盗った訳ではありません。お姉様が捨てたから喜んで貰いました。
「お姉様。お姉様がガディス様が気に入らないのなら、わたくしに頂戴。」
メリリアは姉のユリーヌに懇願した。
ユリーヌはちらりとメリリアを見て、一言。
「何故、貴方にあげなければならないの?ガディス様はわたくしの婚約者。メリリアに譲る気はありません。」
ぴしっと断られてしまった。
メリリアはがっかりする。
だって、お姉様ったら、不満ばかり言うのですもの。
ガディス様の話はつまらない。お茶の時間は退屈で苦痛だわと。
姉のユリーヌ・コルディウス公爵令嬢は17歳。
花が咲きほころぶような金の髪の美しき令嬢で有名だった。
勿論。妹のメリリアだって負けてはいない。愛らしい金の髪の天使のような令嬢だ。
ただ、負けていたのは、歳である。メリリアはまだ12歳。子供だったのだ。
でも、ガディス・アルド騎士団長。強い彼は背が高くがっしりとした体格で、髭が生えたいかつい顔の男であった。
歳は25歳。
普段はあまり話さずモテるタイプではない。
騎士団長であり、名門アルド公爵家の次男であるガディス。そのいかつい風貌の為、未だ結婚相手が見つからず、独り身だった。
白羽の矢が立ったのが、コルディウス公爵家の長女ユリーヌ。
アルド公爵家と結びたいコルディウス公爵である父が、さっさとガディスとユリーヌの婚約を決めてしまったのだ。
姉のユリーヌは華やかな美人。いずれは社交界へ出て、わたくしは社交界の華になるのよ。と、王族との結婚を夢見る位の姉であり、いかに公爵令息が相手とはいえ、この婚約には不満なようだった。
それに比べてまだ子供のメリリア。
実はメリリア。騎士団長ガディスが公爵家に挨拶に来た時に、一目惚れをしてしまった。
それはもう、年齢差なんて関係ない。
あの逞しい筋肉。いかつい顔、口下手だが、一生懸命自分の意志を伝えようとする姿勢。
たまらなく好みだった。
ガディスが婚約者ユリーヌに気を使って話をする。
彼が話をしないと、まったくユリーヌは会話をしようとしないからだ。
ガディスの話題と言えば姉ユリーヌにとってつまらない騎士団の話ばかり。
「今日は一日、訓練をしていましてな。山へ向かって、馬を駆けさせたのです。」
「まぁそうですの。」
「それで、この暑さでしょう。皆、バテバテになって。いやはや、しかし、王国騎士団。この暑さ位でばててはいけませんな。」
「そうですわね。」
姉の答えはそれはもう冷たい。
口下手なガディスが一生懸命、姉に話しかけているのに、つまらないのか、そっけない態度なのだ。
メリリアは椅子を持って、ちょこんと二人の間に座り、
「それで?どこの山へ向かって馬を走らせたのですの?何人くらい?凄いですわね。」
それはもう、興味があった。
騎士団の練習風景なんて、筋肉男達が汗をかきながら、馬を走らせる。
なんて壮大で素敵な訓練なのだろう。
ユリーヌはメリリアに向かって冷たい口調で、
「ガディス様はわたくしに会いに来ているのです。妹のお前が邪魔しては駄目ですわ。」
「でも、お姉様。」
「あっちへお行きなさい。」
追い払われてしまった。
ガディス様とお話がしたい。色々と話が聞きたい。
何故、自分は次女に生まれてしまったのだろう。
お姉様が羨ましい。
世間では盗る妹がはしたないと言われていて、この間、某公爵家の妹が姉の物を盗り続けて、あまりにも酷い態度で王太子殿下に無礼を働いたので、鉱山送りになったという話題を聞いた。
その事件のせいで、世間では妹に対する目が厳しくなっているのだ。
だから、母のコルディウス公爵夫人からの甘かったメリリアのしつけが厳しくなった。
