51話 強引な大将。
51話 強引な大将。
――数時間後の事。
おぼつかない足取りで、フラフラと、シバクの街を歩くバイゼル。
大通りを行き交う人々の誰もが、異常にフラついているバイゼルへ、奇異の目を向けている。
表で目立つ事を忌避しているサバキのメンバーとしては、ありえない行動。
だが、今のバイゼルに、サバキの規則どうこうを考えていられる余裕などなかった。
とんでもなく気だるい。
時間が経つごとに、あの衝撃的な事実が、彼の心で爆発する。
「――ぅっ」
めまいがして、その場に膝をついた。
あまりにも衝撃的が過ぎた。
心の動揺が全身に現れている。
意識を保つのが難しい。
そんなバイゼルに、
「ぇ、ちょ……大丈夫っすか?」
――声をかけてきた青年。
シバク前大寿司というロゴの入った白い半纏を着た、非常にガタイのいい男。
「あの、言いにくいんですけど、店の前で行き倒れるのは、ほんと勘弁してほしいんですよ。倒れるなら、道の向こうにしてくれません? ぶっちゃけ、もう、これ以上、仕事を増やさないでほしいっていうか……」
「ゴード! いつまで水まきしている!」
大将に怒鳴られて、ビクっとする青年。
「あ、いや、あの!」
「ん? 行き倒れか? いや……ゴード、ちょっとこい」
「は? はぁ……」
そこで、
大将は、小声で、
「あれは、ただの行き倒れではない。着ているものが、すべてブランド物だ。かなり高貴な身分の者であることは間違いない」
「へぇ」
「なぜ、あんな状態になっているか知らんが、間違いなく、恩を売っておいて損はない相手だ。接待して、ウチの店をアピールしておけ」
「えぇ……」
「おまえは、なかなかのグズだが、接待力だけは相当なものだ。期待しているぞ。あ、ちなみに、あまり時間はかけるな。当然、他の仕事もキッチリやってもらうからな。じゃ」
「いやいやいや! 大将、ちょっと! えぇえ! もぉおお……はぁ……」
深いため息をつきながら、
「もぉ……めんどくせぇ」
大将の命令には逆らえないので、仕方なく、ゴードは、
「あの、店の裏にあるベンチが日影で、風通しもいいんで……そこで休んでいかれますか?」
「……す、すまんでげす」
ゴードの肩につかまり、ベンチまで歩くと、ドカっと腰をかけ、
「はぁ」
深いため息をつきながら天を仰ぐ。
「えっと、大丈夫っすか? なんかあったんすか?」
「……ぃ、いや」
「言いたくないなら別にいいっすけど。えと……ぁ、お名前とか窺っても大丈夫っすか?」
「名前……そうでげすな。あっしは――」
そこで、バイゼルはグっと目を閉じた。
何かを深く思案しているであろう渋い表情を見せてから、
「……………………いや、やめよう」
ボソっとそう呟いた。
「もう、意味がない……こんな演技」
決意したように、そうつぶやいた。
当然意味が分からず、
「は?」
と、首をかしげるゴードに、
「私は、バイゼルという。とある伯爵家の三男だ」
(あー、マジで高貴な人だったぁ……めんどくせぇ)
「まあ、しかし、元、だがな」
(元……ねぇ。もしかして、没落したのか? まさか、今さっきとか言わないよな。それでフラついていたとか言わないでくれよ。接待の意味がなくなる)
「話をしたい気分だ。聞いてくれないか?」
「え、はぁ、まあ、別に」
「兄二人は強欲でね。家のすべてを、自分のモノにしたがっていた。ま、どこにでもある話だ」
「そう……なんですかね。俺にはわかりませんけど。なんせ、純粋な平民なんで」
「殺されると思った。だから、バカを演じた。道化を演じて、阿呆を演じて、……どうにか、家から逃げることができた」
「……はぁ」
「処世術というのは、クセになるみたいでね。次の場所でも、私は、同じく、バカを演じた。だが、そこでの演技は、それまでとは意味合いが違った」
(な、なにを言っているのかサッパリ分かんねぇ……演技の意味合い……ん? どういうこと?)
「私には才能があった。武術という才能が。それを必死に磨いた。血反吐は何度も吐いた。そして、私は、自分の居場所を得た。だが、私はそこでも三番手だった。いや、正式にはもう二つ下だが」
(どっかの道場に入ったはいいけど、立場的にはまた三番手だったと……いいのか? この解釈であっているのか?)




