真実という猛毒
ステラがロランのメンターになって1カ月が経とうとする頃には、ステラとロランは黙々と爆発的な仕事量をこなした。
日常業務を手早くこなし、何もすることが無くなると、ステラは関係法令を読みなおし、ロランもそれに倣った。それでもやることが無くなるとステラは静かに執務室の片づけや文書整理を行い、ロランに文書の分類方法や保存年限について教えた。
臨時議会の資料作りから解放され、仕事の遅れを取り戻そうと係内業務に戻ったフォーレはキツネにつままれた感覚に陥った。
フォーレは何度もステラとロランの仕事を見直したが間違いはなく。綺麗に片付いた執務室、意外にも面倒見の良いステラ、楽しそうなロランの姿に驚いた。
顔色が悪く痩せすぎのロランに、ステラは早寝早起きと一日三食を取るように助言をし、ロランはそれを聞き入れた。ロランの顔色は良くなり、心なしかロランの持つ雰囲気が優しくなった。
フォーレは悩みながらも、新しい仕事をステラとロランに割り振った。
それは、他係で処理が停滞している業務であった。課長からの命をうけ、フォーレは実態把握のためにその一部を担当するようになっていた。
「シャロン先輩、我々はスタッフ系の係に配属されましたが、今やっていることはライン系ですよね、おかしくないですか?」
「ラインのためのスタッフだから?」
ステラの言葉は疑問形になった。やれと言われた仕事を黙々とこなすステラにはロランの質問の真意を掴みかねた。
「この2週間、シャロン先輩と一緒にやっている仕事は審査係の仕事ですよね」
「そうみたい。ラインがこなせない仕事が慢性的に溢れ。
確か……事務が非効率なのか、新しい人員要求の必要があるかを課長が確認したいらしくて……3~4カ月前からフォーレ係長が手伝いと称して試験的に担当するようになって、私も時々手伝ったこともあって……説明が漏れていた?」
「はい。あっ、いえ、係長からのその説明が漏れていることが疑問です。ただ手伝うだけでなく、目的をもって検証作業が必要だったのでは?」
(ロッシュよ、仕事なんてものは「なぜ」「どうして」を考えたらダメよ……それを考えるのは偉い人だからね。細かいお作法だらけで、手間がかかって、成果が不明で、ただただ繰り返しの毎日を仕事というのよ)
「ロッシュさんは明文化されたもの以外はしたくないのかな?」
「そういう訳では、ただ納得がいかないというか……」
(まぁ、意外! 難なくこなしていたのに、納得いかなかったのね)
「シャロン先輩はどう思いますか? あっ、この束は終わりました。点検お願いします」
「(早い!)じゃあ私の処理分の点検をお願いします」
「これって、我々が手伝うような仕事でしょうか?」
(あれ、まだそれを問う?)
「これは高度な判断はいらないけど、間違いは許されないし、手間がかかるのよね。でもやってみるとすぐ終わってしまって……」
手伝う必要があったのだろうか? とステラは疑問に思った。そこへ、フォーレが戻ってきた。
「シャロンさん、進捗は?」
「あっ、係長。今日で全て終わります」
「2人は優秀だね。あれだけの書類審査を半月ほどで終わらせるとは……同量を5人で担当している審査係では大きな遅れが出ている。この後、その審査係の指導に入ってくれ」
フォーレ同席のもと、ステラはロランと一緒に審査係長ブラウンと5人の担当事務官と話を詰めた。
ステラは分業が甘いと感じた。進行管理する者がなく、各人が1~10の工程を各々のやり方で期限を気にせずやっていた。それぞれの事務官の審査基準があいまいで、目も当てられない仕上がりだった。
「お恥ずかしいのですが、慣れたやり方を変えるのは大変でして」
気弱そうなブラウンがボソッと呟いた。
「それで終わらないのなら試すべきでは? 処理者と点検者と進行管理者に分けてみてはどうでしょうか?」
そうステラは提案した。フォーレも頷き、ブラウンと5人の事務官も頷いた。ステラはこれで解決! と思ったが事態は迷走した。
ステラとロランは審査係の事務官が処理した目も当てられない審査済書類の総点検を頼まれるだけでなく、やり方を変えるため効率が一時的に下がるからと溜め込んだ未審査の書類を半分ほど押し付けられた。
(やっても、やっても増えてない? 飽きたよぉ~)
「ロッシュさん、なんだか私も納得がいかくなってきた。ごめんね。あっ、この点検お願い」
「はいはい、点検ですね。やりますよぉ〜。
シャロン先輩に落ち度はないです。さっさと終わらせましょう」
ステラとロランが全ての書類審査を済ませて、審査係の様子を確認しに行くと……全く審査が進んでいなかった。審査係長ブラウンは縋るような目でステラを見た。
(えっ、審査係の5人は、この1週間ずっと遊んでいたの? えっ、係長は何をしていたの? その上、私達にさらに残りの処理も押し付けるつもり?)
