1001話 平熱マン。
1001話 平熱マン。
荒野に広がる死体の山。
空は茜色で、風がふきすさんでいる。
「……全員、殺したのか?」
無数の死体を横目に、
ゴード・ザナルキア――『平熱マン』は、
ボソっと、そうつぶやいた。
すると、
彼の前にいる男が、
「ああ。見ればわかるだろう?」
感情のない声でそう言った。
「……なんで、こんなことしたんだよ……大将……俺が……俺たちが、あんたに何をしたっていうんだ……」
平熱マンの前に立つ男は、
ゴードが所属していたシバク前大寿司の大将。
ダン『ソ・ル』ッコ。
――『ソ・ル』は、平坦な声のまま、
「何もできなさそうだと判断したから壊した。お前は傑作だが、失敗作だ」
「……はぁ? 意味がわからん……」
「平熱マン。お前は強いが、それだけだった。どうあがいても、それ以上には届かない。だから、終わりだ。もともと、この世界は、ちょっとしたお試し。何度も、試行錯誤を繰り返していた中で、偶然、お前という、面白そうな個体が生まれたから、少しだけ粘ってみたが……やはり、ダメだな。現状だと、試行回数も研鑽も、あまりに足りなさすぎる」
「なに言ってんのか、全然わかんねぇよ……俺は頭が悪いんだ……もっと、わかるように言いやがれぇええええええっ!!」
激昂した平熱マンは、
リミットを解除した全力で、
ソルに殴り掛かった。
平熱マンは、この世界で最強の闘神。
並ぶものが存在しない、絶対最強無敵の超人。
――けれど、
「っっ?!」
ソルは、指一本で、
平熱マンの特攻を受け止めて、
「貴様は間違いなく強い。この世界で最強。けど、それだけだ。あまりにも、それだけだ」
落胆すらしていない。
いつまでも平坦なまま、
「何度でも言う。貴様は強い。ゲームの時代も、あまりに強すぎて、誰も相手にならなかった。だから、仕方なく、私が相手をした」
「……?」
「究極闘皇神の段位についていた人間は貴様だけ。他はすべて、私だ。『ジャイロキューブ』も、『サイジンズ・ファイズ』も、『ドーキガン・ハンター』も『ぽんぽこにゃーにゃー』も『もちかお』も『あああああ』も『12345』も、全て私だ」
「……そうして並べられると……明らかに、後半……名前つけるのがダルくなって……手を抜いているというのが……よくわかるな。……つぅか、『もちかお』なんかいたか? 記憶にないんだけど……」
平熱マンの疑問符は無視して、
ソルは続ける。
「莫大な出力には、より大きな出力をぶつければいい。それが無理でも、ただ強いだけならコピーすればいい。その上で、異次元同一体を複数体並べれば、問題なく処理できる。もっとお手軽に、貴様の記憶と能力を奪うという方法でも勝てるだろう。私には、貴様を殺す方法が、いくらでもある。ただ強いだけでは話にならない。私の前に立つ資格はない」
「……誰も、あんたの前に立ちたいとは言っていない……俺は、ただ、平々凡々に、公務員的に、一サラリーマン的に……穏やかに死にたかっただけだ」
「主人公に、そんな贅沢は許されない」
そう言いながら、
ソルは、
「究極超殺神遊戯」
邪の神気で満たされた拳を、
平熱マンの腹部に押し付ける。
「ぶはぁああああああああっっ!!」
盛大に吐血する平熱マン。
白目をむいて、その場に倒れこみ痙攣。
「あらがえないだろう? お前には厚みがない」
「……」
「練度が足りない。覚悟が足りない。時間が足りない。絶望が足りない。命に厚みがないから、数字に翻弄される。お前は強いが、それだけだ。それだけでは、未来に届かない」
吐き捨てるようにそう言って、
ゴードに背を向けたソル。
そんなソルの足首を、
ゴードは、ガッっと掴んだ。
足を掴まれたと認識したソルは、
動きを止めて、軽く、天を見つめて、
「予想外だ。あらがうのか? その胆力はないと思っていた」
「……どうでもいいと……思っていた……」
「なにがだ?」
「弟子のこと……クロートたちは……ただのAI。魂を持ったといっても……所詮は、単なるゲームの人形」
「……」
「この世界で……俺の弟子になった連中に対しても……特に何も感じていないと、俺は思っていた……俺は、あいつらのことを……自分の指導力を試せる道具ぐらいにしか……思っていないと……思っていた……」
「……で?」
「それなのに……苦しいのはなんでだ? 哀しいのはなんでだ?」
「……」
「俺の中で、言葉にできない想いが……たくさん、あふれてくる」