「ユリーヌの婚約者に近づいてはいけません。あの事件を教訓に。メリリア、貴方への躾を厳しくします。」
「だって、ガディス様、凄く素敵。なんでお姉様の婚約者なの?わたくしが婚約者になりたい。」
「貴方はまだ子供でしょう。姉の婚約者を狙うだなんて。あああ、あの事件の二の舞になったら困るわ。」
父のコルディウス公爵も、
「メリリア。いいか?ガディス騎士団長は、ユリーヌの婚約者だ。近づかないように。お前が年頃になったら、家柄の釣り合う男性を探してやろう。」
「ガディス様がいいっーーーー。」
ユリーヌが、両親に、
「しばらく、メリリアを親戚の家に預けたら如何?本当に何をしでかすか解らない妹。」
父も母も頷いて、
「そうだな。しばらく妹の家に預かって貰おうか。」
父の言葉に母も頷いて、
「そうね。そうしましょう。」
メリリアは叔母の家に預けられる事になってしまった。
盗る妹が悪いと世間では言うけれども…
ガディス様への熱い想いは諦めきれない。
悶々と叔母の家で過ごして、二月程経ってしまった。
ある日の夜、叔父と叔母が話しているのを聞いてしまった。
「まったくユリーヌにも困ったものだわ。まさか、浮気をするとは…」
「本当に。これでは婚約破棄をされるだろうな。」
チャーーーーンス、これはもうチャンスしかない。
メリリアは叔父と叔母に宣言する。
「家に帰りますっ。これはわたくしにとって大きなチャンスだわ。」
あっけにとられる叔父と叔母の許可を得て、メリリアは久しぶりに我が家へ帰る事になった。
家に帰れば両親が難しい顔をしていた。
ユリーヌの浮気が明るみに出て、明日にでも婚約破棄を言い渡しに、アルド公爵がガディスと共に来ると言うのだ。
ユリーヌの浮気相手は、ヘッテル・グレディス伯爵令息。彼は遊び人で有名であった。
色々な令嬢を甘い言葉で誘惑し、身体の関係に持って行き、金をせびっているどうしようもない男なのである。
そんな男にユリーヌは引っ掛かって、お金を貢ぎ、身体の関係を持ってしまった。
両親は食事の席で、帰って来たメリリアに何を言うまでもなく、ユリーヌに向かって責め立てる。
父であるコルディウス公爵は、
「アルド公爵家との婚約は大事な事だ。それなのにお前は、それを台無しにした。結婚前の娘が、あんな男に。」
ユリーヌは必死の形相で、
「彼はわたくしと結婚してくれると言っていますわ。ですから、わたくしは彼と結婚したいと。」
「馬鹿者。」
コルディウス公爵は一喝する。
「あんな借金だらけのグレディス伯爵家と結んでも、我が家は何の得もないわ。」
「それならば、わたくしは彼の元へ参ります。彼と一緒ならお金の苦労も厭わない。」
それを聞いていてメリリアは思った。
なんて馬鹿な姉なのだろう。愛よりお金だろう。お金。まずはお金がないと生きてはいけないだろう。幼いメリリアだってそれは良く解っている。
コルディウス公爵夫人が、
「それならば勝手にしなさい。ただし、縁を切って出て行きなさい。いいわね。」
ユリーヌは荷物を纏めると、その日のうちに出て行ってしまった。
ヘッテルの元へ行ったのだろう。
メリリアは両親に訴える。
「わたくしはまだ子供です。でも、わたくしはガディス様を愛しています。わたくしを婚約者にしてください。お願いです。」
必死に訴えた。
コルディウス公爵が困ったように、
「それを決めるのはアルド公爵とガディス殿だ。こちらは慰謝料を払わねばならん。あまり期待をするな。子供のお前の願いに首を縦に振るとは思えないが。」
コルディウス公爵夫人は、公爵の言葉に、
「貴方の熱意で訴えてみなさい。メリリア。」
