本当に殺したかったもの
「あ、姉さんが起きたよ」
どうやら、長い間寝てしまっていたらしい。
「終わりました」
「凄いよ!」
終わった?そういえば、髪を切られているんだったか。ハリルに鏡を手渡されると顔が映し出される。
伸びきっていて口元しか見えなかった前髪は綺麗に整えられ、ボサボサで腰まであった髪の毛は肩の辺まで量を減らしていた。
しかし、相変わらず目つきの悪い瞳と角が気に食わず直ぐに目を背ける。
「凄い、まるで雑誌とかにのってる人みたいだよ!」
「はい、元々綺麗な顔立ちでしたので、キチンと髪を整えるだけでここまで仕上がるとは、私も正直驚いています。ですが、角の先が欠けてしまっているのが残念です。何処かにぶつけられたのでしょうか?」
それは小さい時に生えてきたのを嫌って自分で折ったものだ。その後、放置してたらどんどん大きくなってもう折ることが出来なくなって諦めたが。
翌日、学校に行くと周りからの視線がやけに向けられてくる。
「あの美人さん誰?」
「可愛い」
などと言った声が周りから聞こえてくる。私が自分の席に座るやいなや。
「えっ、アリスさんだったの!?」
「すごーい!どうしたの!?」
などと興味津々に話しかけてくるのだ。やっぱり髪なんて切るべきではなかった。私は机に顔を埋めると目を瞑った。
私は一体何をしているんだ?こんな所で呑気に学園生活なんて送って。復讐する?何もしてないじゃないか、いっそここで暴れるか?チラッと顔をあげて周りを見渡す。私がその気になればこの教室は一瞬で火の海になるだろう。しかし、何か違う気がする。仮にここで生徒を皆殺しにしても私の復讐心は満たされないだろう。やはり、あの男だ。奴を見つけなければ。
アリスは急に立ち上がると教室を出ていった。
あれ?あれは姉さんだよね、もうすぐ授業が始まるのになんで外に出ていったんだ?
アリスは校門を出ると海の見える場所まで歩いていった。
あの男は、何処にいるのだろうか。少なくともここには居ない、もうここにいる意味も無いのかもしれない。体もある程度大きくなった。魔法もここで学ぶものはもう無い、明日にでも街を出よう。
そう決心したアリスはふと気になって崖から下を覗き込んだ。遥か下の方は岩に水が叩き付けられて激しい水しぶきをあげている。
「こっちだ…」
不意に声が聞こえた気がした。辺りを見回してみるが人がいる気配はない。もう一度崖の下を見ると何やらモゾモゾと動いているのが見えた。
「手だ…」
無数の手がまるでアリスを呼ぶかのように手招きしているのだ。死んだもの達が私を呼んでいる。人間の時には見えなかったものが、この姿になってからハッキリとこの目に映し出される。
「こっちだ…」
再びそう呼ばれた時、今まで抑えられていた自殺衝動が急に胸の底から湧き上がってきた。
そうだ、私は死ぬべきなんだ。今なら死ねるかもしれない、流石にこの高さからならいくら頑丈でも無事では済まないだろう。
アリスは、1本また1歩と歩き出す。
姉さんあんな所でなにやってるんだろう。心配になったハリルはアリスの後をつけていた。崖の上で立ち尽くす姉に不安を覚えたハリルが声をかけようとした次の瞬間、姉の姿が消えた。
ハリルは慌てて崖から下を見ると遥か下の方に見覚えのある姿が浮かんでいた。
「嘘だ…嘘だ!!」
ハリルは直ぐに崖を降りてなんとか姉を家まで連れて帰った。
「父さん、姉さんが…」
「そんな…何があったんだ!?」
その夜、医者が来たがもう手遅れだとさじを投げた。
「クリュウ頼む!姉さんを助けてくれ!僕の魔力を全て使っても構わない!だから姉さんを助けてくれ!」
「それでは、ハリル様も最悪死んでしまいます」
「いいんだ、僕は昔姉さんに助けられた。あの時姉さんが助けてくれなかったら僕はこの歳まで生きていなかった。だから、ここでそれを返すんだ!」
「…」
ハリルの声が聞こえる。何か叫んでいるようだがよく聞こえない、体はピクリとも動かず、首から下の感覚がまるで無い。ようやくこれで死ねるのか?死ぬのはこれで2回目だな…。怖くはない、むしろ少し嬉しい気すらある。
「姉さんを助けてくれ!」
やめろ、私を助けるな。もういいんだ、もう疲れた。奴に復讐出来なかったのは心残りだが、このまま家族の元へ行けるならそれで構わない。
「分かりました。貴方の魔力使わせて頂きます」
クリュウは、ハリルの手を握るとアリスに魔力を注ぎ込む。
「どうだ?」
するとクリュウは首を横に振った。
「何で!?もっと!もっと僕の魔力を!」
「ダメです。見てください、注ぎ込んだ魔力がどんどん抜けていきます。お姉様はもう生きることを諦めてしまっているのかもしれません」
「そんな…姉さん!諦めちゃダメだよ!」
「私達は見ていることしか出来ないのか…」
「嫌だ…死なないでよ!姉さん!」
これでいいんだ、私は最初から死にたかったんだから。
「嫌だよ…姉さんを殺さないで」
…あれ?私は…本当は誰を殺したかったんだ?私自身を殺したかったのか?違う気がする……そうだ、私は私を殺したかったんじゃない、アリスという魔族を殺したかったんだ。だけど、私が本当に憎いのはアイツだ。別にアリスが憎いわけじゃない。この身体が悪いわけじゃなかったんだ。
「!」
「クリュウ?」
「魔力がお姉様の中に戻っていきます。これなら何とかなるかもしれません」
「ほ、本当かい!?」
「ハリル!」
急に家のドアが開いたと思うとイルミナが慌てて入ってきた。
「どうしたの?イルミナ」
「どうしたもこうしたも、アリスが大怪我をしたって言うからとんだきたのよ。アリュウ!」
「かしこまりました」
「姉さんのためにわざわざ駆けつけてくれたのかい?」
「そうよ、貴方には借りもあるし…それにまだ私はアリスに謝っていないわ。勝手に死なれたら困るもの」
「イルミナ…ありがとう」
「礼はアリスが助かってからにしなさい、私も魔力を分けてあげるわ」