恩
「どうしたの、目元赤いわよ」
「え、いやなんでもないよ」
「そう、それよりもうクタクタよ早く寝ましょう」
「そうだね」
「…ベット2つしかないわね」
「私達は床で結構です」
「ダメよ、もうこれからベットで寝れるか分からないのよ?疲れも取れないし、そうねアリュウとクリュウは私と、貴方はお姉さんと一緒に寝なさい」
「じゃ、お休みなさい」
イルミナはロウソクの火を消すとそのまま眠ってしまった。
アリスの方を見ると既に寝息をたてながら寝ている。
ハリルはアリスが寝ているベットに潜り込むとロウソクの火を消した。
そういえば、こうやって一緒に寝るのは初めてかな、母さんも父さんも姉さんが僕に怪我をさせるかもって近づかせてくれなかったから。
「お休み、姉さん」
ハリルは姉の寝顔を確認すると深い眠りに落ちていった。
翌朝、激しい雨の音で目が覚めた。窓の外は叩きつけるような豪雨、やはり泊めてもらって正解だった。
「おはようございます、ハリル様」
「おはよう、クリュウ」
「今、朝食のご用意をしております。しばらくお待ちください」
「それは?」
「チーズを暖炉の火で溶かしてパンにつけて食べようかと」
「美味しそうだね」
「はい、間もなくできますので、お嬢様とお姉さまを起こしていただけると助かります」
先ずはイルミナの様子を見に行く。
「イルミナ、もう朝だよ起きて」
「うーんむにゃむにゃ、もうちょっと…」
揺すってみるが、なかなか起きる気配がない。次に姉の方へと行ってみる。
「姉さん、朝だよ」
「ん…」
眠そうにゆっくりと体を起こすと目が合った。
「おはよう」
「…おは…よう」
「姉さん、服を着て。それから頭ボサボサだよ」
アリスの頭は寝癖でクルクルと跳ね上がっている。
「どうでも…いい」
「私がクシでとかしましょう」
「アリュウお願いするね」
もう一度イルミナの様子を見てみる。相変わらずぐっすりと眠ったままだ。
「イルミナ」
ゆさゆさゆさ
「うーん…」
ダメだ起きそうにない。
「ハリル様」
クリュウが何やら手招きしている。
「とっておきの言葉をお教えします」
「とっておき?」
ごにょごにょ
「イルミナ、お父さんが見てるよ」
「何ですって!お父様が?」
今まで何をしても起きなかったイルミナが突然ガバッと起き上がる。
「何よ居ないじゃない…騙したわね!」
「うわぁ!」
ハリルは慌てて後ろを向く。
「どうしたのよ」
「イルミナ、服、服!」
「服?あ…」
イルミナはようやく自分のあられもない姿に気づいた。
そういえば、昨日全部濡れちゃったから下着1枚で寝たんだったわ。直ぐに暖炉に向かうと干してあった服に手をかける。うん、乾いてる。
「凄く滑らかで綺麗ですね」
アリスの髪をとかしているアリュウがそう呟いた。そういえば、クリュウも同じ事言ってたような。自分の髪を見てみると光に反射して白髪がキラキラと光っているように見える。人間の時は黒髪だったので違和感があるが、確かに綺麗ではある。
「朝食の用意が整いました」
4人ともいい匂いにつられてクリュウの元へ駆け寄る。
鍋の中に溶けたチーズがいい香りを放っている。イルミナはパンにそれを付けると口の中へ頬張った。
「うーん最高!」
「美味しい!」
「…うまい」
「ありがとうございます。もう少し材料があれば色々とご用意出来たのですが…」
「ホントにアリュウとクリュウを連れてきて正解だったわ!」
「僕も料理は出来ないし、確かに助かるよ」
「メイドとして、当然のスキルで御座います」
「それにしても、凄い雨だね」
外は大荒れで、昨日からの雨がまだ降り続いている。
「今日、出ていく予定だったけど怪しくなってきたわね…」
「そうだね、でもあんまり長居は無理そうだし」
「ハリルあなた魔力はどんな感じ?」
「まだ少ししか戻ってないみたい」
「私もよ、人間側は魔力の吸収が悪いのかしら」
コンコンコン
「はい、どうぞ」
「おはよう、お姉ちゃんたち。あのねヨランダ先生がお話があるって」
約束では今日には直ぐに出ていくという予定だ。おそらくその事だろうと察した。しかし外は大荒れ、これでは昨日の二の舞である。なんとか雨が止むまで居させてはくれないだろうか…。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
