28話 美しい体。
28話 美しい体。
「――見ない体だね」
妙な声をかけられ、ゴードはビクンと体を震わせる。
振り向くと、異常に鋭い肉体をした男がいた。
上半身裸で、下は紺のワイドパンツ。
身長は170センチくらいと、格闘家としては小柄だが、見える部分のあらゆる肉がバキバキに鍛えられている。
部位によっては鉄より堅そうな、完璧といってもいい素晴らしいボディ。
――そんな、美しい肉体をしている男は、
ゴードに、続けて、
「君、かなり良い体をしているけど……受験者? それとも一般参加?」
質問の意味がさっぱりわからず、ゴードは首をかしげて、
「受験?」
(とぼけている顔ではないな……一般人か)
ゴードに声をかけてきた男――『ウラジミー・リー』は、ニコっとほほ笑んで、
「とても恵まれた体格をしているから、二ヵ月後に試験が行われる拳闘士塾の受験生じゃないかと勘繰ったのだけれど、違ったかな?」
その発言を受けて、ようやく質問の意図を理解(正確には、誤解)したゴードは、首を横に振りつつ、
「俺はただの寿司職人見習いだよ」
「寿司? ……武道家じゃないのかい?」
「マジの戦闘なんか好きじゃない。痛いのは嫌いだ。見ての通り、体は大きいから、町のチンピラ程度が相手なら余裕で勝てるけど、本気で格闘技をしている者が相手じゃ余裕でボコされる。『マジで格闘技をやっている者』どころか、俺よりガタイのいい奴には普通に負ける。その証拠に、ウチのガチムチ大将には、いつもボコボコにされている」
「ふむ。では、なぜこの大会に参加を?」
「店のお得意様に、参加しろと命令された。『この大会はレベルが低いから、体がでかいだけの俺でも勝てる可能性がある』と言われてな。まったく、迷惑な話だよ」
「あはははははっ。客商売は大変だね。でも、まあ、一回戦二回戦の相手は、シードじゃない限り、確かに低レベルだろう。運が良ければ、一回くらいは勝てるかもしれない。そうなれば、そこそこの自慢にはなるだろう。それをモチベーションに頑張ってみるのも、悪くないと思うよ」
「残念ながら、一回戦の相手はシードなんでね」
「へぇ、そうなのかい。ちなみに、君のエントリーナンバーは?」
「16番」
(端の端か。決勝までは当たらない……つまり、闘う機会はないということだな)
そこでリーは、対戦表を確認した。
ゴードの対戦相手の名前を見て、
(あーらら)
思わず苦笑いをしてしまう。
(スティーブが相手とは、この男も運がない。かわいそうな話だが、スティーブは、俺に近い実力を持つ強者。ボコボコにされて一回戦敗退……この男に、それ以外の道はない)
リーは、少しだけ考えてから、フっと、小動物を愛でるような目を浮かべて、
「君の一回戦の相手、実は、何度か試合をした事があるんだ」
「へ?」
「典型的なボクサータイプで、左を軸に、こちらの動きを止めて、右でとどめを刺しにくる。右を出してくるタイミングがワンパターンだから、読めればカウンターで沈めることもできなくはないはずだ」
「……えっと、なんで、そんなことを教えてくれるんだ?」
「実のところ、今回の参加者、大半が顔みしりでね。その中でも、君の初戦の相手であるスティーブはまともにやりあうとやっかいな相手なんだ。まぐれでも奇跡でもいいから、君が倒してくれると非常にありがたいなと思ってね。まあ、仮に、君が彼に勝った場合、君こそが最も面倒な相手になってしまうけれどね、ははは」
(大半が顔見知りねぇ……つまり、これは、町内会レベルの大会ってことか。まあ、雰囲気から察してはいたけど)
「優勝できる可能性は1パーセントでも上げておきたい。そんな僕の可愛い抵抗さ。笑ってやってくれよ」
「なんというか、あんた、随分とこの大会に入れ込んでいるな。優勝したって、大した賞金が出るわけでもないのに」
「賞金……ぁあ、確か、いくらか出るんだったっけ。ははは。いやいや、賞金はどうでもいいんだ。それより大事なことがあってね」