平熱マンは、
ソルの足首から手を離し、
必死になって、立ち上がる。
「もっと、薄っぺらいと思っていた……けど……どうやら、俺の中には……ほんの少しだけ、何かが残っていたみたいだ……」
そこで、ようやく、ソルは振り返り、
平熱マンの顔を見る。
ソルは、ポツリと、
「……一つだけ聞かせろ。貴様の名前についてだ。平熱マン。いったい、そこには、どういう意味がある
?」
「……ガキの頃、大好きだったヒーローの好きな言葉が、平熱だからだよ……」
「……」
「日本で知らない者はいない最強の幼稚園児。五歳という幼さで、世界を何度も救った稀代のヒーロー。何十本もの映画で絶対的主役をはっているスーパースター。特に好きだったのは……ヘンダ〇ランドだ。いつもはバカやっているくせに、土壇場では、とびっきりの勇気を叫ぶヒーロー……俺は……その底力に……憧れた……だから……」
グググっと、
平熱マンの奥底から、
何かが沸いてくる。
「そうだ……思い出したよ……俺は、ガキのころ……ヒーローになりたかったんだ……」
「……」
「なれないってわかったから……全部を諦めて……公務員になった……ゲームでも……ヒーローではなく、あえてヒールを貫いた……必死で目を背けていたんだ……自分の夢……自分が望んだ未来から……」
ギラリと、平熱マンの命に尖った炎が灯る。
声にならない叫びを抱えて、
ごうごうと、熱く、もえたぎる。
グっと握りしめた拳を、
自分の胸に押し当てて、
「ひとかけらでいいから……一瞬でもいいから……俺に……勇気を……」
大人になって、
地獄を知って、
その上で、
「俺は、平熱マン。混沌と殺戮を司る最強神。この世にはびこる悪の全てを、それ以上の邪悪で塗りつぶす。腐った悪はもちろん、歪んだ正義も、全部殺す。殺神の中の殺神!!!」
名乗りを上げる。
壊れて、歪んで、腐った想いの全部をのせて、
「ヒーロー見参っっ!!」
とびっきりの勇気を叫ぶ。
全身が充実していく。
パァっと、何かが開いた気がした。
平熱マンは、
最強の武を構えて、
「絶望を数えながら、死に狂え」
宣言してから、
加速する特攻。
全速前進。
脇目も振らず、
ただ、前に。
ただ、まっすぐに!
「殺神覇龍拳!!」
磨き続けてきた拳を、
ソルに叩き込む。
『よけようと思えばよけられただろうか』
なんて、そんなことを思いながら、
ソルは、平熱マンの拳を、その身で受け止めた。
「――ぐぅっっ!!」
天へと吹っ飛ぶソル。
平熱マンの拳は重かった。
厚みを感じた。
(とんでもない質量……こいつの器は……いつも、私を驚かせる)
素直にそんなことを思ったソル。
そんな彼に、
追撃しようと、空を翔ける平熱マン。
「殺神流星脚!!」
空中に浮かせた相手を地面にたたきつけるメテオ技。
その挙動を、チラ見したソルは、
ニっと微笑んで、
「お前の可能性は、コスモゾーンに刻まれた」
そう言いながら、瞬間移動で、
平熱マンの背後にまわり、
「お前が、今日、叫んだ勇気は……きっと、未来につながる」
そう言いつつ、
拳にオーラをブチ込めて、
「じゃあな、平熱マン」
膨大な火力の一撃を放った。
どうにか受け流そうと必死にもがく平熱マンだが、
しかし、
「だぁあああああああああっっ!!」
まるで太陽のような、
大きすぎる力の前に、
平熱マンは、飲み込まれていく。
ただ死を前にした極限で、
平熱マンは、
(……消えてやらねぇ……この執念だけは……必ず残す……っ)
最後の最後まであがいていた。
結局のところ、平熱マンは、ソルを相手に、ほとんどダメージをあたえることもできず、
最後には、細胞一つ残さずに消えた。
文句なしのバッドエンド。
平熱マンは、ソルに負けた。
完璧に敗北した。
完全に死んだ。
しかし、それは『有機領域』に限定された『一部分』の話。
――ヒーローはバッドエンドを許容しない――
――光があるところには同じ濃度の闇があるもの――
――俺は光になれなかったけど――
――とびっきりの邪悪な影を、世界に遺す――
平熱マンの『執念』は消えなかった。
その執念は、虚空を彷徨って、
舞い散りながら、
けれど、確かに、
――『彼』へと託された。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
この作品の続きは、
「センエース~舞い散る閃光の無限神生」
で語られていきます(*´ω`)




