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0話 あらすじに書いてあることの詳細なので、読み飛ばして、次話の「1話」から読んでもOKです。

「導入はどうでもいい」という方は、

次の「1話」から読み始めてください。


 第0話 あらすじに書いてあることの詳細なので、読み飛ばして、次話の「1話」から読んでもOKです。




 プロローグ「わずかな独白」



 理不尽な叱咤に慣れて、どのくらい経っただろう。


「すいませんでした」


 感情を殺して頭をさげる。

 大学を出てからは、常に、そうして生きてきた。


「すいませんでした」


 親のコネをフルに使い、俺は、地元の公務員になった。

 緑の車に乗って、ひたすらゴミを回収する。

 それが俺の仕事。


「すいませんでした」


 感情を殺した声には、

 相手を黙らせる効果がある。


「頭下げればいいってもんじゃねぇぞ、ったく……」


 ほどなくして、係長は、俺に小言を言わなくなった。

 待機室に戻り、俺は時計を確認する。

 恐ろしく長い一分。

 もたもたしている秒針。


 この上なく空しい時間を経て、俺はたんたんと家路につく。

 家に帰れば、俺――『佐藤太郎さとう たろう』は神になれる。



 ~~独白終了~~









 ――『虚無』

 世界一プレイ人口が多い格闘ゲーム。


 その売り・特徴は五つ。

 最高千段にも及ぶ、果てしないランク上げ。

 弟子のAI育成システムの無駄な充実ぶり。

 6950兆通りにも及ぶキャラメイク。


 相手次第では100対1でも楽勝な爽快無双感。

 課金と才能がトントンになるバランス感覚。


「はい、確反――終了っと」


 『佐藤 太郎さとうたろう』は、天に向かってフゥっと息を吐く。


「んー、さすがに、今は、『赤ん坊(初心者)』を虐殺しても、全然、心が潤わない。緊張感、ハンパないな」


 無差別マッチで運良く引けた初心者。

 いつもなら、あれだけ悪逆の限りをつくして初心者狩りを為した場合、爆笑が止まらないのだが、現状が現状なだけに、まったく楽しい気分にならない。


「ふぅぅ……緊張する……落ち着け、落ち着け……」


 佐藤が虚無を始めたのは高校二年生の時。

 だから、今年で、かれこれ十年目。


「しかし、よく十年も続いたな。何よりも、そこに敬服するよ」


 緊張を紛らわせるために、もう一戦。

 次のマッチング相手は、九百八十九段。世界に百人といない雲の上の強さを持つ者。

 しかし、


「下段が見え見えなんですけどー。ちょろすぎなんですけどー」


 宇宙の果てから見下すように、


「おいおい、坊や、読まれすぎだろ。その程度で俺の相手が務まるとお思い? 笑わせるんじゃなくってよ」


 九百段後半という、名実ともに圧倒的な力を持つ超人級プレイヤーを、


「はい、ジ・エーンド」


 アクビ交じりに軽くボコボコにした直後、佐藤は、チラリと時計を確認する。


「あと五分。……大分落ち着いたし……ちょっと早いけど、待機ルームに入っておくか」


 ルームに入ってから、アーケードコントローラーから手を放す。


 今まさに、10周年を祝して行われている、オンライン上の記念イベント、第一回虚無世界大会。今までにも、ランキングマッチは何度か行われているが、今回の大会は、『マジで誰が最強なのか真剣に本気で決めよう』という趣旨の、予選の段階で数十万人単位が弾かれた、ゴリゴリのガチ大会。


 ――その決勝戦まであと数分。


 10年間の集大成、この虚無という世界における真の頂点が決まる戦いまで、あと数百秒。


 佐藤は、坐禅を組んで、呼吸を整えながら、昂ぶる気持ちを全力で抑えつける。


(相手は知らない相手じゃない。確実に俺よりも弱い相手。今日の調子は万全なんだから、落ち着いて、いつも通りやれば、負けることはない)


 最高段位である1000段『究極闘皇神』に達しているプレイヤーは世界で七人しかいない。ゆえに、オンラインサーチを同段限定に設定すると、知り合いと何度も戦うハメになる。

 決勝の相手『ジャイロキューブ』は、この十年間で一万回以上闘っている。

 『二択のパーセンテージ』から『置きのタイミング』、果ては『試合運びの呼吸テンポに』至るまで、何もかも完璧に網羅した、知らない事など何一つとしてない好敵手。




『この最高の舞台における最後の相手が平熱マンさんであるという奇跡に感激しています。平熱マンさんは、非常にムラの大きい方で、『あ、今日は調子が悪いな』って時はあっさり勝てますが、『やべぇ、今日は調子が万全だな』って時は、触れられずに負けることもよくある、とてつもなく強くて、色々と面白い相手であり、僕が一番尊敬しているプレイヤーです。今日は、是非、絶好調の平熱マンさんと戦い、勝利を収め、真の頂点に立ちたいと考えています。不遜な言い方になりますが、絶対に勝ちます』




