44話 まれによくいる、人の話を聞かないタイプ。
44話 まれによくいる、人の話を聞かないタイプ。
「ば、バカなぁ! カウナは私の部下の中でも最強の戦士! こんな虫ケラに敗北するなど!」
信じられない光景を前にして混乱しているバーナスに、
ゴードが、
「ところでさ……あんた、金持ってる? 出前の代金を払ってくれるなら、いきなり殴りかかられたこともチャラにするからさ、520万、払ってくれない? 金さえあれば問題ないから。ほんと、もう、いい加減、帰りたいんだよね」
「……っ……ず、ずいぶんと、挑発的な事を言ってくれるじゃないか」
「お前、どんな耳してんだ。どこに挑発の成分が含まれていた? 金を払えっつってんの。俺は、とにかく、店に帰りたいんだよ」
「……カウナは、貴様のようなカスが倒せる女ではない。いったい何をした? どんなトリックだ?」
「うわー、人の話を聞かないタイプだぁ。ウゼェ」
ゴードは、心底しんどそうな顔でそう言ってから、
バーナスの質問に答えようと、
「てか、まじで、お前、ずっと、何を言ってんの? この程度の女をボコるのに、トリックもクソもないだろ。ていうか、女を殴らせるの、やめてくれない? 世間体が悪すぎなんだけど。必要があれば、俺は、相手が女だろうと、子供だろうと、容赦なくブチこんで行く構えだけど、出来ればやりたくないんだよ」
「タネはあかさない、か。まあいい。奇術師よ。私の前では、手品など意味がないと知れ」
言うと、バーナスは、ゴードのふところへと飛び込み、
「これが、小細工など通じない、極限を超えた神の力だ!!」
尊大に叫んだ。
ブレることなく傍若無人。
揺れることなく傲慢不遜。
己が神であるという夢想を、現実と疑っていない愚かさの極み。
流れるように、ゴードの脇腹へショートフックを決めようとする――が、
「クレイモアボクシング? えぇ……なんで、まともに豪拳ステップも出来てないのに、そんなクソピーキーマゾスタイルをつかってんだよ。雑魚なんだから、縛りプレイする余裕なんかないだろ。バカなの?」
ゴードは、残像を発生させる軸ズラシの影ステップで軽やかに回避する。
勿論、それだけでは終わらない。
バーナスの拳を、ひょいっと避けたと同時に、残像と思念だけで、そのカラぶった拳をグっと押し込み、相手の重心をズラした。
「っっ、ぉわっ!」
同段同士では滅多に決まらない『幻体』と呼ばれている高位の『いなし技』をくらい、軸をズラされてバランスを崩すバーナス。
普通であれば、崩れたバーナスに、抵抗不能の浮き技を入れるのだが、ゴードは、つまらなそうな顔でアクビをしているだけで、いっさい攻撃はしようとはしていない。
高次の揶揄。
つまりは、無慈悲におちょくったのだ。
とてつもなく難しい崩し技を造作もなく決めた上、追撃を行わずにすませる。
仮に、『自分が何をされているかぐらいは理解できる者(最低でも970段以上)』が、その挑発を受けたら、『このクソ野郎……絶対に殺してやる』と一瞬で沸騰してしまうほどのヤンチャなイタズラ。
だが、バーナス程度では『高度にからかわれている』という事にすら気付けない。
(今の動き……どういうことだ?)
からかわれている事に気付く云々どころか、
身に起こった現実を理解する事すらできていなかった。
(あ、ありえん。私の攻撃をあれほど容易く避けられる者など、この世に存在しているはずがない……何かの幻覚系スキルでも使われたか? そうだな。それしかありえん……小癪な)
そこで、バーナスは、距離をとり、冷静にゴードの動きを分析しようと努める。
幻覚を見せるスキルというのは、それなりの数があるのだが、強さの芯を求めた超汎用スタイルである殺神拳には、そのような小細工系の技は一つも存在しない。
影ステップのように残像を出す技はいくつかあるが、
特殊系統の技は、その程度が限度。
だが、そんな事など知らないバーナスは、
(さて、どのスキルだ? イリュージョンボイスか? それともデスティニーカットか?)
単なる目くらまし技のどれを使われたのか、と必死に頭を悩ませる。
無意味な悩みに浸っているバーナスを見て、ゴードが、
「やるなら、さっさとかかってこいよ」
至極鬱陶しそうな顔で、
「ビビって足止めるやつ、すげぇ、イラつくんだよなぁ。『中級』をウロウロしているようなザコはとにかく前に出て、ガムシャラに闘い続けないと、一生ウマくなんかならねぇんだよ。はぁ……もういいや。今は、のんびり遊んでいるヒマなんかないし。こっちからいくぞ」




