我が家のメイド
「ただいま…」
「ハリル!今まで何処に行ってたんだ。帰りが遅いから心配したぞ!」
「えっと、その…」
「初めまして、お父様お母様。私、奴隷のクリュウと申します。この度、ハリル様に仕えさせて頂くことになりました。これから、宜しくお願いします」
瞬間、まるで時が止まったかのように2人は凍りついた。
「あの、父さん、母さんこれには事情があって…」
「ハリル!一体どういう事だ!?」
「奴隷の子を買うお金なんてうちには無いのよ!?」
「違います、私はイルミナお嬢様にハリル様に仕えるよう命じられたのです」
「イルミナお嬢様って…、あのレイナース家の御息女!?この土地全体の当主様じゃないか!」
母親はあまりにショックだったのか、フラフラと座り込む。
「もし、彼女に何かあったら、首が飛ぶだけじゃ済まないぞ…」
父さんが心配するのも無理はない、しかしあの状況では断る方がむしろ悪い気がしたので、今更悩んでも仕方がない。
「父さんが言う事は分かるけど、ここで彼女を追い返したら、それこそ失礼なんじゃないかな」
「確かに…分かった」
「ありがとうございます。お父様、お母様。私、精一杯御奉仕させて頂きます」
良かった。何とかなりそうだ。それより心配なのは…
「ところで、姉さんは?」
「あぁ、帰ってきてから部屋に閉じこもってしまってね、何かあったのかい?」
「ううん、問題ないよ」
「そうか…最近は大人しくなったが、いつまた癇癪を起こすか分からないし、ハリル、お姉ちゃんの事をしっかり見てやっててくれ、悔しいけど私達じゃアリスをなだめてやる事は出来ない」
「うん、任せてよ!」
姉さんの部屋のドアをノックする。しかし、反応がない。
「姉さん?いるの?入るよ」
部屋の中は電気が付いてなく真っ暗、窓際に微かに人影が見えた。
「姉さん?」
反応がない、いつもの事なのだが。流石にさっきあんな事があったので心配になる。
近づいて見るとボーッと月を見上げたまま動かない。
真横まで近づくとようやくこちらに気付いたのか、目線だけ僕の方に向けた。
「良かった、何ともないみたいだね」
なんで、ハリルは平気な顔をしてるんだ?私はあなたもろとも殺そうとしたのに、そんな奴をまだ姉と呼ぶのか?分からない、私にはお前の事が分からない。
「それじゃあ、姉さん僕ももう寝るね?お休み」
姉からの反応は無かったが、少なくともあの時のような強い怒りは無かったので安心した。部屋を出る途中、クリュウと鉢合わせる。
「お姉様にもご挨拶を差し上げたいのですが」
「今はそっとしておこう、明日にでもまたチャンスはあると思うから」
「承知しました」
「それにしても、クリュウちゃんの寝床はどうしましょう。急だったから何も用意してなかったわ」
「私でしたら、床でも物置でも構いません」
「そ、そんな事は出来ないよ」
「僕がソファで寝るよ、彼女は僕のベットを使って。明日また考えよう」
「お待ちください、それでは立場が逆でございます。私はあくまで奴隷の身分です。それが主を差し置いて暖かなベットで寝るなど…」
「僕がそうしたいんだ。それなら文句はないだろう?」
「…かしこまりました」
クリュウはしぶしぶ了承したようだ。奴隷といっても彼女は僕と同い年の女の子だ。床や物置で寝かせるようなことは出来ない、それにしてもいつまでもソファで寝るわけにもいかないし、明日どうにかしよう。
しかし、翌朝その心配はなくなった。
「オーライ、オーライ」
朝からやけに外が騒がしい。
寝ぼけながら外に出ると、父さんと母さんがあっけに取られている。
見ると、大きな馬車に大量の荷物が運び出されているのだ。
「ハリルさんおはよう。昨日ぶりですわね」
「イルミナ、お、おはよう。これは一体…?」
「何って、クリュウの荷物ですわ。紅茶を淹れるセット、メイド服の着替え、家具、等々ですわ」
「こんなにかい!?」
「勿論です。私の大事な家族…メイドですのよ?これでもまだ少ないくらいですわ」
「おはようございます。お嬢様」
気が付くと真横にクリュウがメイド姿で立っている。
「あら、元気そうねクリュウ。どう?新しい住まいは」
「はい、お父様もお母様も大変よくしてくださいます」
「クリュウ荷物を運び込むのを手伝いなさい」
「はい、お姉様」
クリュウは、姉のアリュウに連れられて荷馬車に入っていった。
「ちょっと、ハリル!」
「ん?」
「その…貴方のお姉さんは…?」
「まだ…寝てると思うよ」
イルミナは、ホッとしたように胸をなでおろした。しかし、その瞬間、玄関がガチャりと開くと中からアリスが出てきた。
「わひっ!」
イルミナは意表を突かれたのか、変な叫び声をあげた。しかし、アリスはチラッとイルミナを見るだけでそのまま森の方へと歩いていった。
イルミナは…固まったまま動かない。
「あ…わた…ご…」
「イルミナ、しっかり!姉さんならもうどこかにいったよ」
「っは、ごめんなさい!」
「大丈夫、姉さんはもう気にしていないみたいだよ」
余程怖かったのだろう、まだ足の震えが止まらないようだ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「わ、私は何ともないわ。それより荷物を早く運び込みなさい」
大量の荷物が数時間かけて僕の部屋に運び込まれた。
机とベットくらいしか無かった僕の部屋は瞬く間に煌びやかな部屋へと様変わりしていた。
「うん、少しはマシになったわね」
「あの、お嬢様これは?」
クリュウの手に持っているのは僕が通っている学校の制服だ。
「ふふん、よく考えたらあなたももう学校へ行く年齢ですわ、少しは外の知識も身につけた方がいいと思ったのよ。勿論、学費は私が全て出します。貴方も、そしてアリュウも私のクラスメイトとして通学させますわ」
「それは、いい考えだね!僕も賛成だよ」
「お嬢様とハリル様が通う学校に…ありがとうございます。お嬢様、私などにこの様な事までして下さって…」
「そんな事を言わないでクリュウ、貴方は確かに奴隷という身分ですけど、私にとっては妹も同然ですわ勿論アリュウも」
「いい事ハリル!クリュウを泣かせたらタダじゃおかないから」
「う、うん約束するよ」
イルミナは満足したのか振り返るとアリュウを連れて馬車の方へと戻って行った。
「あ、あのレイナース家の御息女様、まだ何のおもてなしもしていないのですが」
「結構、用はもう済みましたので。それでは皆様、御機嫌よう」
まるで嵐のように去っていった。
―森の中―
アリスは、街からだいぶ離れた森の中を歩いていた。
この辺りはまだ来たことがない、街の魔族は魔物が出るから近寄らないとかなんとか、森の中は木々の囁きと鳥の鳴き声以外は聞こえてこない。アリスはこころなしか久しぶりに心を落ち着かせていた。そしていつの間にか眠ってしまっていた。
どれくらい寝ただろうか、ふと何者かの声に目を覚ました。