69話 完成した闘神。
69話 完成した闘神。
「――戦いになった瞬間、桁違いの錬度で闘気を研ぎあげまちたね」
「あ? なんか言ったか、酒神」
「お師匠たんは、ついに、究極にして完璧な領域にたどり着きまちた。今なら、ジャイロキューブやサイジンス・ファイズと戦って百戦百勝できるでちょう」
「……はぁ? なにいってんだ?」
「あらゆる職人に合わせた包丁の研ぎ方を学ぶことで、闘いにおける気の研ぎ方を学んでいたということでちゅか。なるほど、なるほど。お師匠たんの唯一にして最大の弱点は、気力の練り上げ方が下手クソだということでちた。本来、ジャイロキューブ程度に負けること自体ありえないんでちゅ。けど、相手や自分の体調、状況、心境、ありとあらゆる不安定な要素を正確につかまなければ、気のコントロールはできまちぇん。ようは集中するのが下手だったんでちゅよ。けど、お師匠たんは、ついに――」
「おまえは本当に何言ってんだ。訳わかんねぇんだよ。それより、前から思っていたんだが、お前、確か、ミラージュサイトとゴッドアイのスキルを持っていただろ。あれを組み合わせれば、師匠を見つけられるんじゃねぇか?」
「見つけられまちゅよ」
「じゃあ、やれよ」
「もうやりまちた」
「嘘つけ。じゃあ、今、師匠は何やってんだ?」
「前に言った通り、立派な寿司職人になるべく、包丁を研いでいまちゅ」
「やっぱり見つかってねぇんじゃねぇか。まったく、わけわかんねぇウソばっかつきやがって……まあ、でも、難しいか。ミラージュサイトの効果範囲せまいもんな。無理言って悪かったよ、忘れてくれ」
「……」
酒神は、どうしようか一秒だけ迷ったが、
「わかりまちた」
面倒くさくなったので、いつも通り、途中でしゃべるのをやめた。
と、そこで、
「あらあら」
色雪の目が、見知った人間を発見する。
「あそこに隠れている方、サバキとかいう組織の一員ではありませんか?」
「ん?! ああ! そうだ、そうだ! 途中で逃げたヤツだ!」
「ほう。あの、素晴らしい逃げ足を披露した者か。あまりに見事だったから覚えている」
「あ、気づいてなかったんでちゅか。みんな、わかっていてスルーしているのかと思ってまちた」
「プルプル震えていて、かわいそうだね♪ ちょっと捕まえてくるよ♪」
そう言いながら闇に溶けるロリエル。
六秒後には、拘束されたA7が八人の前に転がっていた。
「ひぃい! ひぃい! ひゅいいいいい!」
「ははは! ダッセ! ビビリすぎだろ!」
「すごく面白い生き物でちゅ。つついたら、ものすごい勢いで震動しまちゅ」
数秒ほどオモチャにされて、自尊心に火がついたA7は、
「お、お、お前らぁあ!」
震える体を必死に抑えつけて、
「ちょ、調子に乗るなよ! おまえらなんか、御大が出張れば、それまで――」
「御大ってのは、無双仙女のことか? あいつならもう殺したぞ」
「え? ……う、ウソだ。ありえない! 御大がっ、お前らなんかにっ――」
「無双仙女ってのは、クソ生意気な十歳くらいのガキだろ? あいつなら、マジで、さっき殺した。嘘だと思うのは勝手だが、現実逃避したって何にもなんねぇぞ」
「……うそ……だ……そんな……」
いびつな笑みを浮かべるクロートの背後で、酒神が、ヒメに、小さく、
「クロートちゃん、ウソつきでちゅね」
「しっ。いいじゃん、どうせ、明日になれば死んでるわけだから、百パー嘘ってわけじゃないんだし。嘘も方便ってヤツっしょ」
クロートが、黙れという意味を込めた咳払いをひとつ挟んでから、
「さて、これで、お前ら人類側の牙は漏れなく抜け落ちたわけだ。くくく、しかし、お前ら、本当にゴミだったな。歯ごたえがなさ過ぎて、つまらな――」
「ま……まだ……まだだ……」
「あ?」
「この世界には……御大以上の存在がいる……たった一人だが、しかし、確実に!」
「おいおい、今さらハッタリこいた所で、どうにも――」
「嘘じゃない! 事実だ! いる! 俺は見た! あの男は、御大以上だった! あの強さは、お前らをも超えている! おれは信じている! いつか、あの男が立ち上がり、お前らを滅ぼすことを!」
A7の目には、確かに光があった。
希望が宿っている瞳。
本気で未来を信じている者特有の、貫くような眼力。
(ハッタリじゃないな)
そう判断したクロートは、取調室で容疑者と相対している刑事のような目つきになって、
「まあ、まだ壊れていないオモチャがあるってのは、こっちとしてもありがたい話なんだが……で、その、お前が期待している希望ってのは誰だ? 妄想の産物じゃないってなら、どこのどいつかくらい、答えられるだろ」
「今現在、どこにいるかは知らん! しかし、名前だけは知っている!」
そこで、A7は、今の彼にとっての期待と希望、そのすべてである、己が知る中で間違いなく最強の存在の名前を口にした。
「やつの名は平熱マン!」