 そんな、世界中に発信されている『ジャイロキューブ』の紳士的な意気込みメッセージに対し、『平熱マン』こと佐藤は、



『――最強は俺。神は俺。ジャイ何とかは、いつも通り、最強神である俺の踏み台。グチャグチャにして殺してやる。絶望を数えながら死にぐるえ。以上』



 挑発的な返事を返す。

 あまりにも不遜が過ぎる態度。

 しかし、決して失礼な行為ではない。

 というか、むしろ、そうでなくてはいけないのだ。


 『虚無』というゲームにおいて、

 平熱マンとは、そういうキャラクターなのだから。


(俺だって、決勝の相手が、勝率トントンで最も多く闘ってきたジャイさんである事に感動しているさ。でも、『貫いてきたキャラ』を、だからといって崩すのは、むしろ失礼だ。俺はいつも通り、クソ生意気で最低最悪なヒールのままでいく)


 反抗期もなく、ずっと『親に従順な良い子』で通し、社会人五年目になる現在も、リアル世界では、その『つまらないキャラクター』を貫き通している彼が、唯一ハジけられた場所が、虚無という極めて特殊なステージだった。


 平熱マンは、十年前のサービス開始当初から、一貫して、誰に対しても挑発的でクソ生意気かつ非人道的な態度をとり続け、何百万という膨大な数の人間から嫌われながらも、圧倒的な実力で最高段位をキープし続けた、ファンとアンチが最も多い、生きる伝説的プレイヤー。


(このゲームには、俺の全部をつぎ込んできた。ここにしか俺の居場所はないと言ってもいい。だから、ここで俺は頂点に立つ。頂点に立たなければいけないんだ。……俺は、今日、俺こそが最強であるという事実を、必ず証明してみせる)


 試合開始までのわずかな時間に、平熱マンが、己の心をコントロールすべく、精神を統一していると、


『師匠、あなたこそが、真の闘神』

『うふふ、お師匠様ならきっと勝てます』

『先生が最強! 間違いなし!』

『我が師に勝るものなど、存在せん』

『つーか、マジ、ししょー、すごすぎてパないんだけど』

『にぃにぃ、頑張ってね♪ モエモエ、超応援してるよ♪』

『……がんば……っ』

『まあ、師匠なら余裕でちゅよね』


 無駄に高スペックな反応プログラムを組まれた弟子八人が、それぞれ個性的に応援してくれる。

 所詮、彼・彼女たちはAIに過ぎない。単なるゲームシステムの一部。

 激励もまた、プログラムに沿った反応でしかない。


 ――しかし、妙なもので、力がわいてきた。

 この子たちのセリフは、ビットの計算結果に過ぎないが、その『戦闘能力』と『キャラクター』には、平熱マンの情熱、魂が込められている。


 思考や性格や戦闘スタイルだけではない。

 顔、身長、体型、服装、アクセサリ、バックボーン。

 細かく言えば、髪の色・艶・長さ、目・鼻・口・耳・眉の形や位置に至るまで、すべて、平熱マンが設定した。


「移動さえまともにできなかったデク人形が、今では、全員、七百段以上。おれ、頑張ったなぁ」


 虚無の弟子は、『完全な0』から育てなければいけない。

 すべての行動を、師匠が設定して(育てて)やらなければ動くことさえもできない。


 プレイヤーであればスティックを動かすだけで移動できるが、初期状態の弟子(ゼロのAI)は、移動すらまともにできない。


 そんなゴミみたいな弟子を、佐藤――平熱マンは、ハイランクのプレイヤーと戦わせても、それなりに闘えるレベルにまで鍛え上げた。

 それも、育成可能最大数である八人全員を。



『『『『『『『『『平熱マンこそ、最強にして究極の神!!!』』』』』』』』』



 声をそろえての激励。

 妙に感動する。

 育てるのが非常に面倒だったからこそ、深い愛着心がわいていた。

 手間のかかる子ほどかわいい。


 愛する弟子たちからの激励を受け、

 平熱マンは奥歯をギュっとかみしめる。



「よし……行くか」






 ★






 ――踏みこんだ足を、平熱マンに払われて、ジャイロキューブは、ドスンと横転した。

 完璧な無防備状態。


 圧倒的好機!!


 平熱マンは、逸る心を必死に抑えながらも、

 つい、ニヤァっと深い笑みを浮かべてしまう。


(取れる! 削りきれる!!)


 コンマ数秒以下!

 インパルスの限界!


