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2.元・王女は、王宮で就職面接を受ける






王宮は、リンの想像を絶するほどに絢爛豪華な場所だった。

外から見た王宮は端から端を見つけることができないほど大きく、外の壁でさえも隅から隅まで磨き上げられていてキラキラと光っている。

城門を入り、王宮までの道のりにある庭園も非常に美しかった。

この王国を治めている現王家ファイハ一族の家紋である、狼を模した植木が道にずらっと並べられ、本物の金で作られた噴水からは透明な水が吹き上げられている。水は太陽の光に反射され、小さな虹をいくつもつくりだしていた。

薔薇、百合、蘭、全ての花が集められたような花園は、リンのいる場所まで良い香りを運んでくる。

まさに、夢のような場所だった。



(私の国の宮殿は、どんな感じだったっけ‥)



リンは少し郷愁にかられて子供時代に想いを馳せる。リンも幼い頃は宮殿で暮らしていた。でも、もうその頃の記憶は、その後の強烈で痛い記憶に押され、ぼんやりとしか残っていない。だから、元いた国の王宮は、この場所とはかなり違った様子だということしか思い出せなかった。



リンは危険物を持ち込んでいないか身体検査をされた後、ようやく王宮内へと入ることが出来た。



「あ…」



王宮に入った瞬間から、リンは恐れのようなものを感じ始めた。

天井にはとても美しく、迫力のある絵が描かれてあった。シャンデリアは、ダイアモンドで作られているように輝いている。

廊下に置かれてある調度品も高そうなものばかりで、リンは間違っても落としたりしないように息を詰めなければいけなかった。

幼い頃までリンにとって豪華に暮らすことは当たり前のことだった。でも、その価値観はもうほとんど失われてしまっていたことに、リンは唐突に気づいてしまった。



(どうしよう…。私が王宮で働くなんて無謀すぎた…。ここの調度品なんか見ているだけで盗まれないかドキドキして涙が出そう…。無理だ…。)



リンは挫けかけた。本気で帰ろうかと思案し始めたが、その時燕尾服を着た男の人に声をかけられ、退路を断たれてしまった。



「メイドの募集に来た方ですね?」

「は、はい!そうです!」

「では、こちらへ」

「はい!」

 


リンは燕尾服を着た執事のような人に言われ、指示された部屋に向かった。そこには若い女性が沢山いた。煌びやかなドレスをまとった女性も多いが、庶民の服装をした人も、それよりもみずほらしい服装をした人もたくさんいた。何人かは、リンと同じくらいのみすぼらしい服を着ていた。

リンは少し自信を取り戻した。



見ていれば、ここは面接のための待機室のようだった。一人ずつ、違う部屋へと通されていく。

 何時間か待たされて、もう部屋に残っているのもリンを含めて三人になった時、ようやくリンの番になった。



「では、あのドアを開けて隣の部屋に行って下さい」

「はい」



リンは、指示された部屋へと向かった。

 隣の部屋には、一人の五十代くらいのふっくらした優しそうな顔の女性と二十代くらいの怖い顔の女性がいた。リンはそのコントラストに少しびっくりしながらも、指示されて面接用に用意された席に腰かけた。



「こんにちは」

「こんにちは」

「まずは、名前と出身地を教えてもらえるかしら?」

「私の名前はリナです。サマグティアナ地方から来ました」

「遠いところからよく来てくれたわ。大変だったわね」

「はい。でも、運よく乗り合い馬車を使うことができたので」

「それは良かったわ!」



緊張をほぐすことが目的なのか、優しそうな女性がにこにことリンに話しかけてくれる。リンは少しほっとしたが、隣に座っている怖い顔の女性が口を開いたのを見てすぐに気を引き締め直した。



「それで、どうして家名を言わないの?もしかして家名がないの?」

「はい。私は捨て子で、孤児院で育ちました。なので、家名はありません」

「そう。捨て子。でも、そもそも、アナタはこの国の人間じゃないわね?顔も肌の色も違うわ。南から情報を探りに来たの?」



(来た!)



