記憶
「姉さん、入るよ」
「実はね、昨日森の方で怪しい魔力反応があったって、村の守りの人が言ってたから。ほら、姉さん昨日森の方へ行ったでしょ?何か知らないかなって」
知らない知らない、私は何も知らないよ。
フルフル
「そっか、ところでさ今日は紹介したい人がいるんだけど」
ハリルの後ろから見知らぬ少女が顔を出す。
「初めまして、お姉様。私、クリュウと申します。これから角のお手入れからシッポのケアまで、なんでもお申し付けください」
「…」
誰がお姉様だ。何だこいつ、またよく分からないのが増えたな。
「あ、ちょっと待って姉さん。姉さんに用があるんだ。その髪、そろそろ切った方がいいと思って」
髪?そういえば放置していたらどんどん伸びて確かに鬱陶しくはある。
「それならば、私にお任せ下さい」
「クリュウ髪切ったことあるの?」
「はい、お嬢様の髪のお手入れは私とアリュウがやっておりましたから。それに昨日届いた荷物の中にお手入れ用のハサミもあったかと」
「それなら、任せても大丈夫そうだね!さぁ、姉さんここに座って」
言われるがまま椅子に座る。クリュウはボサボサの髪を櫛で丁寧にとかしていく。
「非常に綺麗な髪質ですお姉様、毛先まで魔力がいきとどいている証拠です」
物珍しそうにハリルが顔を覗かせる。
「髪にも魔力を通わせるものなの?」
「勿論、24時間魔力を髪の1本1本に通わせ続けるのは難しいでしょう。しかし、見てください」
クリュウは切った髪を拾うと光に照らしてみせる。
「お姉様の髪は切られてなお、魔力が外に逃げません。まるで一本一本生きているようです。お嬢様も日頃から努力をされていましたが、これ程美しいものは初めて見ました」
「へー、女の子ってそんなところまで努力してるんだね」
勿論、アリスにそんな気は毛頭ない。常日頃から無意識のうちに体全体に魔力を通わせ続けている結果だ。
なんだか眠くなってきた。アリスは次第に瞼が落ちていく。
コックリコックリ
「あ、姉さん寝ちゃうよ?」
「問題ありません、お疲れなのでしょう。終わるまで起こさないでおきましょう」
いつも夜になると悪い夢ばかり見る。何度も何度も同じ夢ばかり。あの時の光景が何度も繰り返し映し出される。だけど、それはそれでいいと思った。私の中のこの怒りを忘れない為に必要なことだと思ったから。私が1番怖かったのは、この怒りが次第に薄れてしまっていく事だった。しかし、いつ以来だろう、こんなに心地よく眠気が来るのは。
「むかしむかし…」
これは、誰の声だったっけ。随分昔に聞いたことがある気がする。
「むかしむかし、ある所にとても可愛い少女がいました。少女は村の皆から愛されており、少女の家族も彼女の事が大好きでした。少女は10歳の誕生日に父親から貰った花の髪飾りを大事に大事に常に肌身離さず持っていました。そんな彼女の事を皆「花ちゃん」そんな相性で呼んでいました。そんなある時、平和な村に怪物が現れました。少女の父親も剣を取ると、怪物と戦いました。その甲斐あってか、怪物は森の中へと逃げていきました。村の人達はとても安心しました。しかし、少女の父親はある事に気づきます。家に帰ると何処にも少女の姿がなかったのです。父親は、必死に少女を探しましたが何処にも居ませんでした」
「それから、1年が過ぎましたが彼女は帰ってきませんでした。村の人達も少女の帰りを待っていましたが少女が帰ってくることはありませんでした。ただ、少女が居なくなってからしばらくして、森の中から呻き声が聞こえる様になったのです。村の人達は、また怪物が来るのではないか?そう噂していたある日、あの怪物が再び現れたのです」
「きっとこの怪物が少女を喰らったのだろう。そう誰もが思い、再び剣を取ったのです。少女の父親が怪物を剣で斬りつける。しかし、どうだろう怪物は暴れるどころかその大きな体を縮めて、小さく蹲ったままなのです。右手を切り落としても、りょうの目を潰しても、悲鳴1つあげずにただただ蹲ったまま。唯一気になったのは何かを守るように左手に何かを持っているという事だった」
「少女の父親は剣を突き立てると、その左手ごと怪物の心臓を貫きました。すると初めて悲鳴をあげてそのまま地面に倒れると動かなくなりました。父親も村の皆も大変喜びました。怪物を殺した。少女の仇をとったのだ、と。しかし、少女の父親はある事に気づきます。その怪物の左手から何かが転がり落ちました。それはなんと、少女が肌身離さず持っていた花の髪飾りだったのです。それは、剣に切りつけられ半分に壊れていましたが、それが少女のものだと言うことはすぐに分かりました」
「父親は、その時初めてこの怪物の事をしっかりと見つめました。よく見るとその怪物は所々少女の面影があったのです。父親は、この怪物はもしかしたら自分の娘だったのではないのだろうか。それに今更気付きましたが、もはやそれを確かめることは出来ません。怪物が現れた時、村の人も、父親さえももはやそんな考えはなく、怪物を殺すことその事しか頭に無かった自分をとても悔やみました」
「少女は、怪物が村に来た時。気がついたら小さな洞窟に居ました。少女は、直ぐに体の違和感に気づきます。鋭い爪、鋭い目、その姿はあの怪物の姿そのものだったのです。少女は何が何だか分からず混乱してしまいましたが、数日経つとそれが真実なんだと受け入れました。少女は、父親や母親に会いたい、その思いは日が経つにつれて強くなっていきます。しかし、この姿のまま村に帰ればきっと殺されてしまうそう思い、毎晩毎晩、会いたい気持ちを抑えて夜な夜な手元に残されていた父親から貰った花飾り、それだけを握りしめて泣いていました。それから1年が過ぎ、少女はついに耐えられなくなり村に向かってしまいます」
「しかし、案の定村の人達、父親さえも少女に剣を向けてくるのです。少女は必死に伝えようとしますが、皆もはや聞く耳をもちません、右手を切り落とされ、りょうの目を潰されても少女は髪飾りだけは必死に守りました。私はもう死んでもいいだけど、私が私であるということは気づいて欲しい、そんな思いを抱えたまま、遂に父親の剣がその思い事少女を貫いた時、初めて少女は悲鳴を上げました。少女を愛してくれた人達によって少女は殺されてしまいました。父親の目には怪物の姿しか写ってなく、本当に大切なものを見失っていました。本当に悪かったのは怪物だったなのでしょうか?おしまい…」
あぁ、そうだ昔、母さんがよく読んでくれた本だ。なんで今頃思い出すんだろう。もう一度会いたい、もう一度…。




