スイーツ部
ステラがロランのメンターになり2カ月もたたないうちに、どちらからともなくステラとロランは休憩時間になると一緒に庁舎内のカフェやレストランへ移動するようになっていた。
ステラの行動は分かりやすかった。午前休憩はカフェ・ポラリス、午後休憩にはカフェ・ミモザを利用していた。ステラと同じ担当になってからというもの、週に3回程度、ロランは偶然を装って休憩時間をステラと過ごすようにした。
やがて、ステラとロランの間では「休憩」という言葉の代わりに「ポラリスに行きますか?」「そろそろミモザにしましょうか?」という会話が自然発生した。
それを機にランチも一緒に動くようになっていた。
ステラの帰宅途中の独りスイーツ巡りは絶えることが無かった。週2〜3回のペースでお気に入りのカフェやパティスリー等にステラは通い詰めている。
本日は今話題の天才パティシエが腕を振るうパティスリー・ブルームの新作スイーツを目指し、ステラは仕事を定時に終わらせ退庁した。ステラはブルームに月に数回は通っている。そのためか、店側はいつもフラリと1人で来店するステラを歓迎してくれる。ステラは胸を弾ませて扉の前に立ち店内をガラスドア越しに眺める。
カランコロン
「いらっしゃいませ」
ステラに気づいた店員が扉を開けドアベルが鳴りステラの五感は、スイーツに占領された。
(そうそう、この音、この香り、色とりどりの可愛いスイーツが並ぶショーケース、癒される〜。さぁ、消毒しよう)
「席、空いていますか? 新作、まだありますか?」
「大丈夫ですよ。お連れの方がすでにお見えですよ」
(お連れ? まさか、また……)
入店するといつもの店員が笑顔で店内のテーブルを指し示す。そこには、満面の笑顔で手を振るロラン・ロッシュがいた。
「ロランさん。待ち合わせしてないはず……よね?」
「はい、ステラ先輩。今日はブルームの新作発表日だから来てみたのです。もしかしたら先輩もいらっしゃるかなと思って……スイーツ好きが考えることは似てしまいますね。もう、こうなったらスイーツ部を作りましょう」
勤務中はいつも側にいても、定時になるとステラはロランとの距離を置いた。ロランはそれを何とかしたかった。仕事時間外、特に夕方以降、ステラは異性と行動することに慎重だった。
ロランは、人目のあるところでスイーツを食べることに正当性を見いだせば夕方もステラと過ごせる時間が増えると考えた。
「ステラ先輩。スイーツ部を作りましょう。
活動内容はスイーツについての情報交換をしながらスイーツを楽しむこと。部費はありません。スイーツが食べたくなったら開催するという不定期開催にしましょう。新規部員は募らない。会計は各自。どうですか?」
「スイーツ部……魅力的な響きね」
(たしかに、当たり前のように、ここのところずっと優秀で手のかからな後輩男子と一緒にスイーツを食べている。かえってスイーツ部という名目があった方が良いかもしれない?)
ステラは論理的でありながら、スイーツに関しては押しに弱いことにロランは気付いていた
(ステラが顎にそっと指を添えて考えてる。よし、傾いているぞっ、ここは、あえて引こう)
「スイーツ部の詳細は後にしましょう。今日は、ステラ先輩の好きな栗を使ったタルトもありますよ」
「えっ、もうそんな季節なのね。でも、私は新作から」
「そうですね。僕も新作と……あとはフルーツタルトも」
(また、2つ同時注文している……ここまでのスイーツ男子だったとわねぇ~)
パティスリー・ブルームは、ロランにとってはライバル店だった。
運ばれてきた新作スイーツをロランは慎重に観察し口に運んだ。
(この風味にはかなわない。ステラは素材の味に敏感だ。それにしてもステラの笑顔が可愛い)
「ステラ先輩、幸せそうですね」
「ふふっ、美味しい。おかわりしたいかも──」
「王族制度改正だけでなく、貴族制度も早々にまた改正すべきよ。上級市民が貴族より羽振りが良くなって……」
「そうね、色々と変よね──」
隣のテーブルから聞こえてきた話の内容にステラとロランの会話が止まった。沈黙をかき消したのはロランの質問だった。
「ステラ先輩は望まないものを貰った時、どう対処しますか?」
(ロランよ、突然なに?)
