3話 騒々しい神々。
3話 騒々しい神々。
――騒々しい兄妹弟子たちの発言を聞いて、クロートは、
「より強大な化物を探して放浪している……まあ、ありえる線だな。きっと、今の師匠は、神々の頂点に立たれてしまったがゆえの虚無感・喪失感にとらわれているはず。異世界に飛ばされた事を幸運と捉え、まだ見ぬ更なる強者を求め、各地の秘境や魔境をさまよっていても、なんらおかしくはない」
長い前髪を優雅にイジリながら、そんな事を言うクロートに、
「違いまちゅ。お師匠たんは、今、立派なお寿司職人になるべく、必死に包丁を研いでまちゅ」
酒神が、意味無くヒョイっと逆立ちをしながら、そんな事を言ったのに対し、クロートは、鬱陶しそうな顔でボソっと、
「色雪」
兄弟子の指示を受けて、
「あらあら、まぁまぁ」
色雪は、あふれる母性を爆発させ、
「うふふ、酒神くん、頭なでなでしてあげるから、こっちにいらっしゃい」
「わーい」
無邪気に、色雪の膝に座る酒神の向こうで、
超苺が、無表情のまま、真黒なネクタイをクールかつ優雅に緩めつつ、
(色雪の尻も良い。デビナのスレンダーモデルボディも悪くない。ロリエルの巨乳も最高。どこに視線を集中させるべきか……うぅん……迷うなぁ……うへへっ)
寡黙で無表情というその外面からは決して想像できない、実はただのドスケベでしかない超苺の隣で、デビナが、長い金髪を豪快にひるがえしながら、
「酒神は、ほんと、常時、訳わかんねぇな! つーか、超苺、いい加減、お前も、しゃべれや!」
「デビナ。お喋りの無理強いは控えるべきだ。多くを語らぬ者は、視線や態度で意を示すことがままある」
年齢設定的には三十後半だが、妙にジジイ感の強い雰囲気を持つボウが、顎髭をしゃくりながら、
「同じ漢である我には分かる。超苺の鋭い視線には、我が師に通ずるものがある。おそらく、我や我が師と同じく、はるかなる高み、武の極みを静かに見据えているのだろう」
遠い目をしているボウに、アホを見る目を向けるヒメ。
「ウチからすればぁ、酒神や超苺以上にぃ、あんたの、その漢道っつーのが、ぶっちゃけ、一番よくわかんないから」
非常に軽いノリで、セーラー服のリボンをいじりながら、
「マジでイミフってか、もはや認識レベルで不明まであるし。デビナもそうだよねぇ?」
いきなり話を振られたデビナは、心底鬱陶しそうに、
「間違ってねーけど、あたしは、あんたのチャラい感じも、わけわかんねーと思ってるっつーの!」
「デビナ、相変わらず厳しぃんだけどぉ、超ウケるぅ」
「超ウケてんじゃねーよ! シバくぞ!」
歯をむき出しにするデビナに対し、親しみを込めたチャラい笑みを崩さないヒメ。
そんな彼女たちの向こうで、ロリエルが、非常にあざとい笑顔で、
「デビナちゃん♪ モエモエたちは、みんな、オトモダチでしょ♪ 仲良くしないと、めっ、だよ♪」
「お前もお前で、あたしからすれば、大概しんどいんだからな!」
デビナの威嚇を受けて、またもや
「デビナちゃん、せっかく可愛いんだから、怒った顔はもったいないゾっ♪」
と、あざとく愛らしさをアピールするロリエル。
――そんな、わちゃわちゃやかましい『神々』のやりとりを黙って聞いていたビッグが、ついに、我慢できなくなり声を上げた。
「ひとつ、聞きたい!」
這いつくばりながらも、しかし、しっかりと、
「貴様ら……いや、あなた方の師匠というのは、本物の闘神なのでしょうか?」
その問いに、クロートが一同を代表して答える。
