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29話 テンプレな身の上話。


 29話 テンプレな身の上話。


「賞金……ぁあ、確か、いくらか出るんだったっけ。ははは。いやいや、賞金はどうでもいいんだ。それより大事なことがあってね」


 一瞬だけ、リーは、逡巡しゅんじゅんしたが、


「どうせ君とは闘わないだろうし、ちょうど、誰かに喋りたい心境でもあった。まだ時間もあることだし、聞いてくれないかい? 下らない身の上話を」


「……ぇ……ぁあ、まぁ、試合が始まるまでヒマだから、別にいいけど?」


 ゴードの了解を得て、

 リーは、滔々(とうとう)と語りだした。


「母が病気でね。金があればどうにかなるという類の一般的な病気ではなく、桁違いに優秀な気功術師でなければ癒せない呪系の病なんだ」


(治癒の気功術……虚無でも、そんな感じの特殊ダメージ回復系スキルがあったな。確か、『色雪』に持たせていたっけ。まあ、ゲームとはまた違う話なんだろうけど)


「まともな手段では治らないんだよ。治せるのは、超高次の気功術が使える異次元の天才だけ。だけど、そんなのは……」


「なるほど、この世界にはいないってことね。つまり、不治の病……大変だな。ご愁傷様です、と」


 ゴードは、勝手にそう納得したが、


(いるにはいる。だが、それはこの世界の頂点。サバキのメンバーにしかいない。そして、彼らは、人類の守り手ではあるが、庶民の味方というわけではない。価値ある存在以外に手間をかけはしない。それは歴史が証明している。だから、僕は……)


 リーは、グっと拳を握り締めながら、


「だから、僕は……この大会で優勝しなければいけないんだ」


 熱のこもったそのセリフを受けて、ゴードは眉をひそめた。


「えっと……話がつながっていない気がするんだけど? 賞金が必要ってわけでもないみたいだし……」


 話の流れが理解できるはずもないゴードに対し、

 リーはあわてて、


「ぁ、えっと……実は、母が、この大会のファンでね。優勝すれば、きっと喜んでくれると思うんだ」


(ああ、なるほど、そういうことか。しかし、こんな小さな大会のファンってなんだよ……まあ、世の中には、地元のマラソン大会や、会社の運動会に命をかける変わった人種もいることだし、というか俺自身、たかがゲームに人生の全てをかけて臨んでいた……普通ではないにしても、気が狂っているってほどの事でもないか)


「おっと、そろそろ僕の試合が始まる」


 リーはそう言うと、爽やかにニコっとほほ笑んで、


「じゃあね。影ながら応援しているよ」


 そう言った。


 ゴードは、特に言いたい事もなかったので、簡素に、


「どうも」


 とだけ返した。


 ★


 一回戦を二秒で突破したリーは、

 会場の隅で、坐禅を組んで精神統一をしていた。


(決勝までは問題ない。怖いのは、スティーブとロウくらいだが、幸運にも、彼らとはブロックが離れていた。闘うのは決勝でどちらか一人。実力的には僕の方が上なんだ。落ち着いて、ちゃんと集中すれば、間違いなく僕が勝つ)


 深い深呼吸。

 己の中に広がる海の奥深くへと潜っていく。


(……ここまで来るのに十年かかった)


 リーは、ここまでに乗り越えてきた艱難辛苦を思い出す。


(何度、修羅場を潜り抜けた? 何度、死の淵に立った? いったい、何度……)


 地獄など見飽きた、と胸を張って答えられる。

 母の命を救うため、死に物狂いで地獄の底を駆け抜けてきた。


(もはや、サバキはただの憧れじゃない。手に届く位置に見えている。この最後の試練、必ず優勝する。母さん……もうすぐだ。あなたの息子は、この世界で最も偉大な存在、世界の守り手の一人になる。そんな男を育てたあなたが、死んでいいはずがない。必ず助けてみせる。もう少しの辛抱だから、あとちょっとだけ待っていて)


 ふぅうと深く息を吐く。

 緊張による体の震えは既に治まっている。

 メンタル面の強化も怠ってはいない。


 内面に問題を抱えているカスが、

 サバキのメンバーになどなれるはずがない。


(ここまで穏やかでいられるのは、試合前、16番の彼に本音をこぼせたからだな。関係のない人間だからこそ話せる事というのがある。ちょうどいいところに、ちょうどいい相手がいてくれた。その幸運にも感謝だ)


 リーは思わず天を仰いだ。体の芯から感謝の想いがあふれ出る。


(この世のすべてに感謝する。僕をここまで導いてくれたすべてに敬服する。確かな敬意は、心を支えてくれる。偉大な母に育てられたおかげで、僕は強い心を得られた。自信を持って言える。僕はサバキのメンバーに相応しい)


 輝く瞳が、世界を見渡した。

 優しさと誠実さ、そして真っ直ぐな正義を成す武力をも持ち合わせた男。


 ウラジミー・リー。


 誰もが思う。

 彼こそ、世界の守り手にふさわしいと。


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