「全力で断る。断れないときは、逆に考えないかな、望まないものに囚われたくないから」
「身に余るも望まないものを突然渡されて、それにより何かを諦めなければいけなかったらどうしますか?」
「ロランさんが具多的に何を思い描いて質問しているかわからないけど……私は諦めないかな?」
「相手が不幸になっても?」
(ロランよ、何の話だ? あ~、またあの悲しい色を目に浮かべている)
「望まないものを得て、望んでいた人が不幸にならないようにその人を諦めたということ? これは哲学的な問いかけかな?」
「……はい、たとえ話というか……」
「その不幸は、その人がそう感じることであって……その人が不幸と訴えたの? こちらが一方的にその人の不幸と決めるのは少し違うのでは?」
「えっ……」
ロランは混乱した。ステラのためにシャロン家の幸せのために諦めたのに……理想と現実は違う、自分の判断は正しいはずだとロランは自身に言い聞かせた。
「シャロン家が爵位を返上することにステラ先輩は賛成したのですか?」
「15歳、施行まであと2年という時、父から爵位を返上するかもしれないと説明を受けていたの。その他にも色々とあって……」
「ステラ先輩は、貴族のままでと思いませんでしたか?」
「私は当主ではないし、私は私だから……」
以前、ロランは伯父から「ロレンツ、制度を整えても肝心なのはエドガーの娘の心だ。そなたを求めてくれるとは限らない……その時の身の振り方を考えておけ」と苦い忠告を投げかけられた。
(貴族籍を抜けたということは、シャロン家は反体制側なのだろうか。僕の身分が判明したとき、それだけで僕は否定され、この関係すら崩れてしまうのか。このまま、今の関係が最善なのか)
ステラと過ごす時間が増えるにつれて、その恐怖は膨れ、ロランを悩ませていた。
「ステラ先輩は貴族や王族が嫌いですか?」
ロランよ、こんなところで危険な質問はやめてぇ〜! と叫ぶ代わりに、ステラは慎重に答えた。
「そういう概念を私は持ち合わせておりません。家長である父に従うと私が決断しただけです」
ステラの模範解答を耳にしたロランは、ステラとの距離を感じた。そして、自身の質問内容の幼さを痛感した。
「すみません。こんなところで不適切な質問をしました」
「そうね……」
妙な間をかき消すようにロランは発言した。
「噂でよく耳にする……シャロン家のような幸せな家庭に憧れがあって……」
「幸せな家族はそれなりに努力も必要なのよ、我が家は幸せな一家と言われているけど、無口な父と多弁な母と結婚もせず仕事している私……諸問題は山積みで意外と多難なのよ」
周囲から「何もかもに恵まれて幸せそう」と言われたところで、当事者しか知らない苦労がある。幸せそうに見えるのは、それだけの努力を長年続けていることも確かである。そんな幸福論については自分だけで考えたいステラは、気を取り直してケーキを楽しむことにした。
「それでもこうやって、美味しいスイーツを食べられることは幸せだと思う」
「幸せ?」
「そう。このお皿の上には愛が詰まっていると思うの。材料を育て収穫した人、食材を運搬し売買した人、このお店を建てた人、スイーツを作る人、お皿にそれを盛り運んでくれる人……そうやって考えていくとこのスイーツが私の前に置かれるまでの間に膨大な時間と人の思いが垣間見えるでしょ。
幸運にも出会えたスイーツ、それを眺めるだけで多くの人の幸せを分けてもらっているという感じがして嬉しくて。愛を感じるの、だから美味しいのよ!
さぁ、感謝して、いただきましょう」
ステラがこんなにもスイーツに感謝しながらそれを眺め口にすることで幸せになっていたことを改めて知ったロランは嬉しかった。
(僕のスイーツも君を幸せにする一翼を担えているかな? 僕の愛は届いてる?)
ステラにだけはいつも人懐っこい笑顔を向けるロランの目からは涙が溢れていた。
「……大丈夫? 具合が悪い?」
ステラはそう言いながら慌ててハンカチをロランに差し出しながらも困惑した。ステラは常々不思議で気になっていた、ロラン・ロッシュという存在が。
時々、ロランのような人であれば、契約結婚しても周囲どころか父エドガーもそのことに気づかないのでは? しかも、シャロン財閥を託せるかもしれない。と思うこともなくもなく。
メンターとメンティーという関係にならなければ話すこともなかった。地頭の良さだけでなく機転が利く。正義感があるようで時として排他的。貴族でないと言いながら貴族の振る舞い。我が家に興味を示しながらもすり寄ってはこない。生活感が微塵もない。掴みどころがないのに会話は弾む。
(突然の涙、でも嬉しそう……よく分からない人だ)
ロランは「すみません感情的になって」とハンカチで涙を拭った。
「ロランさんは色々と訳ありみたいね」
「はは……バレちゃいましたか?」
「安心して、詮索しないから」
「いえ、詮索してください。ステラ先輩になら──」
「メンターだからといって個人的なことにまで口を挟む気はないから、それより──」
この日発足した2人だけのスイーツ部、楽しい会話は続いた。