よく見るとヨランダと呼ばれる女性の後ろに、昨日はいなかった何人かの子供の姿が見える。
「昨日の約束を覚えていますね?」
「はい…」
やはりその話だったか。
「では、今すぐ出ていってもらいましょう…っと言いたい所ですが、私はそこまで鬼畜ではありません。雨が止むまではいてもらって構いません」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
「全く、なんでこんな事になったのか…」
ヨランダはそう言うと奥の方へと姿を消した。
「取り敢えず良かったわ」
「うん、そうだね」
「ねーねー」
「ん?」
いつの間にか周りに子供達が集まって不思議そうにこちらを見ている。
「おねーちゃん達なんで尻尾が生えてるの?」
う、いきなり答えにくい質問をされてしまった。
「それはね、お姉ちゃん達がこわーい魔族だからだぞ〜」
「キャー」
「待てー、食べちゃうぞ〜」
イルミナは子供の扱い方がうまいな。いつの間にか姉さんも子供を肩に乗せて遊んでいるし。アリュウとクリュウも子供に囲まれてなんだか嬉しそうだ。
僕にもできる事を探そう、魔族の僕達を泊めてくれているんだ。ヨランダさんに何か手伝えることがないか伺ってみよう。
ハリルはヨランダが入っていったドアをノックした。
コンコンコン
「はい」
「あの、ハリルと言います。入ってもいいでしょうか?」
「…どうぞ」
「失礼します」
「何か、用ですか?」
「えっと、僕に手伝えることがないかと思いまして」
「特に有りませんし、する必要も有りません」
「そ、そうですか…」
「っと言いたいのですが、実はここには老婆と子供達しかいないため、力仕事はなかなか難しくてですね、外の小屋の薪割りをして頂けると助かります」
「っはい!任せてください!」
ハリルはお辞儀をすると部屋を出て裏口から物置小屋へと向かった。
「えっとこれかな?」
手斧と太めの木が乱雑に置かれてある場所を見つけると早速初める。
「よっ」
パカン
上手くいかない。
「私も手伝う」
声がしたと思ったらいつの間にか姉さんが小屋の中に立っていた。
「うん、お願い。どうも上手くいかないんだよね」
パカン
「腕だけで降ってるから…貸して」
アリスは手斧を受け取ると片手で軽く降っただけで木が見事に真っ二つに割れた。
「遠心力を使って…腰も使って振り下ろすの…」
「こ、こうかな?」
パカン
「うん、そんな感じ」
姉の助言もあり薪割りは順調に終わった。
「僕、薪なんて割ったこと無かったから助かったよ」
「前に…やってたから」
姉さんの言う前とはおそらく人間の頃という意味だろう。
「それじゃ、薪を運ぼっか」
「うん」
ハリル達が戻ると何やらいい匂いが部屋の中に漂っていた。
「アリュウ何してるの?」
「はい、僭越ながら私達なりにお礼の気持ちを込めて、料理をご馳走しようかと」
「それは、いい考えだね!」
「ヨランダ様から材料と器具の使用を許可して頂きました。それに来る途中食べられそうなキノコなども採取しておいたので」
子供達もアリュウとクリュウが作る料理に興味津々だ。イルミナはというと…。
「こら、待てこの悪ガキ共!」
「キャー」
なんだか凄く楽しそうだ。
「はぁ、全く私の尻尾を何だと思ってるのかしら。ヨダレまみれだわ!」
「子供達に大人気だね」
「ふふん、私にかかれば人間の子供の1人や2人手懐けるのなんて簡単なことよ」
「ありがとうお姉ちゃん達、皆こんなに楽しそうなの久しぶり!」
マーヤが駆け寄ってきて笑いながら話しかけてくる。
「それは良かった。そういえば、君のお兄さんは?」
「お兄ちゃんは…あそこにいるよ」
見ると部屋の隅に膝を抱えて座っている。
「こんにちは、僕はハリル。君の名前は?」
「…」
ムスッとしたまま反応がない。
「ちょっとあなた、人が話しかけてるのにその態度は無いのではなくて?」
「うるさい!魔族め!」
「ちょっと、お兄ちゃん!この人たちは私達を助けてくれたのよ?」
「だからなんだ!マーヤはなんでこんな奴らと仲良くなれるんだ。こいつらは父さんや母さんの仇なんだぞ!」
「この人たちはがやった訳じゃないわ」
「魔族は誰も一緒だよ!」
そう言うと部屋に閉じこもってしまった。
「ごめんなさい、お兄ちゃんは本当は凄く優しい人なのよ?本当よ?」
「うん、分かってる」