38話 強すぎる女神様。
38話 強すぎる女神様。
――デビナは、無様に転んでいるトースを指差し、
「ははっ! 軽ぅ! 弱ぇ! もうほとんど虫だな! かはは!」
トースの無様な姿を、遠慮なくあざ笑うデビナ。
神以外の誰にも出来ない行為。
そんな女神の、無邪気が過ぎる忌々しい笑顔を見て、怒りが限界を超えていくトース。
「き、貴様ぁ!」
頭に血が上ったトースは、即座に起き上がる。
全身を駆け巡る痺れを、根性でシカトして、
握った拳をデビナに向けて放つ。
――が、
「くそ! くそ! くそぉ! なんでだぁあ!」
「ほらほら、どうした! かはは!」
「くぬぅぉおおお! なぜ、あたらん!」
振り回した拳が全て空を切る。
なぜか、己の拳が、敵に当たらない。
「どうなっている!! こんな事、ありえないだろう!! なぜ、こんな! なぜだ! なぜ、攻撃があたらない!!」
デビナは、トースの渾身の拳を、ヒラリヒラリと余裕で避けつつ、
「あのなぁ……お前の攻撃になんざ、当たる方が難しいんだよ」
本当に、ただあきれているだけの声音でそう言う。
どうやら、本気でそう思っているらしい。
だが、当然、ゆえに、それを言われた者は沸騰する。
「く、くそがぁあ! 女ぁあ! ナメるのも大概に――」
「だから、さっきから、うるせぇんだよ!!」
金髪の神は、唐突に声を荒げて、
「この近距離で叫ぶんじゃねぇ!! 耳が痛ぇだろ! ぼけぇええ!!」
イラついた顔でそう叫ぶと、デビナは、ギュルっと腰を回転させて、トースの頭にかかとを叩きこんだ。
「ぐぁあああああああああああああああ!」
頭部から大量に血が噴き出ているトースを見て、
のんびりと観察していた色雪が、
相変わらずの穏やかな口調で、
「あらあら、生きていますね。もしかして、死なないように蹴ったのですか? 見かけによらず、デビナさんは器用ですね」
「……『見かけによらず』ってのは余計だ、ボケ!」
そんな会話をしている二人の向こうで、
トースは、
(体勢を立て直せ……まずは距離を)
痛みに耐えながら、後方へと飛んだ。
距離をとってから、
(まずい、まずい、まずい……流石は神。ただごとではない強さ……いや、だが、どうにもできないほどではない!)
翌日、筋肉痛がひどくなるので、できればやりたくないが、そんな事は言っていられない状況。
「おとなしく犯されていれば痛みも最小で済んだものを。愚か者どもが。教えてやろう。この私の真の力を」
言うと、トースは地面に手をあて、
「かああああああ!」
声を上げると同時に、地面から、トースの体に流れるように、緑色の光が放出される。
「今の私はビッグを片手で瞬殺できるほどの強者。裏の世界では名高きかの魔女、S1すら、今の私には勝てないだろう。あの妖怪ババアとも、おそらくは互角」
「へぇぇ……で?!」
「貴様は死ぬ!」
襲いかかってきたトースの拳を見て、
デビナは、
「ふぁあーあ」
あくびをしながら、スウェーでよけた。
「なっ、ばかな!」
「ほら、アゴいくぞ! まだ遊びたりねぇんだ、我慢しろよ!」
腰をそらした状態から、足の力だけでグイっと状態を起こし、ハンパではない硬度を誇る自慢の額を、トースの顎にたたきつけた。
「か……はっ……くっ」
よろけながら、
「ぅぅう……くそが!」
そこで、トースは、腹の底から声を出した。
「手下どもぉおお! なにをしている! 行動しろ! であえ、であえ! 親衛隊ども! なにをしてるんだ! はやく、こいつらを狩るのを手伝えぇえええ!」
その見苦しい姿を見た色雪が、縁側でお茶を飲んでいる老婆のような、至極穏やかな口調で、
「親衛隊というのは、もしかして、あなた並に不細工な十人組のことでしょうか? だとしたら、ここにくる途中で全員殺しておきましたが?」
「……な……」
「ん? ああ、そういや、殲滅した中に、妙な不細工が十人くらいいたな! 親衛隊って、あいつらの事を言っていたのか! 色雪、頭いいな!」
「この程度の推察など造作もありません。私はお師匠様の弟子ですから」
「その言い方だと、まるで、あたしが先生の弟子としては不足しているみたいに聞こえんぞ、ごらぁ!」
「そんな事は言っていませんが、もしそう聞こえたのなら、デビナさん自身が、頭の片隅でそういった事を思っているからではないでしょうか?」
「てめぇ、ほんといい度胸してんな! 妹弟子じゃなかったら、とっくに殺してるぜ!」
「冗談です。デビナお姉様の実力は、最も近い妹弟子であるわたくしが、一番理解しています」
色雪が浮かべる満面の笑みに毒気を抜かれたデビナは、
「ちっ! てめぇといると調子が狂うぜ!」
「あらあら」
愛しい不安定な姉に、優しげな微笑みを送る色雪。
そんな彼女の向こうで、パナーが、
「なんという桁違いの強さ……これが……神……」
思わずそうつぶやいた。