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家族旅行

 

 11月下旬。肌寒い夜、買いだめした本の山から手当たり次第に抜き取り、ベッドの上でワクワクしながらページをめくる至福の金曜日の夜をステラは過ごした。


 週末の朝は家族そろって食事をするのがシャロン家の習慣の1つである。今朝も全員が揃った。夜更かしによる壮絶な眠気に襲われているステラは、それと格闘しながら朝食を口に運んでいた。


「ステラ、急だけど家族旅行でもどうかしら?」

(母よ、私はもうそういう歳ではない。12歳の娘を言葉が不慣れな地に留学させておきながら、今さら家族旅行もないでしょう……もしかして……えっ、そうだったの、大変!)

「お父様、お母様、余命宣告されたのですね?」


 ステラが深夜まで読みふけっていた小説「余命半年の王太子妃候補」では、ヒロインが余命宣告を受け、家族と思い出作りの旅をし、元気になる話だった。そのせいで昨夜からステラの頭の中では“突然の家族旅行”と聞くと“余命わずか”と変換されるようになってしまった。


「ごほっごほっ」

「お父様、胸を患ったのですね」

「違うわよ、ステラ」


 ステラの父エドガーがむせ、母グレースは笑顔で否定した。


「ステラ、急だけど休暇申請してもらえる?」

「お母様、転地療養ですか? 思い出作りですね」


 リシャールはステラに覚醒を促すために、「お嬢様、現実にお戻りください」と冷たい水を差しだした。


「ありがと、リシャール」


 エドガーはいつものように置物に戻り、グレースは話を続けた。


「ロイン国に行きましょう」

(母よ、なぜ? ロインへ行ってどうするの?)


 母の話から前後関係を掴めないステラは、エドガーに助けを求めた。


「お父様、手短に説明していただけますか?」

「ロイン王家の継承順位の見直しがある」

(おお~、継承権が消滅してロイン関連の勉強から解放されるのかな?)

「だが、このままだとグレースとステラの継承順位が上がりそうなのだ」

「なぜ!? 何故ですか?」


 エドガーの説明によると。

 ステラが10歳の時に“ロイン王家にかかわる法律改正”で継承者を200位まで指定した。それから、その多くが高齢のため逝去や認知機能の低下により、継承者はその数を減らし、グレースとステラの順位が繰り上がった。


 エドガーの説明を聞いてステラは純粋な質問をした。


「私は今、何位ですか?」

「42位だ。グレースは37位だ」

「知らないうちに……お父様、そういうことは適宜おしえてください」

「いや。つい先日、繰り上がっていたことを知ったのだ」


 エドガーは説明を続けた。

 ロインの王位継承権は“成人して一定程度の期間を経てからそれを辞退することができる”とされている。そのため、グレースは継承権を有したときから継承権辞退申出書をロイン大使館に提出するも叶わずにいた。

 申出書を提出して2~3年すると「その時に非ず」と味気ない通知が届く。グレースはその通知を受け取った翌日には次の継承権辞退申出書を提出するというやり取りを繰り返していた。

 それが先日、「謁見を条件に継承権辞退申出書を審査する」と記載された通知が届いた。その通知には、超極秘と記載された“王位継承順位一覧表”と“継承権者選定基準の一部見直しについて(予定)”という文書が同封されていた。


「お母様が辞退するのなら、私も一緒に辞退します」

「ステラ、一緒は無理だ。グレースでも10年を要した“成人して一定程度の期間”が何を意味するのか不明だ。ロインらしい玉虫色だ。辞退するにあたってはステラも時間がかかることを覚悟しておいた方が良いぞ。だがその前にロインという国をステラには見て欲しい」

「そうよ、だから一緒に行きましょう。ステラもロインを見てみたいでしょ?」

「いえ、別に、見たいとは……継承権とはお別れしたいです。どうしてお母様だけ、私も一緒に辞退したいです」


 ハザウェイ国で上級市民になり自由を堪能していたステラは、98位という中途半端な順位の王位継承権のためにロイン国関連の勉強を続けたくなかった。他国の継承権は現実味の無い遠いものにしか感じられなかった。


「ちなみに、継承権者選定基準の一部見直し後の私の予想順位とかわかりますか?」

「ステラは20位前後だろう……20位以内だとロイン国から対面維持費等が支給される。10位以内だと公式に国内外に発表され、ロイン国への定住が義務付けられ、王族としての振る舞いが求められる。

 ステラ、ロイン国はハザウェイ国より長い歴史を持ち、今も揺らがない絶対王政の国だ。見聞を広げるためにも是非とも見ておくべきだ」


(これは、また……困ったわ。面倒な予感しかない。突然、人生の岐路に立たされた感じかしら? 前にもこんなことがあったような。いやいや、私はハザウェイ国で生まれ育ち、今は曲がりなりにも王都シエラの事務官よ、あっ!)