リンは来るだろうと思っていた質問に、ゴクッと唾を飲み込んだ。

リンは南桂国出身の人間である。

そのため、少しだけここ、フォンテイン王国に住む人々とは外見が違う。

貿易が盛んで色々な人々が旅や商売をする今の時代では、リンの容姿は孤児院でも村でも特に目立つものではなかった。でも、王宮だと話は違う。違う国の人間が情報を得るために入り込んでいることがあるから、リンの容姿は警戒されてしまうのだ。



(私は確かに王女でした。しかし、スパイではありません!というか、国を追い出されたので!)



と、心の中ではそう叫びながらも、リンはすぐに用意していた答えを口にする。



「違います。私は今までに一歩も南に足を踏み入れたことはありません。ですが、私の父は貿易商人だったそうです。そして、ここで私の母と出会いました」

「そう」

「そして私が生まれました。でも、私の父は母と結婚する気はなかったようです。母は、私を一人で育てることがつらかったのか、私を残してどこかへ行ってしまいました」

「それはいつのとき?」

「私が六歳の時です。まだ一人で自立は出来ないので、孤児院に入ることになりました」

「そう」



王宮で嘘をつくことにリンは非常に緊張して、若干気持ち悪くなっていた。二十代くらいの女性は相変わらず厳しい顔のままだったけれど、五十代くらいの女性の方は同情的な顔をしていた。

どうやら騙せたようだと、リンはホッと息をはいた。



「それで、今は何歳なの?」

「十五になります」

「成人したのね。ならもう孤児院を出なければいけないのかしら?」

「はい」



優しそうな女性は、ふくふくした指を顎にかけて考え込む。



「まだ住む場所も決まってないの?」

「はい」

「それは死活問題ねえ。…まあともかく、私はまず王宮でどのような仕事をするのかについての説明をするわね」

「はい」

「今回私達が募集しているのは、メイドとは言っているけれど簡単に言ってしまえば下働きよ。下働きは一日中洗い物や掃除をするだけで、出世するのも他の仕事と比べたらかなり大変よ。体力的にも精神的にも、厳しい仕事になるわ」

「はい」

「それに、何だか最近そういうロマンス小説が流行っているみたいだけれど、王宮に入ったからといって王族や高貴な身分の者に見染められる機会はないのよ。よっほどの美人ではない限り玉の輿なんて狙えないわ」

「はい」

「それでも、王宮で働きたいかしら?」

「はい!」



リンは即答した。

何だか自分があまり美人ではないと言われている気がしたけれど、それは事実だからなんとも思わない。リンは、元王女にも関わらず物凄く平々凡々な顔立ちをしていた。パサパサに痛んだ短くて不揃いの黒髪に、細い黒い目、なんだかのっぺりした顔立ち。栄養不足で、細いどころかがりがりの体つき。

孤児院の中でも、時々馬鹿にされてきた。

でも、そんなことはどうでもいい。リンにとって大切なことは、衣食住つきの仕事を手に入れること。それだけだった。



「なら、採用よ!」

「やった!ありがとうございます!」

「精々失敗しないように」



 リンは採用されたことに歓喜した。なんだか嫌味な怖い顔の女性の言葉も耳には入ったが、まったく気にならなかった。



(やった!これで衣食住が確保される!)



リンは少し前に感じていた不安を忘れ、すこぶる機嫌がよくなった。



「はい、採用通知を渡しておくわ。多くは困るけれど、自分が王宮で生きるのに必要なものを準備して持ってきてちょうだい。一週間以内にここに戻ってきてね」

「はい!よろしくお願いします!」



 たぶん一週間以内どころか、明日には戻ってくるだろう。リンはそう思いながらも、ニコニコと笑って面接官二人に頭を下げてお礼をいった。






リンは意気揚々と孤児院に戻り、王宮で働くことになったと院長に報告した。

リンが王宮で働くとわかった孤児院の院長は驚愕し、ポカンと口を開けすぎてうっかり顎を外すはめになった。リンはそれを見て不覚にも大笑いしてしまい、最小限の荷物だけでその日のうちに孤児院を追い出される羽目になってしまった。

リンは終わりがこうなったことにすこし落ち込んだが、孤児院の仲間が窓から励ましてくれたから笑顔でお別れを告げることができた。



 リンは一日野宿した後、王宮へと向かった。







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