30話 『スティーブ』VS『平熱マン』。
30話 『スティーブ』VS『平熱マン』。
「センター試験を突破したシードの連中、当たり前だが、全員勝ち上がっているな」
「その辺の武道家とはレベルが三ケタほど違いますからね。当然の結果です」
「一回戦最後のシード選手はスティーブか。相手は……平熱マン? なんだ、このふざけたエントリーネーム」
「この大会をお遊びとしか考えていない地元の輩でしょう。たまにいるんですよ。冷やかしで武道大会に参加するバカが」
「神聖な試験を汚された気分だ。不愉快極まりない。スティーブに連絡を取れ。一切手を抜かず完膚なきまでボコボコにしろと伝えろ」
「はははっ、了解しました、A7」
★
この大会の裏を知っている者からすれば、
その試合に見る価値などカケラもなかった。
スティーブ VS 平熱マン。
A7がこの試合をにらみつけるように観戦していたのは、
『スティーブの相手』が『おちょくったような名前』で参加していたから。
ようするには、普通にムカついたからである。
(武道をナメ腐った愚か者め。スティーブから高みを叩き込まれ、少しは反省するがいい)
瞬殺以外の結果はないと確信していたA7の目が点になったのは、
試合開始五秒後。
「か……は……」
スティーブは膝から崩れおちながら吐血していた。
あまりにも痛々しい姿。
だが、その場にいた誰一人として、彼を憐れんでなどいない。
開始直後に繰り出された平熱マンの美しい連撃に魅せられて、
誰もが、平熱マンの見事な残心に心を奪われていた。
――たったの三手だった。
平熱マンが腰を入れて放ったアッパーによって、スティーブの体は宙を舞った。
平熱マンは、追撃として、飛び膝蹴りを叩き込み、最後に、オーバーヘッドキックでスティーブを地面に叩きつけた。
激しく地面に叩きつけられ、膨大な血を吐いたスティーブの痛々しい姿すら、ひとつの芸術品にすら思えるほどの、完璧なコンボだった。
一手一手、全てが、高次の神業。
スティーブは、ゴホっと血を吐きだし、
「こぁ……かぁ……」
意識を失うギリギリのところで、ピクピクと痙攣している。
死にはしないだろうが、かなり長期の入院生活を余儀なくされるだろう。
そんな痛々しい姿を尻目に、平熱マンは、
(こいつ、すげぇ弱かったなぁ)
呑気に、そんな事を考えていた。
(しょっぱなから、隙の大きいカッティングのブッパなんてかましたら、浮かされて終わりだろ。ちょっとは立ち回りを考えようぜ)
溜息をついてから、
(……まあ、でも、さすがにチンピラより下ではないかな。普通にチンピラの5倍ぐらいは強かった。マイ御嬢様は、やっぱり人が悪い)
呑気にそんな事を考えていると、
スティーブが、奥歯をかみしめながら、絞り出したような声で、
「ぉ……お前、何者だ……お前なんか知らんぞ、見たことない……いったい、どこに隠れていた」
「いや、別に隠れちゃいないけど」
サラっとそう言う平熱マンの顔を、憎憎しげな眼で睨んでから、スティーブは、己の足を殴り、
「く、くそ……立てよ、俺……勝つんだ……俺は……勝たなきゃいけないんだ……絶対に」
もぞもぞと蠢くのが精々で、立ち上がることもできないスティーブ。
そんな彼を見て、平熱マンは、ぽりぽりと頭をかいて、
(どんだけ必死なんだよ。この大会、妙にファン多いな。俺、別に勝ちたいわけじゃないんだから、負けてあげてもいいんだけど……でも、殴られるのいやだしなぁ)
「ふぅ、ふぅ……負けない……ここまでくるのに、15年かかった……負けてたまるかよ。俺は……高みにいくんだ……つかむんだ……栄光を」
(町内会レベルの大会で掴める栄光に、そこまでこだわらんでも……まあ、でも、虚無の世界王者も似たようなもんか……必死にやっているヤツからすれば、なんだって輝いて見える。それだけの話か)
「う……く……かはっ……」
そこで、ついにスティーブは気を失った。
大会スタッフが、あわててタンカを持って飛び込んできた。