生まれ変わっても絶望
感想などあれば何でもお願いします。
「お姉ちゃん待ってよー」
「こっこまでおいで〜」
今年で10歳になる私と、3つ年下の弟はその日元気よく庭を走り回っていた。
「カンナ、アルト2人とも、もう暗くなるから早く家の中に入りなさい」
「えー、まだ遊びたいよぉ」
「いいでしょ、ママ?」
「だーめ、夜になるとこわーい魔族がやってきて、さらわれちゃうんだから」
「そんなの嘘だー」
その時、私はまだそれが真実だとは知る由もなかった。私と弟は同じ部屋のそれぞれの布団に横になると目を瞑った。弟は昼間はしゃぎ過ぎたのだろうすぐに寝息が聞こえてきた。私も普段ならば直ぐに眠りにつくはずだったのだが、その夜はなんだか眠れなかった。
窓の外はすっかり日も落ちて、昼間は賑やかなこの街もいまは静まり返り、虫の僅かな囁きしか聞こえてこない。
その虫の鳴き声を掻き消すようにふと、音が聞こえた気がした。遠くからなにか爆発するような音。私はベットから出ると窓の外を見回した。
村の北側の方が暗闇を赤く照らしている。私は胸騒ぎがした。
「夜になると魔族がやって来るのよ」
母親が言った言葉が頭をよぎる。私は部屋から飛び出ると、勢いよく玄関を開けた。外に出ると遠くの方から悲鳴と爆発音が鳴り響いている。
「カンナ!」
ふと後ろから声がした。
「カンナ、直ぐに出る準備をするんだ!アルトも連れてきてくれ!」
父親の血相を変えた表情に子供ながら私もただ事ではない事を直ぐに察した。部屋に戻るとアルトを揺さぶり起こす。
「アルト起きて!アルト!」
「んー?お姉ちゃん?まだ眠いよぉ」
まだ眠そうにしているアルトを無理やりベットから引きずり出すと、直ぐに荷物を纏めた。しかし、その時だった。
ッドーーーン!!
物凄い衝撃波で窓ガラスが砕け散ると同時に、2人とも壁に叩きつけられる。
「痛いよ、お姉ちゃん」
見ると弟は額から血を流している。私も体を強く打ったのか、全身が痛い。
「早く、下でお父さんたちが待ってる」
半泣きの弟の手を引いて階段を駆け下りた。
「2人とも無事か!?」
「うん、でもアルトは頭から血が出てる」
「よかった、2人とも」
母親は優しく2人を抱きしめる。
「アルト、よく泣かなかったな偉いぞ!」
「うん、僕大きくなったらお父さんみたいな立派な剣士になるんだ、この位じゃ泣かないもん」
「そうか、流石俺の息子だ。カンナもアルトを連れてきてくれてありがとう。さぁ早く出よう」
しかしその時だった。玄関のドアが乱暴に開けられたと思うと外から異様な者が入り込んでくる。
角と尻尾をはやし、瞳は蛇のように鋭く。まさに化け物と呼ぶにふさわしい姿に2人とも思わず声を上げた。
「人間は残らず殺す」
それだけ言うと化け物は前に出た。父親は咄嗟に壁にかけてあった剣を引き抜くと化け物と私たちの前に立ちはだかった。
「2人とも、俺が時間を稼ぐ、その間にお母さんと裏口から逃げるんだ」
「お父さんは?」
「…2人を頼む」
母親はこくりと頷くと、嫌がる私たちを抱えて裏口から飛び出した。お母さんの肩越しに化け物と対峙する最後の父親の後ろ姿が、家が見えなくなった後でもくっきりと目に焼き付いて離れない。
辺り一面火の海で今朝までの穏やかな街並みはもうそこには無かった。さっきのあの化け物、あれが魔族なんだとカンナは確信した。
村の外までもう少しという所で母親の足が止まった。振り返ると先程の魔族が父親が持っていた剣を持って目の前に立っているのだ。その剣先は赤く染められている。母親は抱えていた2人を降ろすと父親と同じく、私たちの間に立ちはだかった。
「2人とも逃げて!」
「ふん、くだらぬ」
魔族は手に持った父親の剣を勢いよく振り下ろすと辺りは鮮血に染まった。
「アルト…逃げて、早く!」
「でも…おかぁさんがぁ」
泣きじゃくる弟の手を無理やり取ると母親の亡骸を背に走り出した。走ったもう何が何だか分からないが無我夢中で走り続けた。
「アルト、貴方は向こうに私はこっちに逃げるから」
「やだぁ、お姉ちゃんと一緒がいぃ」
「アルト…」
私はアルトをギュッと抱きしめる。
「お願い、お姉ちゃんの言うことを聞いて、お願いアルト貴方はお父さんみたいに強い子何でしょ?」
ぐすぐすと泣いていたアルトはそれを聞いて目を擦ると黙って頷いた。
「よし、行って!振り向かないで、走って!」
アルトの後ろ姿が見えなくなったところで後ろに気配を感じた。
「ひっ」
悲鳴をあげる間もなく、小さい首元を捕まれ呼吸が出来なくなる。
「かっはっくっ…」
薄れゆく意識の中、魔族と目が合った。こいつが、こいつが家族皆を殺した!許せない!許せない!
