24話 お客様はいつだって神様。
24話 お客様はいつだって神様。
(公務員と比べたらしんどいとはいえ……)
転生した直後のゴードが、『見習い三日目』くらいだったなら、逃げだすことも考えたが、既に三年も修行をしているのだから、その積み重ねを捨てるのはもったいない。
(寿司職人は激務な分、見習いでも給与は悪くない。そして、将来的に店を任されるようになれば、給料は今の十倍以上にもなる。生きていくには十分な額だ。他の仕事もあるとはいっても、この世界では、公務員みたいな楽な仕事などない。どこで何をしようと、しんどいことに変わりはない)
日本の、特に係長以下の地方公務員は、立ち回りさえ間違えなければ、驚くほど楽ができる。
特にゴード――佐藤は、数年ごとの辞令で毎回楽な所に行くための努力だけは惜しまなかったので、いつだって、とてつもなく楽な部署で働く事が出来ていた。
仕事中は常にボォっとしていたので、ゴミの取り忘れや、『走行距離・ゴミの分量などを記載した報告書の提出』を忘れる事が多々あり、直属の係長から幾度となく怒鳴られたが、大問題を起こしたことはなく、というか、そもそも大きなトラブルにつながる仕事を任されることがないので、ちょっとしたミスをおかしたところで、数分ほど頭を下げてさえいれば、いくらでも、どうとでもなった。
ゴードは知っている。
あれほど楽な仕事が、こっちの世界には存在しないということ。
日本という、悪い意味でも良い意味でも、『底』が安定している国では、探せば、いくらでも、とんでもなく楽な仕事というものがある。
ゴードが大学時代に経験した、個人経営の『会計すら全自動セルフという、かなりムチャクチャなマンガ喫茶』で働いた時などは笑ってしまうほどだった。
なんせ、事務室で、カフェオレを飲みながらマンガを読んでいればお金をもらえたのだから。
だが、この世界に、そんな仕事はない。
スキルもコネもないゴードは、肉体労働で金を稼ぐしかない。
何よりの問題点として、佐藤――ゴードは、頭がいいわけではない。
学校の成績云々ではなく、根本的に、頭の出来がよろしくない。
ということは、ここを逃げても、どうせ、結果的には肉体労働に落ち着くだろう事が目に見えている。
どこにいったって、コキ使われるだけなのは確定的に明らか。
(なら、逃げだして最初から始めるより、三年分の積み重ねがあるこっちの方がまだマシ)
あるていど楽なポジションにつくまで、まだ最低でも五年はしんどい思いをしなければいけないが、本当は八年かかるところが五年に短縮されている――と考えれば、精神的にも楽になった。
頑張ろうという気力が出てくる。
(……まあ、そんなもんだよ、寿司職人の見習いを続けている理由なんて)
『無難な人生』という絶対基準に則った上での合理的思考を経た、単なる消去法。
『虚無』という『闘いの世界』では、限界の向こう側で命を削っていたゴードだが、それ以外のいわゆる『リアル』に対しては、いつだって、刹那主義的だった。
不精というか、浅慮というか、横着というか、ドライというか、ハンパというか。
「一言では言えないですが……まあ、とにかく、無数に理由はありますよ。うん」
この、ゴード・ザナルキアという男は、
格闘ゲームにしか興味がない、
根っからの『無為に怠惰なクソ野郎』でしかない。
なのだけれど、
そんな本質など知る由もない『妄想が妄想を呼ぶファンスティポな偶像』に支配されているマイは、
「なるほど、やはり、深いお考えがあってのこと、ということですね」
止まらない勘違いスパイラルに飲み込まれており、
結果、
「流石です。ああ、どこまでも、いつまでも美しい」
恍惚の表情で、心底から嘆息している声音で、そうつぶやいた。
そんな彼女を見て、ゴードはため息をつく。
(ずっとそうだけど、なんで、この人は俺のことを、ここまで買いかぶれるのかな。もう否定するのもしんどいよ)
謎が過ぎる状況に辟易していると、
――店の入り口が開いた。
ゴードはすぐさま、接客モードへと移行する。
ほんの数日で、体の芯にまで染み付いた習性。
新たなお客様の視覚情報が頭の中を駆け巡る。
お客様。
御一人様。
女性。
二十代後半。
気難しそう。
とりま服飾は一級。
Aクラスのお客様。
などと、すぐさま、どういう対応をするべきかの視覚情報を頭の中で整理していると、
その新たな女性客は、
「――そこの、お前」
ゴードを視界に収めたと同時に、虫を見る眼で、
「おまえだよ、そこのショボそうなお前」
と、傲慢力全開の『お客様は神様ムーブ』をかましてきた。