 ――完璧以上の反射で、コマンドを入力し、横転したジャイロキューブの体を、ライトゥー(コンボ始動の浮かせる蹴り技)で空中へとすくいあげ、そのまま、最大ダメージを出さんと殺神覇龍拳へと繋ぐ。


 豪快な右のアッパー。


 ジャイロキューブはさらに体を浮かされる。

 凶悪なエフェクトと耳を食い破るような効果音。

 平熱マンの右拳がジャイロキューブをコンボ地獄へと誘う。


(いける! 勝てる、勝てる! この程度のコンボ、俺がミスるわけがない!!)


 続けて、腰の入った左フックが、もう一度、ジャイロキューブの体を宙へと持ち上げ、一回転から繰り出される気合いの入った左のハイキックがズガンと、彼の脳天にブチあたる。


 その後も、確定で繋がる技を紡ぎ――結果、華麗なる十二連撃。

 体力ゲージをごっそりと持っていく。

 勝利が見えた。

 勝ったと確信した。


 ――だが、しかし!


(ちぃぃっ!!)


 HPバーを削り切る直前、ギリギリのところ、最後の締め技の所で、


(最後の締めを覚醒抜けされた!! 撃鉄のタイミングを、あえてニ手もずらしたのに! くそ、くそ、くそ、まさか、読み切られるとは!)


 平熱マンは、『覚醒ディレイ』と呼ばれる超高等技術を使ったのだが、見事に狙いを外された。

 裏の裏の裏をついたつもりだったのだが、

 ジャイロキューブは、平熱マンの計算を、完璧に読みきっていた。


(流石だぜ、ジャイさん!! マジで、強い! もはや、笑っちまうぜ!)


 互いに見ている世界は限界の向こう側。

 遠い宇宙で戦っている二人。

 どちらも刹那の隙を見逃さない。


 虚空清浄の弛みも許されない、絶対の無際限にも達しうる、高次無矛盾の世界で、二人は、真なる『武の極み』を体現し続ける。


 純粋な読みで未来を明確に見通す。

 最高段位同士の闘いにふさわしい見事なまでの最終決戦。

 九百段そこそこの雑魚とは格が違う。一瞬でも気を抜けば体力を一気に削られる。



(楽しい。いいコンディションだ。緊張感のバランスが絶妙。自分でも驚くほど調子がいい。いける!)



 平熱マンほどの領域までたどり着けば、試合の途中で、先の展開が見えてくる。


 ジャイロキューブの、ストッと腰を落とした挙動――そのフレーム速度から、繰り出されるであろう下段を瞬時に推測。

 百人一首のスペシャリストをも凌駕した驚異の反応速度。

 目で見てから、確定で下段を予測する。

 そんな事をされたら勝負にならないと、上級者でさえサジを投げるほどの、ありえない技量。

 極限の果て。


 平熱マンの空間支配能力は、

 ついに、根源的反射をも超えていく。


(すげぇ。一フレーム先が読める。これはもはや錯覚じゃない。限りなく未来予知に近い情報処理。これがゾーンか! いける!! 俺はもっと高く飛べる! 俺という個が、ついに、自称ではなく、本当の、確かな最強神になれる!)


 頭の中を快楽物質が埋め尽くす。

 緊張が霧散していく。

 負ける気がしない。

 相手の動きが止まってみえる。


 こちらの足を払おうとしてきた『カットロー』を、完璧なタイミングでさばき、そのまま『サブマリンフック』で転がし、飛び膝蹴りの『正義滅殺』ですくいあげ、最後のコンボを叩き込む。


 残り体力ゲージ的に、もはや、勝利は確定。


 ――その一瞬、画面の向こうにいるジャイロキューブの絶望がリアルに想像できた。

 アケコンから手を放し、両手で頭を抱えているシーンが目に浮かぶ。

 全てを見通す神の視点。


(すげぇ。こんな絶好調は生まれて初めてだ)


 可能性の距離が測れる。運命の底に触れる。

 まるで、粒子と電子に祝福されているよう。

 魂が自由になったかの様に遥か高く飛べる。

 解放された己のすべてが、勝利を魅了する。

 神の選択。栄光のプレリュード。つまりは、



 『YOU WIN!!!!!』



『――第一回虚無世界大会、優勝者は、平熱マン!!! 真なる最強は、平熱マン!! この世で最も強い、闘いの神は、平熱マン!! ファンタスティック!! コングラッチュレェェェェェェェショォォォォオオオオン』


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― 新着の感想 ―
[一言] センエース真H章55話 ラピッドくんの台詞 「そうか。なるほど。だから、そんなに貧弱そうなんだね。納得。『初心者狩りが趣味のカス』は、いつまでたっても強くなれない」 亜門君の言葉、どうも平…
[一言] シューリ族発見、 覚醒ディレイって何ですか?
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