殺意
瞬間、アリスの視界が真っ赤に染まった。頭に血が上り、全身が焼かれるように熱い。
ビクゥッ!
「な、何!?」
急にイルミナの全身の毛が逆立ち、身体が震え出す。
先程まで無表情で覇気もなく、何をしても動じなかった目の前の少女が歯をむき出して目は血走り、まるで今まさにイルミナを喰い殺そうとせんばかりの恐ろしい形相で見下ろしているのだ。その顔は怒り、妬み、悲しみ、怨み、殺意全てを孕んでいるかの如く一瞬でイルミナの身体の自由を奪い、恐怖で体の震えが止まらなくなるほどだった。
そしてその時、始めてその者から発せられた言葉にイルミナを更なる恐怖が襲った。
「ニンゲンダッタラ、タメライナクコロストイウノカ」
生まれた時から喋らなかったせいか、言葉は話せるがなんともたどたどしい言葉しか出てこない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。嫌、嫌だ。
ジワ
イルミナはあまりの恐怖に失禁する。
「ひぃ、許して許して許して許して!殺さないで、お願い!殺さないで下さいぃ…うぅぅ」
許して?殺さないで?私がいくら願ってもお前たちは聞き入れてはくれなかった。
アリスはイルミナの胸ぐらを掴み返すと、遠くに投げ飛ばした。
イルミナの体はまるでボールのように数メートル飛ばされ転がる。
「かはっ」
アリスの魔法陣が展開し、魔力が収束し始める。
そんな、あれは私のブレイズ!?さっきのを見ただけで真似ているというの?ダメ、結界を貼る魔力はもう無い。
魔族が人間を簡単に殺すなら私もコイツに容赦する義理もない、お前のような奴が罪もない人間を、私の家族を殺すんだっ!お前の軽率な発言は私の逆鱗に触れた。魔族の圧倒的なまでの暴力それを同じ魔族相手に使ってやる!弱者の気持ちを感じながらシネばいい。
「あ、あぁぁ」
アリスの怒りと呼応するように、炎塊が2倍、3倍、4倍と膨れ上がっていく。それはまるでマグマのようにボコボコと脈打っているようだ。
その時、アリスの目の端に見覚えのある姿が横切った。それはイルミナとアリスの前にたちはだかる。
「ハリル!?何でここに?」
「姉さんもう辞めるんだ。勝敗はついたよ!」
「…」
ハリルが来たからなんだと言うのだ。もはやこの衝動を、やり場のない怒りを解き放たずには居られない。
ハリルの呼びかけにもまったく動揺は見せず。無情にも炎塊は打ち出された。
ゴゴゴゴゴ
周りの草木を焼き尽くしながら巨大な炎の塊がゆっくりとこちらに向かってくる。
「ハリル、逃げて!このままじゃ貴方まで死んでしまうわ!」
「僕は逃げないよ、このままじゃ姉さんは人殺しになってしまう。それに君も救いたい、誰も傷つけさせたくないんだ!」
ハリルの魔法陣が展開する。
僕のありったけをこの結界に注ぎ込む。それでも防ぎ切れるかどうかは五分五分、でもやるしかない!
結界と炎塊が衝突すると同時に凄まじい衝撃波が2人を襲う。
「ぐぅ」
炎塊自体は防ぎきれているものの、ハリルの身体がみるみる焦げ付いていく。
私のブレイズとは格が違う、このままじゃハリルの身体が先に燃え尽きてしまう。でも、今の私じゃ何も出来ない、どうしたら…そうだわ!
「イルミナ、何を!?」
「くあぁ!わ、私がダメージを引き受ける。だからあなたは結界に集中して!」
熱い、身体が溶けてしまうくらい熱い。
「はぁぁぁああ!」
バシュゥ
結界が消滅するのと同時に、炎塊も跡形もなく消え去った。
「耐えきった…のか」
ハリルは思わず膝を着く。しかし、まだ恐怖は終わってはいなかった。
1歩、また1歩とアリスがこちらに向かってくる。そして2人の目の前で立ち止った。
「も、もう許して!お願いよ!」
「姉さん、もうこれ以上ダメだよ」
「…」
アリスはまるで興味を無くしたかのようにくるりと向きを変えると反対方向へと歩き出す。
「た、助かったの?私、生きてる。生きてるわ!」
「君が居なかったら僕も途中で力尽きてたかもしれない、ありがとう」
「例を言うのは私の方です。あのままでは確実に死んでたわ…あなたのお姉さん一体何者なのよ?私、あんなに強烈な殺気を感じたことは今までありません」
「ごめん、姉さんを恨まないで。普段はあんな事をする人じゃないんだ」
「分かってますわ、悪いのは私の方。最初に彼女を刺激したのは私ですもの…」
「火傷、大丈夫?」
「貴方こそ、ボロボロじゃありませんか。私の家においでなさい、回復魔法専門の家臣がおりますの」
「そうさせてもらおうかな」
イルミナは、立ち上がろうとしたところでまた尻もちをつく。
「大丈夫?」
「まだ足が震えて上手く立てませんわ」
「おぶろうか?」
「だ、大丈夫です!1人で歩けますので」