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ステラのためのこのカフェで

 

 一方、会議室を退室したロランは声をあげた。


「シャロン先輩、待ってください」

「ロッシュさん、ちょっと休憩しない?」

「えっ、はっ? はい!」


 ステラからはじめて休憩に誘われたことに憤りを忘れてロランは一瞬で舞い上がった。ステラはいつもの午後休憩に使っているカフェ・ミモザへ向かった。


「シャロン先輩、どうして謝ったのですか?」

「関係ないから。審査係の仕事の進捗に私達は本来関係なかったからよ」

「余計に謝る必要はなかったはず。他係の程度の低い業務の後始末をさせられるぐらいなら、我々なら……」


「5人でやる仕事を私たち2人でやって、あの5人を遊ばせるの? 退職させるの?」

「えっ?」

「私たちは、あの5人の上司ではない。あの人たちの仕事を取り上げる権限はないのよ」

「だからといって……」

「係長が何を考えていたかは知らないけど……審査係の仕事が滞ったのは私達のせいではない。指導という役割を果たせなかったという、その一点に関してのみ謝って逃げた方が効率的でしょ。

 仕事の進行管理や改善は上司やベテラン職員の仕事だし、はじめから受けるべき案件でなかった。それに気づけずにロッシュさんを巻き込んで嫌な思いをさせてごめんなさい」


 ステラからの謝罪にロランは動揺した。


「やめてください。シャロン先輩が謝る必要はないはずです」

(やはり従順というか素直よね……ロッシュさんのように、正義感が強く何でもできてしまう新人は大きな組織では歓迎されないのかもしれない)

「本来の役割分担に戻すべきだと思ったの。今後、無理難題を押し付けられないためにも、今回の役に立たなかったという実績は今後の私達を守ってくれるはず……」


 ステラの先読みにロランは感心した。


「僕とシャロン先輩の2人なら……」

「あの程度の業務量ならできる。でもそれは、改めて上司から審査係の残務をやれと言われた時にやれば良いのよ」

「後になって、押し付けられたら悔しくないですか」


 ステラはロランの熱意に驚いた。


「そうね……もっと早く言って! そう思うぐらいかしら?」

「だったらいっそ、全て僕たち2人の分担にしてしまえば。できない人間に合わせたやり方をする無能な係長の言うことなんて無視して、さらに効率よく」


(おいおいロッシュよ、係長を無能と言うな! 心で思っても言葉にしちゃダメ)


「私達は風邪をひくし怪我もする。人事異動もある。1人でもできると言うの?」

「1人では無理です……でもシャロン先輩と僕なら2人で仕事を回せます」

「人事異動は突然なのよ、いつまでも2人と考えるのは甘いわよ。それに審査係を解体した人と言われたい?」


 こんな優秀なロランにある程度認められていると知ったステラは、あえて厳しい選択をロランに提示することにした。


「ロッシュさん、ハザウェイ王立大学法学部出身と聞いたけど、中退ではなく卒業したの?」

「はい、伯父が卒業にこだわって大変でした」

「その伯父様の家業でも継ぐ予定なの?」

「えっ、いいえ……えっ……」


 激しく動揺するロランをみてステラはその先の疑問を口にした。


「どうして、ハザウェイ王立大学卒なのに中央省庁ではなく王都事務官(地方文官)の道を選んだの?」

「それには事情があって……」

「そう、事情がある。みな事情があって王都の職員を選んで入庁している。その王都の職員として上手くやってくには、態度や発言にも注意しないとダメみたいなの。ロッシュさんは目立つの……去年、私でさえも目立ったの……」


 ステラの発言が弱々しくなったことにロランは首をひねった。


(黙々と仕事をしていたら、借金があると思い込んだ同僚から「君のために」と雑務を押し付けられ急な残業を強いられ、その陰でこっそりベーレンさんを中心に皆で飲み会を開催していたみたいだし! それがのちに大問題になって、かえって疎外感が増して、意地になって……あれ以来、独り黙々と仕事をしていたなぁ)


「シャロン先輩?」


 ロランの声でステラは過去の記憶を払いのけた。


「ロッシュさんが家業を継ぐ予定があって社会勉強で王都の事務官になったのなら、上司や先輩職員に正論だけで戦っても良いと思う。自分の感情をぶつけても構わない。でも、この組織に残るつもりがあるのなら、発言に注意してほしい。

 なぜこの業務に5人の人員が当てられているのか私達は知らないでしょ。繁忙期の仕事量を私達は知らない。それに業務改善等は直属の上司の許可と指示を得てから行うべきなの、万が一改善が上手く進まず遅滞した時に収拾を図るのは上司だし、責任をとるのも上司だし。