「…もう1人も直ぐに見つけて殺してやる」
次の瞬間、身体の中を異物が貫通した感覚がし、体の感覚が無くなっていった。私の体はまるで糸が切れた操り人形のように力なく地面に投げ捨てられ視界は段々暗くなっていく。
なんで?私たちはただ楽しく家族と暮らしていただけなのに、お父さんもお母さんも弟もいい人だったのに、なんで…許せない、許せない、許せない!許せ……………ない…。お父さん、お母さん、アル…ト
「…でとう……す」
なんだ?辺りから声が聞こえる。私は死んだはずなのに。
「あり………す。……よ」
なんだろう、何を言っているのかよく聞こえない。身体も上手く動かせないし、視界もぼやけていて上手くピントが合わない。
「あら……んきね」
怖い、怖い。先程の光景が目に焼き付いて離れない。助けて!助けて!
「ア……アァ!」
やっとの思いで絞り出した声はまるで赤子のような声だった。
それからどれくらいたっただろうか、ようやく目のピントがあってきた頃、ようやく自分が今どういう状況なのか把握した。
見知らぬ天井見知らぬベットの上に仰向けに寝かされている。ここは何処だろうか、なぜ私はこんな所で寝ているのかさっぱり分からない。しかし、一つだけわかるあの時の光景、焼かれる街、切り裂かれる母親、そして殺された私、あれは絶対夢なんかじゃない。
部屋の向こう側から声が聞こえてきた。
「あの子、そろそろ起きる時間よ」
「あぁ、ちょっと様子を見てくる」
ガチャりと部屋のドアが開き、そこから入ってきた者に私は思わず目を見開いた。忘れもしない、角に尻尾をはやし何よりのその冷たい瞳。その姿を見た瞬間、体の底から強い怒りと恐怖が込み上げてきた。
「アァ!アーアァ!」
「おー、よしよしお腹がすいたか?」
離せ!離せ!こんな奴らの声を聞くのも、触れられるのも全てが許せない!
「ぱぱですよー、怖くないですよー」
ぱぱ?こんな化け物が私のぱぱなはずが無い、私の父親はただ1人だけだ!
「ちょっとあなた、アリスが怖がってるじゃない」
「えぇ、別に何もしちゃいないさ」
「ほら、あなたはお昼の準備をして」
そう言うと今度は母親を名乗る人物に手渡される。その時、信じられないものが鏡の前に映し出された。角と尻尾を生やした化け物に抱えられる。同じく角と尻尾が生えた小さな化け物、それは紛れもなく私自身だったのだ。
その瞬間、急に吐き気をもようした。
「大変!あなた、アリスが!」
暫くすると、医者らしき人物が部屋に入ってきた。
「ふむ、心配ありません。強いストレスによるものだと思います。病気という程のものではありませんね」
「よかった、でも強いストレスって…」
「赤子にこれ程までのストレスが発症される例は聞いたことがありませんねぇ、取り敢えず暫くは様子を見ましょう」
「どうしちゃったの?アリス?」
その名で私を呼ぶな!私はカンナだ。母親ズラのこいつも、父親を語るあいつも許せない!私から全てを奪った癖に!
ふいに、辺りの家具がまるで私の怒りと呼応するようにガタガタと揺れだした。
「いかん!」
医者らしき人物が何かを唱えると途端に眠気に襲われた。
悔しい…悔しい…よ…。