46話 神の領域。
46話 神の領域。
(こいつは異常だ。普通にやっても、おそらく勝てない。……私のすべてをぶつけるしかない)
覚悟を決めたバーナスは、
(リスクは高いが、一発逆転のファングブローを叩き込んで――)
「――ん? ぁあ……やれやれ」
バーナスの身を纏っている闘気、そのかすかな淀みを感じたゴードは、心底つまらなさそうに溜息をついて、
「もしかして、カウンターでファングを入れようとか考えた?」
「――なっ?!」
「まったく……クレボク使うヤツ、全員、漏れなく、困ったら、ファングの無敵カウンターに頼るんだよなぁ」
「……」
「ま、好きにすりゃいいんだけどね。所詮は15フレの下段。見てから対応できる俺からすれば、ファングなんざ、楽にしゃがめる確反のゴミ技だから、使ってもらった方が、むしろ楽なんだけど、あまりにも楽勝がすぎると、諸々、冷めるんだよねぇ」
見るにも堪えないという表情で、やれやれと首を振るゴード。
そんな彼を見て、
(なぜ、この世で私しかマスターしていないクレイモアボクシングのスタイルを、完璧に熟知……も、もう訳がわからん! もういい! 考えるのはやめだ! ヤツは今、私から顔をそむけている。スキを見せている。ここだ! ここしかない!)
ゴードの嘆息を、
無理やり『隙』だと断定し、
特攻を仕掛けたバーナス――だったが、
「――ん?」
ゴードは、バーナスが全身全霊をかけて放った崩し技を、あっさりスウェーでよけると、黒い笑顔でニヤっと笑い、
「あ、今、打とうとしただろ。はい、ザンネーン」
直後に繰り出されたバーナス渾身のチョッピングを、完璧なタイミングのバックステップで避ける。
「また、酷いタイミングでブッ放したな。拳ステからの二択ですらない、棒立ちからのぶっぱとか、初心者でもサバけるっつーの。いや、さすがに初心者はムリか。でも、中級者以上なら余裕だな。700段そこそこあれば、誰でも余裕。あれ? となると、俺が育てたAIたちでも楽勝なレベルってことに……うわ、そう考えると酷いな。クソすぎ」
サバいてから拾う事が出来たにも関わらず、
ゴードは、わざとギリギリのバックステップでよけた。
膝先をかすらせたのも当然嫌がらせ。
意図して、紙一重のところで避けるという、底意地の悪いおふざけ。
(こ、こいつ……まさか、私の心が読めるのか?)
一瞬、そんな事を思ったが、
(いや、違う。そんな下らない領域ではない)
バーナスも、『それなり』には戦闘経験があるので、ここまでくれば、流石に、ゴードという格闘家の『強さ』だけではなく、『深さ』も、少しは理解できた。
もちろん『正確』には理解しえない。
バーナス程度では、真理には届かない。
しかし、目の前の男が、とてつもなく深い所――影すら見えない遙かなる『先』をゆく者だという事だけは、魂が理解した。
(……悠久なる歳月の果て。おそらく、この男は、数千年、数億年、あるいはそれ以上の、気が遠くなるほどの長い時を、ただひたすら『武の研鑽』だけに費やしてきたのだろう。私にはわかる。この男の武は、千古の鍛錬によって磨かれた結晶。無窮にも等しい濃密で膨大な経験値が、この男の思考を未来視の領域まで押し上げたのだ)
――実際は、ほんの十年間――
バーナスが己を磨くのに費やした時間の十分の一にも満たない。
そして、十年というのは、サービス開始から現在までの時間でしかなく、公務員として真面目に働いていたゴードが、虚無に費やした時間は、15000時間弱。つまりは実質、2年前後。
だが、そんな事、バーナスには知る由もない。
だから、勘違いは止まらない。
(この男は、遙かなる深層で、肉を研ぎ、技を磨き、心を濯いできた。つまりは、超能力などという反則ではなく、真なる武の極みに到達した者だけが掴める栄光、絶対者に辿り着いた者の前でのみ輝く光――この男には、それが見えている)
過程における推測は誤っている。
……が、結果の認識には誤差すらない。
ゴードは確かに、武の極みに届いている。
『強さ』の最果て。
――神の領域。
ゴードは、バーナス程度の才覚では、永遠を積んでも届きえない『絶対なる領域』・『遙かなる高み』に立っている。