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9.元·王女は祝日を満喫する






「リンはうっかり屋さんだから、自分の名前を勘違いしちゃったのね。大丈夫よ、よくあることだもの」

「…………」



大丈夫なわけがない。というか、自分の名前を間違えるのがよくあることなわけがない。そんなことがあったら一大事だ。

リンは不敬ながらも、この人、頭大丈夫かな……と思った。



「だから、処罰も何もないわ。ほら、立って」

「は、はい」



ほっそりとした白い手が差し伸べられ、リンの手を握る。

頑張ってリンを起こそうとしてくれているのは伝わるのだが、王女殿下の手はあんまりにもふにゃふにゃくにゃくにゃしていていて力が弱すぎだったたため、リンはほとんど自力で立ち上がった。



リンの涙でドロドロの顔を、王女殿下は近くのテーブルに置かれていた白いタオルで拭う。

実はそれ、リンが乾拭きように持ってきた布巾だったのだが、新品だったためリンは甘んじて拭われることにした。というか、拒否権なんてなかったし。



「はい、これでいいわ」

「ありがとうございます…」

「いえいえ。それじゃあ、今度こそ本当に退散するわ。掃除、お願いね」

「はい!」



ただガクガクと首を振る機械になったリンに、王女殿下はチラッと笑いかける。そして、そっと人差し指を唇の前に持ってきた。



「それと、リン。さっきあったことは、私とリンの間だけでの内緒話よ。誰にも言ってはダメ。いい?」



コクコクコク。

ただただ首を振り続けるリンにパチリと王女殿下はウィンクをして部屋から去っていった。



そうして、部屋にはリンだけが残された。

リンは未だにドキドキと緊張で速くなった心臓を抱えて立ち尽くし、しばらく今あったことについて考え込んだ。

物凄く自分が失敗してしまったことは分かっていたのだが、何をどう挽回すればいいのかは何もアイディアが思いつかない。



暫く考えてから、リンは諦めて掃除をすることにした。

元からあまり悩めるような性格じゃなかったし、何より王女殿下が掃除をお願いねと言ったから。






それから、リンの女中代理の期限が切れる日までは何の問題も起きなかった。



リンの代理の仕事は無事に終わり、それと同時に特別収入で10000リルが支払われた。いつもの日給は400リル。それが2週間で5600リルだから、今回は4400リルも余分に儲けたことになる。11日分多い。

リンはホクホク顔でお金を数えた。

折角お金があるのだからリンは何か素敵な買い物をしようと思っていたのだが、生憎そんな余裕なく三日節に突入した。



12月30日、三日節一日目は本当に嵐のように過ぎていった。

平民が大量に王宮を訪れて王族と交流しパーティーをするという趣旨の日のため、リンとメレーヌ、そしてシビルーーリンがいなかった二週間の間、メレーヌのペアをつとめた下働きさんーーは朝から怒涛のように積み上がり続けるコップやお皿を延々と洗い続けた。

とても美味しそうな料理が出来上がって全て運ばれていくのを横目で見て、とても楽しそうなどんちゃん騒ぎが続くのを聞いている中、ご飯を食べる余裕も休憩する時間も会話をする暇もなく、終わりも見えない皿洗いを続けるのは正直かなりキツかった。

まあでも、三人は何とか耐えきった。



12月31日、三日節二日目は台風のように過ぎていった。

貴族が王宮を訪れて晩餐会と舞踏会をするという趣旨の日のため、リンとメレーヌは午前中ずっと何人もの下働きと共に舞踏会ホールをひたすら掃除することに費やした。

そして午後は、豪華な馬車が何台も王宮に入ってくるのを眺めながら皿洗いを深夜になるまで続けた。

この2日間でリンとメレーヌの手のコンディションは最悪を極めた。



しかし、そんなことはどうでもいい!