ステラは自分の見間違いだと思い、ブラウンに恐る恐る聞いた。
「これは……?」
「ご指摘の通り処理者と点検者と進行管理者に分けようとしたのですが……毎日、処理だけなんて飽きる、でも進行管理は責任が重すぎる。と全員が点検者を希望して……」
「それで、1週間、何をして過ごされていたのですか?」
「ずっと話し合いを……」
(おお〜、お役所仕事だ! あっ、役所にお役所仕事は誉め言葉になってしまう)
「審査係は愚かですねぇ〜。愚か者の集団だったなんて……。
シャロン先輩、この程度なら私達2人で終わらせましょう」
ロランが爆弾発言を投下した。
(ロランよ、本当に愚かな人に愚かと言っちゃダメなのよ、真実は時として猛毒になるのよ。こんなところで、猛毒を使わないで。
階級制といっても主に年功序列で構成される王都事務官、新人が目上の人に批判的なことを言うと面倒なのよ。私達は上級枠で採用されているから、初級枠で採用されて事務官補として6年働くという経験をせずに事務官スタートでしょ。採用枠が違い受けた試験のレベルも違うから当たり前なのだけど、それが面白くない事務官補あがりの人もいるの、むしろそちらの方が多いの。上級枠は、全事務官の1割だよ、私達は少数派なのよぉ〜。
あ~、審査係の人たちの表情が……仕事をしない人ほど、この手の発言に過敏に反応するのよ! そうだ、こういう時のために上司がいる!)
ステラは直属の上司フォーレと所属長クレマンを呼んだ。
本来審査係5人で処理する仕事の8割近くを、去年と今年に入庁した他係の新人2人が処理した、とクレマンはブラウンから説明を受けた。
フォーレは各個人の能力の差もさることながら、ステラとロランの化学反応に驚いた。あの量を予定の半分の期間の2週間で終わらせ、審査係を手伝い……職場における理想的な少数精鋭をこの2人は体現していた。
「で、未処理の分はどうするつもりだ?」
「あっ、えっ……」
クレマンの問いかけにブラウンは口ごもる。「課長、係長、よろしいですか」とロランが挙手した。
「僕が処理して、シャロン先輩が点検します。これからもずっと……」
「ロッシュさん、それは最も簡単で確実な方法だろう。それでは根本的な問題解決にならないからね」
クレマンは優しい口調でロランの発言を否定し、フォーレも言葉を続けた。
「そうだよ、ロッシュさん。審査係が審査しないでどうする」
「どうしてですか!? どうして係長は、できない職員に合わせて仕事を組み立てるのですか? 現にこの1週間で改善しましたか? 審査は審査係に、遅れてもそれでも良いというのなら、我々に手伝わせたのは何故ですか?」
ロランの真実ゆえの猛毒攻撃は止まらず、矛先は直属上司であるフォーレに向けられた。
(ロッシュよ、その通りなのだけど……言っていることが、正しすぎだよ)
ロランは納得いかないながらも、ステラの指示に従い全件の処理を行った。本来の役割を十分に果たしている。それをこんな発言でロランの評価を下げるのは良くないとステラは思った。
ロランの手早く正確な処理は芸術的だった。そのロランは熱血のようだ。今はいい、だが……他人を否定して仕事を1人で抱え込む仕事のやり方は、いずれ破綻する。ロランの取り扱いは非常に難しいとステラは悟った。
(人によって見せる顔が違うのかしら? 私には一貫して従順というか穏やかで優しい子なのに……)
そもそも、なぜこんな事態に陥ったかをステラは考えはじめた。
(係内で解決できず課の問題となった案件を年限の浅い私達に解決させようとしたのが無理な話だったのよ)
係長の真意は不明だが、ステラは採用2年目の自身の立場を自覚し、ロランを連れて離席すべきだと思った。
「あの、私たちは力不足でお役に立つことはできませんでした。大変申し訳ございませんでした」
ステラは深々と頭を下げた。ロランは「シャロン先輩……」と言ったきり言葉をのんだ。課長をはじめ管理係長、審査係長、審査係の事務官たちは、突然のステラの謝罪により罪悪感に襲われた。
「役目を果たせなかった部外者の私達がここに残るのは不適切と判断します。私達は課長の決定に従います。本当に申し訳ございませんでした。失礼します」
ステラはロランに退室を促し、2人は会議室をあとにした。
会議室のクレマンは各係長と審査係の中堅職員5人を見渡し、呆れるように言った。
「満足か? 若い事務官に仕事を押し付けて、挙句に謝罪させて楽しかったか? あの2人にとって今の仕事量は何ともないよ。2人は関係法令を遵守して効率よく業務改善を行い、粛々と職務を遂行していた。決裁を見るだけで2人の優秀さが群を抜いているのは明らかだ」
会議室の7人は何も言えなかった。
「今までのやり方を捨てろ、分業制を取り入れ3日以内に終わらせろ。まだ『できない』と言うのなら転属願を書いてくれ。進行管理は私がやる。以上だ、仕事に戻れ。管理係長は残ってくれ」
審査係の面々が席を立ち仕事に戻った。その姿を見ながらクレマンはフォーレに言葉を投げた。
「ステラ・シャロンの合理的な立ち回りに頼り過ぎるな、まだ2年目だ。大事に育てろ。
ステラ・シャロンを失うということは、ロラン・ロッシュを失うことだ。詳細は言えないが、それは王都職員を窮地に追い込むことになるかもしれないと覚悟してくれ」
部課長クラスがロラン・ロッシュを気にかけていることをフォーレは知っていた。だが、後ろ盾が凄いということだけで詳細を知らされていなかった。
「課長、ロッシュさんは一体……」
「それは言えない……察してくれ」
クレマンの言葉にフォーレは戸惑いながらも自身の至らなさを詫びた。