 組織人として、新人として、発言には細心の注意を払ってほしいの、それでも誤解されてしまうことは多々あるけど……」


 職場でこんなに長く話すことのなかったステラは、喋り疲れてアイスティーの入ったグラスを手に取った。氷が高い音を響かせた。


「あれもこれも押し付けられてシャロン先輩は悔しくないですか? 色々と……」

「そうね。心の底から悔しいわよ! でも、その感情を育てていては勤務を続けられないかな……。

 ロッシュさん、私の言うことが正しいとか正義だというつもりはないの。

 私はロッシュさんと仕事して快適だった。でも老婆心というか……ロッシュさんかこの組織で長く勤めたいと思うなら、真実だからこそ発言しない方が良いこともあると自覚して欲しい」


 ロランが何も答えないのを確認したステラは言葉を続けた。

 ステラは悩みながらも慎重にその言葉を口にした。


「そんな自覚は不要だと思うなら、それはそれで良いのだけど。その場合、私としては早期退職をお勧めする。ロッシュさんの優秀さを正しく評価してくれる組織に一刻も早く行くべきだと思う、中央官庁へ。起業という選択肢も考えるべきかと……。

 ロッシュさん、仕事のし過ぎで顔色も悪いし、少し休暇でも取ってみたら……それで、ゆっくり心身を休めてから、この組織でどういう自分になりたいかを考えてみて。少なくとも、今日はもう帰ってゆっくりしてください。お疲れ様でした」


 ── 早期退職をお勧めする ──

 ステラからその言葉を聞いたロランは頭に強い衝撃を受け動けなくなった。


 ステラに仕事を教えてもらうようになってからのロランは、今まで以上に頑張った。それをステラは認めてくれていた。それなのに「早期退職をお勧めする」なんて言葉が投げかけられるとは……。

 あまりにもの動揺で思考を止めたロランは、ステラがそっと立ち去ったことにも気づかず、焦点の合わない目で白いカフェテーブルを眺めつづけた。


 かれこれ2時間以上同じ姿勢で座っているロランにカフェの店員が近づいた。


「レンツ様、いつまでそうしているおつもりですか?」

「ジルっ……うっ……」

「ステラ様は少し前にこちらを心配そうに覗いてから退庁なさいました」

「私はステラに必要とされない存在なのか? ステラのためのこのカフェで……なぜこんな酷なことを……見返りを求めたつもりはないが、拒絶されるなんて……」

「レンツ様、落ち着いてください。ステラ様はレンツ様を1人の後輩として大事にしているように感じました。王族という立場を隠して、王都事務官になったのは何のためですか?」

「ステラの側で、ステラを助け、ステラと感情を共有して、ステラに必要とされたくて……うっ……ステラと……」


 ロレンツ・ロラン・サンク・ハザウェイはステラ・シャロンの側にいるために王都事務官になる許可を国王陛下に申請した。それに対し伯父である国王陛下はいくつかの条件を課した。

 ハザウェイ王立大学の経済学部修士と法学部学位課程を修了すること。王都シエラ事務官試験にトップ合格すること。名を一時的にロラン・ロッシュと改名すること。


「ロレンツよ。この3つの条件を満たしたその時は、ステラ・シャロンと同じ部署に配属しよう。ステラ・シャロンを身近で見定めてこい」

「国王陛下、深く感謝いたします。この好機を無駄には致しません」

「ロレンツ、まずは条件を満たせ。

 ここからは、独り言だが……ロレンツが条件を満たしたら、王族制度の改正をしよう。まず、婚姻をせずとも臣籍降下を認めよう。併せて、王族との婚姻要件における身分の縛りも撤廃しよう──」

「伯父上!! まことでございますか!?」

「ははっ、久しぶりの良い顔だな。ロレンツ、制度を整えても肝心なのは──」


 それからのロランは身を削って勉強をした。

 その傍らで、好調を極めるカフェ経営は継続した。ステラのために出店先をピンポイントで選び、都庁舎内にまでカフェやレストランを出店した。そのすべての店舗にはステラにちなんで恒星名を名付けた。各店ともステラが心地よく過ごせるようステラ対応完全マニュアルが完備された。自身が手がけるカフェで見かけるステラの姿はロランの癒しであり、生きる糧となっていた。


 そんなロレンツが、目の前で取り乱し泣く姿にジルは頭を痛めた。

 ステラの側にいるためと言いながら、ロレンツのその思いは底なし沼のように深く重くなっていしまった。ステラの言葉で簡単にその沼にロレンツは沈みそうになってしまう。


(レンツ様は頭は良いが純粋すぎる。こと、ステラ様に関しては……。

 それにしても、ステラ様は可愛いだけでなく心ある大人の振る舞いをなさった。レンツ様が幼く見える。どうしたものか……)


「うっ、ステラに呆れられて、嫌われたのかもしれない? 明日から話してもらえなくなったら、どうしよう」

「それでしたら、ステラ様の近くにいる方法をお選びください……」

「わかってる、ジル。でもステラが僕を──」


 その晩、弱音を吐き続けるロレンツ・ロランを従者ジルは慰め続けることになった。



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