ついに、リンが待ち望んでいた1月1日がやってきた。新しい年の明けだった。



「おはよう!」

「おはよう!あけまして…おめでとう?」

「おめでとう!」



朝起きてリンが一番最初に見たのは、少し照れたように笑うメレーヌの顔だった。

最初はあれだけ骨と皮だけだったメレーヌは、相変わらずほっそりとしているものの健康な形で肉がついてぐんと可愛らしくなっていた。くりくりの茶色い目にくるくるの茶色い巻き毛に白い肌、チャームポイントのそばかす。笑うと出来るえくぼはとっても可愛い。小さくて華奢な年齢も、半年後には十六歳とちょうどこれから結婚する年齢に差し掛かることから、メレーヌは男性使用人の中で目をつけられ始めていた。



そんな、うちらのアイドル!に可愛らしく笑われてリンはにまにまと笑い返した。



ちなみにリンは、全然手入れをしないからずっとパサパサのままの黒い短髪になんだかのっぺりした顔付き、栄養が縦にいってにょきにょき伸びた身長と、あんまり可愛くない。残念ながら(?)、あまり男性使用人には人気がなかった。

だけど、勿論リンはそんなことを気にしたりしない。リンはメレーヌと一緒にいられれば幸せだった。



だから今日もあ〜、可愛い!可愛い!撫でたい!ナデナデしたい!というなんだか変態的な欲求を噛み殺し、リンは変に思われないギリギリの線でメレーヌをぎゅっと抱きしめた。



「それじゃあ、一緒に朝ご飯食べに行こうよ!最近あんまりお話できてないから、たくさん話そう!」

「うん!でもリン、もう結構11時半だからもうお昼だよ?」

「あ、ホントだ!」



今までの寝不足を帳消しにするごとく、今日はかなり寝坊してしまったようだ。

でもまあ構わないだろう。寝れる時にはたくさん寝ておくべきだ。

そして、食べれる時には食べるべきだ!



そういうわけで、リンとメレーヌの腹ペコ二人組は連れ立って食堂へと出掛けた。



「わあ!」

「すごい!」



食堂についた二人は、思わず歓声をあげた。



食堂は、1月1日基準で特別に飾り付けられていた。いつものトレー形式ではなく、好きなだけとれるバイキング形式になっていた。高級で普通ならば絶対に食べることが出来ないような白パンとジャムが用意されている。他にも、冷たいカボチャのスープやサラダ、何種類もの果物、燻製のベーコン、ハムなどずらっと特別な食べ物が並んでいた。



二人は夢見心地で食べ物を取り、話をするのも忘れて黙々と食べ続けた。



孤児院にも年越しがなかったわけではないが、生きることに必死で気にしていなかったし食事は増えたりしたわけでもないので気付いたら2月になっていた!もう1月1日過ぎてるじゃん!という年の方が多かった。

だから、二人にとってこんな特別感を感じることができるのは久しぶりだった。

リンにとっては初めてかもしれない。彼女が幼い頃は、毎日が記念日のようなものだったのだから。



まあともかく、二人は美味しくたらふく昼食を食べた。



お腹がいっぱいになって、あれだけ眠ったのにまた眠くなった頃。



「そういえば、デラニーさんに挨拶してないね」

「そうだね。デラニーさんに挨拶しなくちゃ。たくさんお世話になったから」

「家族のところに戻ったのかな?」

「さあ?まあ、取り敢えず部屋まで行ってみようよ」



そういうわけで、二人はデラニーさんの部屋まで向かうことにした。



夜のパーティとプレゼント目当てで残る人が多いとはいうけれど、それでも普段よりは遥かに使用人の数が少ない。いつもは通れないほど人でごった返している廊下も、すっと通り抜けることが出来た。



トントン、と軽くデラニーさんの部屋をノックすると、少しの間を置いてデラニーさんが顔を出した。こんなに良い日で、しかも新年なのに相変わらず怖い顔をしている。



「あけましておめでとうございます!」

「あけましておめでとうございます!」

「……ああ……そうか。そうね、おめでとう」

「はい、ありがとうございます!」

「これからも頑張るので、よろしくお願いします!」

「ああ、そう。それじゃあ、」



もう戻りなさい、デラニーさんはそう言おうと思ったのだが。



「………」



キラキラしている二人の目を見て、ちょっとそうは言えなくなってしまった。だってなんか、わざわざ挨拶に来てくれたのに追い返すって悪い人みたいじゃない?



「……入りなさい」



そういうわけで、デラニーさんは渋々ながらもリンとメレーヌを自室を招き入れることにした。






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