メリリアは頷く。ガディス様が好き。今度こそ思いを叶えるべきだわ。
ガディスが父であるアルド公爵と共にコルディウス公爵家にやって来た。
「ユリーヌ嬢との婚約を破棄させて貰う。」
アルド公爵が宣言する。
ガディスも、
「私としては非常に残念です。両公爵家の結びつきは互いに利があると思っておりましたのに。」
メリリアがガディスの前に近づいて、その顔を見上げ、
「わたくしをどうか、新たな婚約者にしてくださいませんか?ガディス様。」
「メリリア。」
「わたくしはまだ子供です。でも、ずっとガディス様をお慕いしておりました。姉の不始末、まことに申し訳なく思っております。妹として心から謝罪します。そんな時にこのような事を言うべきではないとは解っております。でも、今、わたくしの思いを伝えねばと。ガディス様。愛しております。」
メリリアは必死にガディスに向かって、告白した。
まだ12歳の子供。足りないのは歳。そして、あの姉の妹と言うどうしようもない事実。
ガディスは身を屈めて、メリリアの顔を見つめ、
「君はまだ子供だ。」
「解っています。後、5年。わたくしは結婚出来ます。それまで待って下さいませんか。」
ガディスは頷いて、父であるアルド公爵に、
「父上。私はメリリア嬢と婚約を結びたいと思います。ユリーヌ嬢は出ていかれたのなら、コルディウス公爵家を継ぐのはメリリア嬢でしょう?私はこの家の婿に入る予定だったのですからなんら問題がないのでは?」
アルド公爵は困ったように、
「それではお前は30歳になってしまうぞ。」
「別に多少結婚が遅くなったとしても、私は構いませんよ。メリリア。改めて、よろしく頼むよ。」
「よろしくお願いします。」
メリリアは嬉しかった。やっと思いが叶ったのだ。
ガディスとはそれ以来、何度も会ってデートをした。
「昨日は演習があってね。国王陛下と王妃様がご覧になって、壮観だった。」
「凄いっ。わたくしも見たかったですわ。そんな凄い演習の指揮をなさったなんて。」
「ああ、200名に渡る騎士団の指揮は、大変だが、普段から練習はしているからな。」
テラスでお茶を飲みながら、聞く騎士団の話は本当に楽しい。
メリリアはニコニコして、
「今度、お菓子を持って皆様に挨拶をしに行きますね。」
ガディスは嬉しそうに、
「それは有難い。」
そして、改めて、
「婚約者が君に変わって本当に良かったと思っているよ。」
「嬉しいです。そう言って貰って。」
そんな幸せな日々が半年程続いた頃。姉のユリーヌが突然、戻って来た。
「お父様。お母様。わたくし、ガディス様の婚約者に戻って差し上げてもよくってよ。」
コルディウス公爵は怒りまくって、
「今までどこへ行っていたんだ?あの伯爵令息の所にいたのか?」
「ええ。でも、彼ったらわたくしの他にも女がいて…」
コルディウス公爵夫人が、
「家を出る時に宝石を数点、持っていったわね?貴方が持って行ったとしても、餞別としてやったものだと諦めていたのだけれど。」
「だって、彼がお金が欲しいっていうから。」
ユリーヌは伯爵家に押しかけてしばらく彼の元で暮らしていたらしい。持ってでた宝石をお金に変えて貢ぎ続けていたらしいが、金が尽きたので叩き出されたとの事。
勿論、結婚なんてしてもらえなかった。ただ利用されたのだ。
メリリアはそんな姉にガディスを盗られるのは嫌だった。
はっきりと宣言する。
「ガディス様の婚約者はわたくしです。お姉様は婚約破棄をされましたわ。」
「貴方、わたくしの婚約者を盗ったのね。本当に盗る妹って卑しい。」
「お姉様がガディス様を捨てて、伯爵令息の元へ行ったのでしょう。だからわたくしがガディス様と婚約をしたのです。」
