4.元・王女は同室の子を紹介される
次の日、リンは異様に騒がしい中で目を覚ました。
何だか、誰かが怒鳴っているような気がする。
まったく、なんということだ。リンは夢うつつで眉をしかめた。
これでは、院長が“朝からうるさい!”と言って怒ってしまう。もしかしたら、朝ご飯を抜きにされるかもしれない。
それは最悪な展開だ!
「もう、みんな静かにして!そんなにうるさくしてちゃ、院長が起きちゃうじゃん!」
「私は院長ではありませんし、院長だろうが何だろうが、もう起きる時間です!」
一瞬、孤児院にいると錯覚したリンだったが、すぐに違うことに気づいてベットから飛び上がった。自分がどこにいるのか、状況を把握したリンは、冷水を浴びせられたようなショックを受ける。
眠気は一気に覚めていた。
リンのベッドの前で仁王立ちしているのは、相変わらず怖い顔のデラニーさんだった。
そして、その横ではデラニーさんの半分くらいしかない非常に細い女の子がおどおどと肩を竦ませて立っていた。背丈もデラニーさんのおよそ半分くらいしかない。まだ12歳くらいのように見え、リンよりも背丈が大分小さくて痩せているようだった。
「申し訳ありません!寝ぼけていました!」
「旅で疲れていたのでしょう、今回は構いません。しかし、明日からはこの一時間前には起きるようにしなさい」
「はい!」
それに慌ててリンは部屋に備え付けられていた時計に目を走らせる。現在の時計の針は、6時を指していた。
(これの一時間前というと5時か。私、一人で五時に起きれたことなんてないんだけど。まあ、なんとかなるか。ダメなら目覚まし時計を買えばいいんだし。私の給料で!そう、給料で!ふふふ、いくらもらえるのかなあ。だめだ、まだ仕事もしてないのに、ニヤニヤが止まらないっ!)
リンは元から早く起きることが出来なかったが、根がのんきなのでそんなに心配していなかった。
というか、もう既にやってもいない仕事の給料で何を買うかを考えていた。
「本当はリンには今日から仕事をさせるつもりだったけど、予定を変更します。こちら、新人のメレーヌよ。あなたの同室であり、仕事の同期よ。最初は仕事が慣れないだろうから、二人一組で仕事をしてもらうことになるわ。喧嘩しないで、仲良く過ごしなさい」
「はい!私の名前はメレーヌです!至らない点はたくさんあると思いますが、どうかよろしくお願いします!」
とても緊張したように、メレーヌは叫んだ。
リンは口を閉じてメレーヌをじろじろと見る。
メレーヌは、濃い茶髪の巻き毛と茶色の目を持っていた。色はとても白い。
もの凄くやせ細っている女の子で、来ている服もリンに輪をかけてボロボロだ。まあまあ可愛いらしい顔立ちをしているように思えるけれど、あまりにも痩せていて、可愛いか可愛くないかなんてよく分からない。リンとは違って女の子らしいせいか、同じくらい痩せていても彼女は見ていて痛々しくなるほどだった。
貧民街から来たのか、もしくはリンよりもひどい孤児院から来たのかのどちらかだ。
(あの子たちも、ちゃんとご飯を食べて生きていけるといいんだけど。仕事も、院長がちゃんと良い所を紹介してくれればいいんだけど。大丈夫かなあ)
リンは孤児院の仲間の姿とメレーヌを一瞬重ね合わせ、胸が締め付けられるようだった。
「リン、何をしているの。突っ立ってないで、はやく自己紹介しなさい」
「あ、すみません!私の名前はリンです!苗字はありません!同室になります!これからよろしくお願いします!」
「はい!」
リンとメレーヌはお互いに90度を超えるほど深く頭を下げあった。
それを見たデラニーは、同じ下働き同士がそんなに深く頭を下げあう必要はない、と言おうか迷った。ちょっと不自然な光景だったからだ。
しかし、デラニーは取り合えずそれには触れないことにした。
「リン。昨日私が教えたことを、メレーヌに教えてあげなさい。部屋のことや、食堂や入浴施設のことよ。王宮で王族や貴族に会ったときの対処法もね。それから、午後になったら私のところに来なさい。王宮内で、あなたたちが入ってよいところとダメなところを教えます」
「はい!」
「はい!」
「それと、あなたたちの詳しい仕事内容も教えます。説明することはたくさんあるから、全てを一回で覚えられるように、しっかり朝食と昼食を食べて頭を働かせるようにしなさい」
「はい!」
「はい!」
「私からは以上です。なにか質問があるなら、今のうちにしておきなさい」
「ありません!」
「ありません!」
「…私がいつもどこで仕事をするのか分かりますか?」
「分かりません!」
「分かりません!」
「‥‥」
なんだか、同室にするメンバーを間違えたような気がする。この二人をペアにして、良かったのだろうか‥。
デラニーは言葉に出来ないほどの不安に襲われたが、取り合えずは自分の仕事場である厨房の位置を伝えるだけに留めることにした。これ以上この二人に関わると、自分の頭が痛くなるだけのような気がしたから。