の説明が終わると国王陛下は満足そうに頷いた。
エドガーとグレースの顔色が悪くなった。ロイン国王と王太子が“内規”という言葉を使うのには隠された意味がある。それは“気まぐれ”の言い換えである。
王、もしくは王太子の気まぐれでステラは継承権を辞退できない。そしてこの待遇……エドガーの頭には「ステラがロイン王家に気に入られた」と最も避けたい言葉が浮かんだ。
ステラも“内規”については学んでいたが、知らないフリを貫き発言した。
「ありがたく承ります。内規にある詳細を知ることは可能でしょうか?」
「そうだね、ステラには特別に私から説明してあげようかなぁ」
(おっ、回答をいだだけるのね)
急に砕けた口調でエドワードがステラの質問に対応しはじめた。ロイン国では稀なことである。国王陛下の側近たちに軽い動揺が走った。
発言途中のエドワードは、ステラの瞳に宿す星色をじっと見つめ言葉を止めた。
何かなとステラはエドワードと視線を合わせた。ふっと微笑みながらエドワードは優しく囁いた。
「内規の詳細はねぇ、そうだなぁ~ステラの目が綺麗だからということにしよう」
(なんだ、その理由!? あからさまに内規を目の前で考えて決めたよねぇ!?)
「ステラ、ようこそ我がロイン国へ。滞在中は私エドワードが王都を案内しよう」
シャロン一家が深々と礼をとると、国王陛下と王太子殿下は晩餐の場から辞した。
よくわからない雰囲気の晩餐から解放され、部屋に戻ったシャロン一家は疲れていた。
「「「疲れたぁ~」」」
誰がどう見てもステラは王家に注目されている、という事実にエドガーはステラを連れてきたことを後悔した。「王家の血を悪用されないようにハザウェイ国へ逃げるように渡った」と母から聞いていたグレースは、エドワードの接触に不安を覚えた。ロインの勉強を続けなくてはいけないことにステラはげんなりした。
リシャールがお茶を淹れ、ステラがロランから渡されたお菓子を出した。
「リシャールも食べて、これで空腹を乗り切りましょう」
「ステラ様、これは?」
「ロインに行くなら『お腹がすくはず』と後輩が持たせてくれたの」
「まあ、ステラ。あなたにそんな素敵な後輩ができたのね」
エドガーとグレースは勤務先のことを何も話さないステラを心配していたが、明るい表情の娘を見て2人の緊張が解けはじめた。
ステラが出してきたお菓子は食べやすく個別包装されていた。
「ステラ、こんな気の利くお菓子を用意してくださった方はなんというお名前なの?」
「ロラン・ロッシュというのよ」
エドガーは息をのんだ。
ロッシュ家の嫡男ジルベール・ロッシュはステラよりかなり年上のはずだ。嫡男の他に男子はいなかったはず。ロッシュ家といえば、ステラに婚約を申し込んできたギース公爵家に仕える伯爵家だ。
エドガーは気になる存在を思い出した。
(ギース公の三男ロレンツ・ロラン・ギースだというのか!? いや、そんなはずはない……)
「あら、男性なのね」
(やばっ、母のスイッチが入ったかな?)
エトガーの心配をよそにグレースは輝いた笑顔を浮かべステラに質問を開始した。
「……そう、優秀な後輩男子よ」
「どんな経歴の方なの?」
「ハザウェイ大を出ていて頭脳明晰で頼りになる後輩よ」
「ステラ、その方には婚約者とかいらっしゃらないの?」
「そういう方はいらっしゃらないみたい。
だけど、お母様、その方と結婚うんぬんは言わないでね。本人は貴族ではないと言うものの……どう見ても、とびっきりの名家の出って感じ──」
グレースとステラの話を聞きながらエドガーは増す不安を少しでも解消するために確認をはじめた。
「ステラ、その後輩の年齢は?」
「1つ年下だから20歳?」
「その後輩はどの辺に住んでいる?」
「少し前、王城の方角を指さして『あそこら辺です』って……王城の近くかな?」
「その後輩に留学経験は?」
「凄い、お父様! なんでもロイン国に留学した経験から、マップとお菓子を持たせてくれたの」
矢継ぎ早に質問をしたエドガーは言葉を無くした。
グレースはウキウキとエドガーの後に続いた。
「ステラ、その方をお母様に紹介していただけないかしら?」
「えっ、どうして?」
「このお菓子のお礼もしたいし」
「大丈夫です。そんなことを気にする子じゃないから……伝えておくから」
「そう、こんな綺麗に個別に包むなんて気の利く、方……とは……ぜひ……」
笑顔でステラの話を聞きながら、その包み紙をよくよく見たグレースの顔色が曇った。
かつてハザウェイ国の王太子妃候補だったグレースはその包み紙を知っていた。
「お母様、大丈夫です。そういうのに関係なく良くしてくださる方だからお土産を買って帰れば喜んでくれるはずです」
「ステラ……」
「お母様?」
言葉を詰まらせたグレースに変わってエトガーが「そろそろ寝なさい」とステラに告げた。
「おやすみなさい。お父様、お母様」
母の質問攻めが失速した隙にステラは自分にあてがわれた寝室へと退散した。
ステラが部屋に戻ったあと、エドガーとグレースは声を潜めた。
「あなた……」
「ああ」
「あの子はどうして、王家の人から好かれやすいのかしら」
「それは可愛いからに決まっている」
エドガーの発言にグレースは呆れながらも「確かにそうね」と同意を示した。
「王家の気まぐれにも参ったな」
「エドワード王太子殿下、30歳、婚姻はまだでしたね」
「ロイン王家はステラをどうするつもりだ!?
それに、ステラの後輩ロラン・ロッシュはギース公の三男、今のロレンツ・ロラン・サンク・ハザウェイで間違いないだろう。一切、公の場に出てこないが優秀だと聞いている」
「久しぶりにステラの口から男性の名前が出て、ステラが楽しそうに話すから、これはこれは結婚も近いと期待した次の瞬間、この包み紙を見て地獄に落とされた気分よ。
王都の文官になるなんて、ずいぶんと周到にステラに近づいたものね。何が目的かしら?」
エドガーは包み紙を眺めた。王家の裏紋の透かしを確認した。
「意外なところから身バレするものだな。帰国したら裏取りをして、相手の出方を見よう……」
「その前にロインから無事に出国できるのかしら?」
「ステラを“星姫様”と呼ぶ者が見受けられる。グレース、心当たりは?」
「ホシヒメサマ? 星姫!
お母様から聞いたことがあります。ステラの目、アースアイをこの国では“星の瞳”といって尊ぶ傾向があると聞いたことが……曖昧な記憶だけれど……」
「グレース、十分だ。すぐ、リシャールに探らせよう。
まずはこの兵糧攻めを何とかしよう」
シャロン夫妻は心配のまま眠りについた。