「俺たちの師匠は、神の神。『極地にして絶無の力を有する神々』の頂点に立たれた最強の闘神。それは間違いない。――で、そのゆるぎない事実が何だ?」
「お願い申し上げます。どうか、このわたくしめも弟子にしていただくよう、お口添えをいただけないでしょうか! 武の境地にたどり着くことが、私の夢なのです!」
クロートは、鬱陶しそうに頭をかきながら、
「師匠が、おまえみたいなカスを相手にするわけないだろ。俺の師匠は神の頂点。ヒマじゃないんだよ」
「で、では! 皆様方の弟子にしていただけないでしょうか! 神の弟子であらせられる皆様方ならば、師事するには十二分以上」
「……弟子か。取ったことがないからなぁ」
「なにとぞ! どうか! どうか!」
(ずっと師匠を見てきたから分かる。弟子をとるのも己の修行になる)
毎日行っている基礎の復習、そのついでにと考えれば、それほど手間というわけでもない。
(……どうせ、師匠が帰ってくるまでヒマだしな。それに、こいつはカスだが、どうやら、この世界の重鎮らしいから、下に置いておけば、何かと便利そうだし)
多角的に思案した結果、
「いいだろう。弟子にしてやる」
「ほ、本当ですか?!」
「そのかわり、俺達の手足となって、馬車馬の如く働いてもらう。まずは、師匠が帰還なされるまでヒマだから、その間の時間つぶしに付き合ってもらう。とりあえずは、神の弟子として、この世界をサクっと征服するつもりだから、いろいろ手伝え」
「もちろん! わたしのすべてを、皆々様に捧げます!」
★
「――おい、聞いたか?」
わずかな休憩中、ゴードは同僚から、
『今、世界を騒がしているニュース』を聞かされる。
「なんでも、『闘いの神』が、ついに、ビッグの元に降臨なされたそうだ」
「ビッグ? ……ああ、この世界のトップか」
瞬時に、ゴードは記憶を掘り起こす。
ビッグ・ウォリアーキングダム。
(この世界においては並ぶ者が存在しない、絶対の支配者。神に祝福された肉体と、桁違いの神通力を有しており、小さな国なら単騎で叩きつぶせるほど。……なんか、ウソくせぇなぁ。エセ宗教の教祖プロフィールみたいだ)
「なんでも、神はビッグを認め、一番弟子にしたらしいぜ」
それを聞いて、ゴードは、やれやれと溜息をついた。
「なんというか、さすがは世界の支配者様。流す噂も桁が違うね。『自分は神様が弟子にするほどの存在です』ってか。そこまでして民衆から尊敬されたがるとは、貪欲というか何というか。……まあ、頂点に立った者の最終的な目標は、たいがいが神格化らしいから、当然の流れってだけの話なのかもしれないけど」
「いやいや、冗談や見栄や布教なんかじゃないらしいぞ。この話は、高位の貴族である、俺の友人の知り合いの知人が尊敬している親戚から流れてきた情報でもあるから、間違いはない」
「信憑性が、貧乏な家のカルピスくらい薄まったんだけど」
「闘いの神は、あまりに高貴過ぎて、名前や容姿の公表なんかは、当然、絶対にされないらしいから、詳細は分からんけど、しかし、少なくとも、ビッグを片手で倒せるだけの力はあるってよ」
「ビッグ・ウォリアーキングダムって、確か、屈強な戦士百人を指一本で無双できるんだろ? そんなヤツを片手って……もう、ほんと、ムチャクチャだよ」
「いや、でも、マジで――」
「はい、休憩時間おわりぃ。短ぇ。あー、しんどい」
うーん、と、伸びをしながら厨房へと戻るゴード。
今日も彼は、せっせと包丁を研ぐ。
(この絶妙な角度で……慎重かつ大胆に)
だんだんと、各板前のクセをつかみかけている気がする今日この頃だった。