8話 申し訳ありません。
8話 申し訳ありません。
シバクの国家主席に就任してから数日たったある日、若き支配者ビッグの前に、その者は現れた。
「サバキ?」
困惑するビッグに、その身をフードつきの黒いコートで覆った男は、首席の前だというのに、深いフードで顔を隠したまま、しかも、尊大な態度で言った。
「そうだ。この世界の真なる支配者。秘密結社サバキ。私は、その組織に所属するエージェントの一人、コードネームはC5。最初にハッキリとさせておく。私は、サバキの中では、下から数えた方が早い末端の雑魚だが、それでも、お前よりは強い」
「……」
「疑うか? 証明してもいいぞ」
そう言って、手術を始める直前の医者のように両腕を上げるC5。
緑の闘気が両腕の中で高まっていくのが見てとれる。
瞬間、暴風のような威圧感が空間全体を支配した。
その圧をその身に受けた若き日のビッグは、
「いや、いい」
冷や汗を流しながら、
「C5、か。なるほど。あの方の組織ということなのだろうな。ならば、私より貴殿の方が強かったとしても、なんら不思議ではない。で、使者殿? 御用を伺いたいのだが?」
C5は、闘気を収め、両手をおろしてから、
「基本的に、サバキは裏で暗躍する秘密結社。表の処理はお前に任せる。お前ではどうしようもない事態が起きた時にのみ頼れ。それ以外の事態では、お前がその身で対処しろ。いいな」
「なるほど。私はただの傀儡というわけか」
「というよりは囮だな。情報操作といってもいいし、言い方をよくすれば、象徴でもある。他世界の者に対しては、お前程度がガーディアンかと油断させ、この世界の者には、見た目的には強そうに見えるお前をガーディアンとして表に出すことで安心させる」
「ひどいあつかいだな。誇りもクソもない……が、まあいい。どうせ、俺は、あの日、死ぬはずだった。すべて、偉大なるあの方の望むままにしよう」
★
その日、ゴードは、重い荷物を両手いっぱいに抱えていた。
彼の前を颯爽と歩いているのは、非常に高名な資産家の娘マイ・バンデミッシュ。
ゴードが働いている店の超お得意様。
外見は二十歳半ばほどだが、実際は十代の中盤。
老けているのではなく、非常に大人びている少女。
太陽を吸収した果物のようなストロベリーブロンドと、夏の空を想起させる、澄み切った蒼い瞳。
その相貌は見目麗しく整っており、常に濃い色香が漂っている。
身にまとうは丈長の白いドレス・ローブ。
温室育ちの貞淑な雰囲気を漂わせながらも、
瀟洒なエロスがしっかりとにじみ出ている。
「遅いわよ、チャキチャキ歩きなさい!」
尊大な態度。
傲慢な仕草。
そんな彼女に声をかけられた時の『ゴードの返事』は決まっている。
「申し訳ありません」
この二時間ほど、それ以外の言葉を口にしていない。
「あなた、態度が悪いわね。本来、この私の荷物持ちなんて、あなた程度の身分の者では決して適わない幸運、つまりは至極の名誉なのよ。あなたはそれがわかっていないわ。反省しなさい」
「申し訳ありません」
「謝ればいいというものではないわ。謝罪するときには、反省の気持ちと、自分を叱ってくれた者に対する敬意が必要なの。あなたにはそれがない。だからダメなの。おわかり?」
「申し訳ありません」
ジっと耐える。
理不尽な説教には慣れているので、無様に感情を爆発させたりはしない。
(俺は石……俺は石……)
もはや、ゴードの意識は『怒りを飲み込む』などという矮小な領域にはない。
自分は無機物であるという認識。
高次の悟りが感情を殺す。
この境地までたどり着けば、ワガママ御嬢様の買い物に付き合うくらい屁でもない。
ジャパニーズ公務員のメンタルをナメてはいけない。
(普段の肉体労働より若干楽、普段より若干楽……今は楽……いつもより楽……そして、なにより、俺は石……)