不穏な影
声が聞こえる。まだかなり遠くだけど人の声だ。それもかなりの数。私は獣道を探し出すとその先をじっと見つめた。ここだ、丁度この先数キロ先に沢山の人がこっちに向かって来ている。何でこんな人気のない場所に大勢の人が?
アリスは、大気中の魔力を操作して相手の正確な人数と位置を掴もうとした。
「おい、本当にこの先に魔族共が居るんだろうな?」
「はい、信用ある者からの情報なので間違いないかと」
胸に銅のバッチを付けた大男がのっしのっしと歩いている。
「油断するなよバラガス、相手は魔族だ。どんな魔法を使うかわからん」
そう警戒を促すのは隊列の先頭にいるリーダーらしき男。
「ガッハッハッ俺はC等級の冒険者だぜ?心配いらん」
「その慢心が心配だと言うのだ」
「はいはい、分かりましたよミハエル隊長殿」
「ったくよぉ、小さな街の魔族相手にこんなに大人数いるのかよ?おまけにお高いB等級の魔法使いまで雇って」
「それは、わしの事か?」
「おっと聞こえちまったか、悪ぃ悪ぃ」
「失礼しましたカーマイン殿、バラガスには後で言っておきますので」
「ふん、魔族はわしら人間より魔法の扱いに長けておる。筋肉しか脳のない奴では直ぐにその術中にはまって終わりじゃ」
「んだよ、魔法なんてもんは使われる前に懐に入ればおしまいだろうが」
「これだから脳みそまで筋肉でできたやつは嫌いなんじゃ!」
「なんだとクソジジイ!」
「やめろバラガス、魔法使いは貴重な職業なんだぞ、それにB級ともなるとなかなか見つけるのも難しい、せっかくカーマイン殿が協力して下さると言うのに、そのような言葉遣いは慎め」
その時だった。カーマインと名乗る魔法使いが立ち止まったかと思うと急に顔が強ばり始める。
「どうなさいましたカーマイン殿?」
「こ、これは一体!?」
「なんだよ、ビビっちまったのか?」
「馬鹿者!魔力の流れがおかしい、お主らには分からんのか?」
「んー?別に感じねーけど」
「一体どうなされたのです?」
「この魔力の流れはワシらの位置や人数を詮索しているものじゃ、つまりワシらの存在に何者かが気付いた」
「なんと!?まさか魔族が?」
「それだけなら、良かった。しかし、問題はその魔力がワシらの周りの空気や草木から向けられたということ…」
「は?どういう事だ?」
「普通は魔力での詮索をする時、自分の中の魔力を相手に飛ばして測るもの。しかしどうだ、今しがた受けた詮索は、何も無いところから急にワシらに向けられたのだぞ!?」
「つまり、かなりの手練という事ですか?」
「そうなるの、しかし己を介せず使う。そんな魔法は見たことがない」
「む」
「今度はどうされましたか」
「この先におる。こちらをじっと見ている。僅かじゃが魔力の流れが見える。これからワシもあちらに詮索をかけるため魔力を飛ばす。何かあれば直ぐに戦闘態勢に移れ」
「分かりました」
「っは!やっと戦いか!」
数は37、この魔力反応は今まで感じたことがない。魔族でも動物でもない、おそらく人間だ。
アリスは少し嬉しくなった。魔族に生まれ変わって数年が過ぎてやっと人間に会えるのだ。ワクワクしてしまうのも無理はない。
他の人間は大した事ないが、1人だけ魔力量が多い人間がいるな。
ん?そいつからこっちに魔力が伸びてくる。ズズっと伸びてきた魔力帯にのまれる。今まで感じたことの無い感覚の魔力にアリスは思わず口を開けた。
あーん、パクっモグモグ。なんか、甘ったるい魔力。
「ひぃっ!?」
「如何された?」
「ば、ばばばば化け物じゃ!直ぐに撤退を!」
「おいおいそりゃねーぜ爺さん、こちとらまだ魔族を1匹まで狩っちゃいねーんだぜ?」
「馬鹿者!この先にいるのは化け物じゃ!直ぐに全滅してしまうぞ!」
「お持ちください、一体どうなされたと言うのです」
「あ、あヤツめ、ワシが伸ばした魔力帯をく、くく喰いおった」
「魔力を喰った?」
「魔力を喰らう化け物がこの先にいるという事じゃ!ワシは帰るぞ!金より命の方が大事だからな!」
「おっと、まだ返すわけにゃいかねぇ」
「な、何をする!」
「その化け物とやらを仕留めれば大手柄じゃねえのか?」
「お主ら本当に死ぬぞ!」
「化け物と言っても、相手は1人なのでしょう?こちらは30名以上おります。先ずは相対してから撤退かどうか判断しても遅くはないのではしょうか」
「流石隊長殿だ、さぁ行くぞてめえら!」
嫌がる魔法使いを無理やり連れながら進軍した。
こっちに真っ直ぐ向かってくる。もしかしてこの人間達、魔族を狩りに来たのかな?人気のない森の中を、大勢で武装した人間が来るなんて他にないよね。
アリスは小さく微笑んだ。これは、私の手を汚さずともこの人間達を招きいれれば魔族を殺してくれるのではないか?