14話 殺神拳。
14話 殺神拳。
チンピラの一人が、ごちゃごちゃとしゃべっているが、ゴードは、一言も聞いていなかった。
集中モードに入った格ゲーマニアの耳はおそろしく遠い。
腹を括り、覚悟を決め、死ぬ気で前を向くと、
真空にも等しい極端に静寂な世界の底で、
どこまでも深く集中できる。
これまでの二十数年間の人生の中で、最も深く入り込んだゾーン。
(頭に描け。殺神覇龍拳の明確なイメージ)
脳味噌が熱で満たされる。
グツグツと煮立ってきた。
(……しっかりと、下半身のバネを使って拳をつきあげる。威力のあるアッパーが顎に決まれば、この体格差だ。一撃で倒すことだって不可能じゃないはず)
深くイメージする。
練習で、対戦で、何千万発と打ってきた殺神拳の主要技。
相手を浮かせる右のアッパー。
――殺神覇龍拳。
// 実は、ゲームの経験値が、本物の研鑽として、ゴードの体には染みついている。『ゴード・ザナルキアという男』は、この世界を演算し続けている『汎用量子コンピュータ』が、『平熱マン』のために用意していた特殊な媒体。難度SSの武術『殺神拳』のすべてを体現できる、唯一無二の肉体を持った、まさしく、文字通りの、神に選ばれた者。だからこそ、平熱マンの魂はゴードの肉体に宿った。いつか訪れる、世界存亡の危機に対抗するために!! //
――ゆえに、
(腰を回転させて、腕をつきあげる。軸足、踏ん張り……左腕は引く……)
イメージ、イメージ、イメージ、
イメージ、イメージ、イメージ……
「おい、聞いてん――」
「シュッ!」
――世界がどよめくほど、時空が色めきたつほど、ゴードの肉体は、美しく、軽やかに舞った。踏みこんだ足が地面をえぐる。
握った拳が正しい軌道で下弦の弧を描いて空気を切り裂く。
火花が散った。
粒子が弾け飛ぶ。
ギュンッ、と空間が啼いた。
ゴードの肉体が、究極の兵器になった一瞬。
まるで、コントローラーのボタンを押した時の反応のように、
完璧に、イメージ通りの動きが再現できた。
だから、
「がっっはぁぁあああああああっっっっっ!!!!!」
豪快に吹っ飛ぶ。
まるで、物理にケンカを売っているかの如き、ギャグマンガのようなぶっとび方。
モロにゴードの一撃を顎にくらった男は、
重力が反転したかのように、
上空へと吸い込まれるようにぶっ飛んでいった。
十メートルほど高く飛んだところで失速。
そのままゴミのように落ちてきて地面に激突。
「……ぬ……ぁ……」
そして、コトンと、当然のように、意識を失った。
この光景を見て、
「「「……」」」
その場にいる『ゴード以外の全員』がフリーズした。
あんぐりと開いた口。
無意識に中央へ集まってくる眉間のしわ。
誰もが、信じられないという顔で呆然としている。
まったく、さっぱり、何一つ理解できない。
このトンデモ状況に直面し、
誰一人、ぐうの音すら出せない。
――闘いにのみ特化した神々。
――その頂点である無上の究極闘皇神、平熱マン。
そんな最強神の能力をそっくりそのまま体現できる究極の超人ゴード・ザナルキアは、
(ん……これは、いけるな。思った以上に、この体は動く!)
続けざまに、残りの二人へ攻撃を仕掛ける。
あまりの衝撃に動けなくなっている雑魚二人に、容赦なく惨劇をプレゼントする。
一方には、『見えない投げ』と恐れられた『神速一本背負い』。
ありえない速度の前回りさばきで相手の懐に踏み込み、前袖を掴む。
抵抗など出来る訳がない。
どころか、何が起きたのかを理解する事さえできない。
大型のトルネードに巻き込まれたように、
螺旋を描きながら地面に叩きつけられ、
「ふげぇえええ!!」
当然、一瞬で気を失う。
「……ラスト一人」
呟きながら、ゴードは、地面を滑っているかのような超高速移動の神ステで、最も得意な間合いにまで詰めて、最後の一人の両足を『豪速ローキック』で払い、
「うわっ、ちょ、待っ――」
倒れた所に、ローを入れた足をそのままグルリと一回転させ『神堕とし』――ギロチンのような踵を落とした。
「ぎへぇええええええええ!」
一手一手が漏れなくパーフェクト・クリティカル。
二秒とかからず制圧。
結果を見て、ゴードは思う。
(俺、町のチンピラくらいなら余裕で勝てるのか……まあ、このガチムチのガタイがあれば、ちょっとくらいケンカが強いのは、むしろ当たり前か)
ゴードは、至極あっさりと、そう認識した。
――が、しかし、そんな彼を傍から見ていた者の感想は違った。
(な、なに……この、異次元の強さ……ど、どういう……)