66話 マグレではない。
66話 マグレではない。
「これ以上騒ぐようなら、最悪、俺のファイナルナックルが火を噴くということだけ言っておく」
「へーえ」
「なんだ?」
「手を出すんだ。いいわよ。俗世の人間には、極力、武を振るわないと決めているのだけれど、『理不尽な暴力』の前では、いつだって話は別になるから」
「……あのなぁ。さっきも言ったが、女だろうが、ガキだろうが、悪いことは悪いことなんだよ。俺はその辺、かなりフェアな男だ。なんせ、虫と人間すら天秤にかけられるほどの平等精神に溢れた男だからな。『自分はいたいけな少女だから殴られないはず』なんて思っていたら、本当に痛い目にあうぞ」
「だから言っているじゃない。できるものならどうぞ。まあ、あんたじゃ、私に拳をあてるなんて、絶対にできないけど」
「あのなぁ、お嬢ちゃん、大人をナメるのも大概に――」
「あんた、確かにガタイはいいけれど、所詮は、単なる寿司屋の見習いでしょ。そんなカスが、私に触れられるとは思わないことね」
無双仙女は、どこまでも尊大な態度で、
「私は『神より高い場所』に辿り着いた超人、世界の頂点、無双仙女。最強の神すら裸足で逃げだす、真に最強の女。あんたが一万人いたって、私には指一本触れることはできない」
「うぅわ……このガキ、痛い妄想を本気で信じていやがる。なんて可哀そうなヤツなんだ」
「カチーン。今の、あんたの態度、マジでムカついたわ。……そうでなくても、腰ぬけの神に逃げられて心底イライラしているし、どうせこれで最後だし……いいわ、少しだけ教えてあげる。世界の頂点――その武が、どれほどの高みにあるのか」
言って、無双仙女は、腰を低くした。
ギラリと目を光らせる。
淡い闘気が、彼女を包み込む。
空気を裂くようなステップを踏む無双仙女。
ゴードの足を払おうと、重心低く、高速で、彼の懐に踏み込み――
「――え?」
すっころんだ。
ステンと仰向けで倒れこんでいた。
空が見える。
青い。
認識が追い付かない。
そして、聞こえる。
「あ、やべ……反射的にサバいちまった」
ゴードの焦ったような声。
本当の、やっちまった、という声音。
即座に、腕をひかれ、起こされる。
ただの十歳のように扱われる無双仙女。
「大丈夫か? 悪い、悪い。マジで手を出しちまった。反省、反省。でも、お前も悪いぞ。あんな奇麗に、それも、いい速度で下段技使ってくるから、こっちも、つい反応しちゃったんだ」
ゴードの言葉を、
「……」
無双仙女は呆然としながら黙って聞いている。
「しかし、お嬢ちゃん、かなり動きがキレているな。格闘技とか習ってんの? その年でそれだけ動けるとなると、かなり才能があると思う。だから、店にイチャモンとかつけてないで、そっちでちゃんと頑張りなさい。じゃあ」
そう言って店に戻ろうとする背中に、
「今のは、マグレではないな……マグレはありえない……」
「ん? あー、うん。普通にサバいたよ。今の下段、『姫様のティーブレイク』だろ? 姫神無天スタイルの。あれ、発生遅くて使い物にならないから、950段以上のヤツには使わない方がいい。つーか、そもそもにして、俺相手にブッパとか、ありえねぇから。姫神無天なら、まあ、置きで『ひざまずきなさい』の連射が一番安定するから、そこから練習することをお勧めするよ。じゃあ」
(ありえない……姫神無天のスタイルは、私以外では誰も修められていない、極限にして最高位の格闘技スタイル。その動きを完全に把握し、かつ、対処法まで完全にマスターしているなんて……この男、いったい)
無双仙女は、グっと奥歯をかみしめ、
「待て、寿司屋見習い!」
「え? なに? まだ、なんか――おっと」
アクロバットにつかみかかってきた無双仙女。
その右腕の甲をひねりあげ、空中で一回転させ、放り投げる。
「あー、びっくりした。でも、両手投げの『頭が高いのよ』は、動きが独特で、他の投げより格段に見えやすいから、不意打ちをくらおうと、関係なく、絶対に抜けられるんだよ。だから、それも、極力使わないほうがいい」
(……投げ抜けまで完璧……本物だ……この男……間違いない……噂の究極邪神、最強の闘神……まさか、本当に実在したとは……)