「でしたら、貴方、わたくしにガディス様を返しなさい。」
コルディウス公爵はユリーヌに向かって、
「お前に領地の一角に屋敷を与える。そこで密かに暮らすがいい。お前の醜聞は貴族間に知れ渡った。もう、二度と、貴族の中で生きてはいけないだろう。」
「嫌よ。わたくしがこの公爵家を継ぐの。長女なのだから。出て行かないわ。」
ユリーヌはそう言うと、部屋に行ってしまった。
コルディウス公爵は困ったように、
「時間をかけて言い聞かせるしかないな。」
メリリアは不安だった。姉が何かやらかさないかと。
ガディスが二日後に訪ねてきた。
「メリリア。君の好きな桃色の薔薇だよ。花屋さんで見かけたから買って来たんだ。」
8本の薔薇の花束を機嫌よく差し出すガディス。
玄関で出迎えた途端、差し出された花束を、
「嬉しい。有難うございます。ガディス様。」
受け取ろうとした途端、背後から現れたユリーヌに奪い取られた。
「これはわたくしにですの?ガディス様。」
「久しぶりですね。この花束は我が婚約者、メリリアへ。」
ユリーヌはにこやかに、
「メリリアとは婚約解消して貰います。まだ12歳の小娘より、すぐに結婚出来るわたくしの方がふさわしいはずでしょう。」
ガディスは愛し気にメリリアを抱き上げて、
「私の婚約者は両家の取り決めでメリリアに変更されております。メリリアと共にコルディウス公爵家を継ぐ事が決定しておりますが。いつの間にまた、貴方に婚約者が戻ったのでしょう。もし、戻ったのなら、我がアルド公爵家を馬鹿にするにも程がある。貴方は私の顔に泥を塗った。他の男と関係を持ちコルディウス公爵家を出ていったと聞いておりますが。これ以上、馬鹿な事をおっしゃるのなら、今度は貴方に慰謝料をきっちりと請求させて貰います。婚約者がいるというのに不貞をしたユリーヌ嬢に。」
ユリーヌはガディスを睨みつけて、
「せっかくわたくしが貴方の婚約者に戻ってあげようとしたのに。わたくし程、美しければ不貞は許されてよ。わたくし程、美しい女を妻に出来る事を光栄に思いなさい。」
コルディウス公爵が慌てて玄関まで出て来て、
「ユリーヌ。いい加減にせんか。」
「お父様。メリリアより、わたくしの方がふさわしいのよ。わたくしがこの家を継ぐの。」
コルディウス公爵は使用人達に命じて、ユリーヌを拘束する。
「離して。わたくしがっーーー。」
コルディウス公爵はガディスに頭を下げ、
「申し訳ない。ユリーヌは修道院へ送り、二度と接触させないと誓おう。」
「そうして貰いたい。」
メリリアは抱き上げられたまま、愛し気にガディスの頬にキスを落として、拘束されているユリーヌをちらりと見つめ、
「お姉様。ガディス様はもうわたくしと婚約を致しました。しっかりとコルディウス公爵家を二人で盛り立てていきますから、安心して修道院へ行って下さいませ。」
ユリーヌは悔し気に顔を歪ませた。そして、使用人達に強引に連れて行かれた。
世間では盗る妹が悪いと言うけれども、わたくしは盗った訳ではない。
お姉様が捨てたから、喜んで貰ったまでだわ。
メリリアはまだ子供である。
でも…5年経ては立派なレディになれるだろう。
愛しいガディスをぎゅっと抱き締めて、幸せに浸るメリリアであった。
ユリーヌは修道院へ送られた。後に脱走するも、公爵家に戻っては来ず、行方不明になった。生きているのか死んでいるのか…彼女はろくな人生を送ってはいないだろう。
5年後、メリリアが17歳になった時にガディスと無事に結婚をし、ガディスはコルディウス公爵家に婿に入った。
二人は結婚した後も可愛い子供達にも恵まれ、仲睦まじく、幸せに暮らしたと言う。