43話 治安が悪すぎる世界。
43話 治安が悪すぎる世界。
「では、質問の続きだ。答えてもらおう。この世界に顕現した化物、私の獲物はどこにいる?」
問いなど頭に入ってこない。
恐怖と驚愕が、パナーの頭を高速回転させる。
(これが、最強世界と名高い十九次元界で王になった者の力……まさしく、神の領域。私では何もできない。ああ、認めよう。私では何の役にもたてない……だが、あの方々なら!!)
「黙秘を貫くか。それは忠誠か? それとも、ただ恐怖で口が動かないだけか? まあ、いい。言わぬというのであれば、こちらも――」
「あのー」
「……ぁ?」
突如、空気に触れた声。
バーナスが、少々イラだった視線を向けると、そこには、みすぼらしい男が一人。
比較的がっしりとした体をしてはいるが、それ以上でもそれ以下でもない、ただの凡夫。
そのクソみたいな凡人は、おずおずと、
「なんの話か知りませんけど、とりあえず、続きは、こっちの話を終わらせてからにしてもらえると助かるなぁ……と。すぐにすむんで、いや、ほんとマジで」
「状況が理解できていないようだな」
「ああ、はい。まったく」
「……鬱陶しい。何の価値もないゴミめ。おい、女、話の続きは、こいつを排除してからに――ん?」
視線を向けると、そこには誰もいなかった。
「消えた? あの女、どこに……ちっ。探知スキルを使っても気配を感じないということは、ステルスではなく、瞬間移動系のスキルでどこかに飛んだな……ちぃ!」
バーナスが、ゴードに意識を向けた直後、
パナーは、瞬間移動で逃げ出していた。
「……ふん、まあいい。目につく生き物を殺し続けていれば、いずれ、向こうからやってくるだろう」
★
一キロほど離れた場所に瞬間移動していたパナーは、
(最強たる十九次元の侵略者。下層世界になど興味を示さないはずの超越種……だが、絶望的な絶望ではない。こっちには闘神様がおられる。……出前にきていた青年よ、すまないが、時間稼ぎの囮になってくれ。跡形も残らず消されるだろうが、闘神様が必ず仇をとってくれる! ……ほんとうにすまない!)
心の中で、出前の青年に、心底からの謝罪の言葉を述べながら、
パナーは闘神二人のもとへとひた走る。
★
バーナスは、ゆっくりと、ゴードの目の前まで歩いてきて、
「虫ケラよ。貴様は豪運の持ち主だといわざるをえない。全世界最強の絶対神である、この久遠天帝バーナスの手によって死ねるのだから。それ以上の名誉はこの世に存在しないと言えよう」
尋常じゃなく尊大な態度。
あまりにも不遜が過ぎる、そのふざけたザマを目の当たりにして、ゴードは、
(最強の神とは、また、随分と大きく吹いたねぇ。確かに、今までに見てきた連中の中では、一番マシな動きをしていた。でも、所詮は、八百段あるかないか。ただの番兵を殺したり、女を威嚇したりはできるかもしれないけど、俺には勝てないね)
ゴードがポリポリと頭をかいていると、空間のゆがみから、さらに、
「お待たせしました、上様」
羽衣をまとった絶世の美女が現れた。
長く蒼い髪が幻想的な淑女。
銀の肌と合わさって、特異な美を感じさせた。
「カウナか。別に待ってなどいない。というか、来なくていいといったはずだが?」
「上様の供回りこそ、わたくしめの存在意義。上様の身の心配などは、必要がないので、当然しておりませんが、上様ほどの御方が、身の回りの雑務に汗を流すなど、決してあってはならないこと。どんな些細なことでも構いませんので、わたくしめにお申し付けください」
「その忠誠心、見事。では、カウナ。さっそくだが、そこにいる目障りなゴミを片付けておけ」
「かしこまりました」
うなずいた直後、カウナは、ゴードに、さげすみの視線を送り、
「みすぼらしい虫ケラめ。天と地のすべてを支配する無上の王、絶対の神であらせられる上様の視界を汚したその罪、万死に値する」
「……そっちが勝手に俺の前に出てきたんだけど……」
「虫がしゃべるな。不快だ」
歪んだ表情でそう言い放ち、
「――死ね」
ゴードを踏み潰さんと飛びかかっていったカウナ。
彼女の勝利に疑問を持たないバーナスは、見るまでもないとばかりに、スっと背を向け、まずどこに向かうべきかと思案にふける。
(そうだな。まずは――)
そんなバーナスの耳に、
「かはぁっ!!」
信じられない声が届いた。
血が混ざっているカウナの悲鳴。
反射的に振り返ると、
「ほんと、絡まれること多いなぁ……どこもかしこも、治安悪すぎだろ、この世界」
虫ケラの足もとで、
「うぅ……くぅ……あぁ……」
カウナが、息も絶え絶えになっていた。
恥も外聞もなく吐瀉物を垂れ流し、腹を抱えてうずくまっている。