「お父様! 大変です。

 事務官には副業禁止規定があるのです。何らかのお金を受け取るのならば、その旨を人事に報告し許可を取る必要があります」

(ロイン国の継承権があるなんて職場にバレたらなにかと面倒な気がする)

「この際、私も継承権を辞退するか、最悪はその対面維持費とかいうものだけでも辞退したいです」

「急には難しいが……そうだなぁ確かに……」


 エドガーはリシャールと話しはじめた。

 ステラはこのチャンスを逃してなるものかと必死の懇願をはじめた。


「お父様、私は成人です。一定程度の期間がどういうものか明記されていないのならば、多少なりとも私にも可能性はあるはずです。ダメ元で、お願いします」


 ステラにしては珍しい強い主張にエドガーは戸惑いを感じた。


「ステラ、万が一にでもグレースと共に謁見にこぎ着けたとする……ステラはロインを見ずして勢いで王位継承権を手放すことになっても良いのか?」

「はい!」

(ステラは貴族や王族に憧れや未練がないのか?)


 ロインの勉強を嫌がらずにこなしているように見えたステラの思い切りの良さにエトガーは内心驚いた。シャロン家が爵位を返上した際のステラの潔さをエドガーは思い出した。


「そうか……。今回のグレースの継承権辞退に、ステラの継承権辞退か対面維持費等の辞退の申し立て伺いを追加しよう」

「お父様! ありがとうございます」

「来月の第1土曜日に出発、翌土曜戻り、移動を含めて8日間の日程だ。ステラは職場に休暇承認を取ってくれ」


(父よ、来月の土曜とは今度の土曜ということ……休暇申請すれば承認はされるけど、急すぎる長期休暇は目立つのよ! でも仕方ないかぁ、ロイン絡みは両親と一緒の方が心強い)


 エドガーとリシャールは難しい顔で話を詰めはじめた。その様子を見ていたグレースは、うふふっとステラに笑いかけた。


「話はまとまったようね。私達は今から旅行のためのお買い物に行きましょう」

(母よ、ロイン国はハザウェイ国を凌駕するほどの国です)

「山や海に行くわけでもなく、必要なものはロインで買えるのでは?」

「でも、謁見用のドレスとか……」

(母よ、私は知っている)

「お母様、私のためにローブモンタントを毎年オーダーしていたのでは?」

「あらっ……気づいていたの? それに合わせて色々と──」


 その後、ステラはグレースに買い物市中引き回しの刑に処せられた。



 週明けにステラは休暇届を提出した。訪ロインに向けて休暇中の仕事の段取りを上司フォーレと確認しはじめたらロランが話に入ってきた。


「ステラ先輩、僕を通訳として同行させてください」

(おい、ロランよ、視察でなくプライベートの休暇なのよぉ。それに、残念なことに行ったこともないロイン国の言葉を話せるのよ、私)


 ステラが返答に迷っている間に、フォーレとロランの会話が始まった。


「係長、僕達を他都市派遣制度でロイン国へ行かせてください」

「いや、そんな制度はない」

「では、今から作ってください」

「それは不可能だ」

「では、僕も休暇申請します」

「何を言っているのだ! 人薄になる時期に……メンター不在で不安なのか?」

「違います! 僕はそんなに低い評価なのですか──」

「いや、そんなことは言ってないだろう──」


 意味のない会話を続ける2人を見ながら、ロランが係長に対し以前のような攻撃的な発言をしないことにステラは安心した。


(猛毒を吐かなくなった。ロランさん、成長したのね。良かった!)


 ステラは自席に戻り仕事をはじめた。

 しばらくすると憮然とした表情でロランが近寄ってきた。


「ステラ先輩、どうして急にロイン国に行くのですか?」

「父に言われて、珍しく強行でね」


 いずれ手放す継承権についてステラは言及を控えた。


「ロインの滞在先はどこですか?」

「よくわからないけど、父が手配するから大丈夫よ」

「シャロン財閥はロインへも拡大する予定ですか?」


 経済学部修士課程を修めたロランは好奇心からシャロン財閥の動向をステラに質問してしまった。家業に興味を持たないステラはロランの期待に応えることはできなかった。


「さぁ~? 父は仕事のことは話さないから」

(まさか、シャロン一家はロイン国に移住するつもりか?)


 ロランは不安そうな表情に変わった。ロランの笑顔に慣れていたステラは困惑した。


「ステラ先輩、戻られますよね?」

「もちろんよ。お土産のリクエストはある?」

「ロイン国の王都のスイーツマップ作りますね」

「まぁ、それは心強い」


 ロランはこの日から徹夜してロイン王都シャルティエのスイーツマッブ作りに取りかかった。



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