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【書籍化】おぼえてなくて、ごめんなさい 記憶を失くした聖女が恋したのは、かつての宿敵でした(旧題:覚えてなくて、ごめんなさい〜囚われ聖女の第二の人生〜)  作者: 緑名紺
第五章 聖女と戦場の試練

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63 姫の事情

 


 レンフィは侍女のアンズが用意した木箱に座り、プルメリスと向かい合う。彼女は新しい椅子にゆったりと腰掛け、女王のようにレンフィを見下ろしていた。


 プルメリスの人となりを知り、信頼できると判断できるまでは、絶対にリオルの不利になるようなことは喋らない。できるだけ情報を引き出しつつ、隙を見せないようにする。それでいて機嫌を損ねないよう、無礼にならないように言動に気をつけなければ。

 リオルが全快するまではここから動けないのだ。


 残り僅かな体力と精神をすり減らしながら、レンフィは必死に脳を稼働させた。


「そんな悲壮な覚悟を決めた顔をしなくても……はぁ、なんだか小動物を虐めてる気分だよ」


 いつになくやる気に満ちたレンフィではあるが、その表情で考えていることがプルメリスに筒抜けであった。


 プルメリスは思案する。

 本当にあの白虹の聖女なのだろうか。噂で聞いていた印象と随分違う。大体、死んだはずではなかったのか。敵対していた将軍を庇うのも意味不明だ。一体何が起こればこんなことになるのか見当もつかない。


 そこまで考えて、疑うのを止めた。彼女たちが本物か偽物か、どのような事情を抱えているのかはあまり重要ではない。

 今、目の前にいる彼女の反応を見て、人柄を見極めるしかない。絶望の淵で身動きが取れなくなっていたプルメリスにとって、降って湧いた使えそうな駒だ。絶対に味方に引き込みたい。最悪、命以外なら譲歩してもいい。


 レンフィからは、まるで飼い主を守る忠犬のような健気さを感じる。それでいて、プルメリスに敵意を向けているわけではない。こちらから危害を加えなければ牙をむくことはないだろう。

 しかし、犬を相手に駆け引きをしてもあまり意味がない。取引を持ち掛けるならば、飼い主であろうリオルとした方がいい。最終的な決定権を握っているのは彼の方だと思われる。


 ただ、時間が惜しい。今できる話はしてしまいたい。

 何より、少しでもレンフィの同情を得られれば、リオルの説得にも役立つかもしれない。その打算から、プルメリスは一つ目の譲歩をした。


「……分かった。きみたちの事情については、彼が目覚めてからでいいよ。先にわたしのことを話そう。男に聞かせるのは気まずい内容だし、後できみから伝えてくれる?」


 そうしてプルメリスはこの国と自らについて語り始めた。






 リッシュア王国は大陸南部に位置する国だ。

 平野部が多いが、国土の半分は乾燥した大地が広がっており、一部は砂漠と化している。水源が乏しく農耕地は限られている。

 決して恵まれた土地ではないからか、気性が荒い者が多く、昔から略奪が絶えなかった。


 国を治めているのは黒脈のリッシュアゼル王家である。

 限られた資源を奪い合う中、少数民族を下して傘下に加えながら、徐々に国を拡大していった。

 数十年前に浄化と称して貴重な水源をマイス白亜教国に奪われて以来、二国は戦争を繰り返していた。


 歴代の国王は何よりも武を尊び、時には王自らが先頭に立って戦場を駆けることもある。

 黒脈の力で品種改良を重ねたリッシュアの馬は、大陸でも随一の速さと頑丈さを誇り、暑さにも強い。

 国王自慢の騎馬隊は教国の聖人に対抗できるほど屈強である。


「わたしは現国王ゼルコバの三番目の子ども。ご覧の通り、黒脈の姫だよ」


 美しい黒髪を弄びながら、プルメリスは言った。


「さっきも話したけど、国境近くのこの塔で囚われの姫をやってる。魔力を封じられたわけじゃないし、逃げようと思えば逃げられるんだけど、心理的にできないようになっている。わたしは、今回の戦争の兵士の士気を高める餌だから」

「餌……ですか」


 レンフィが首を傾げると、プルメリスは暗い笑みを浮かべた。


「お父様から全軍に布告があったの。この戦争で最も活躍した男をわたしの夫にする、と。例えば、教国の将を討ち取るとか、分かりやすい戦果を挙げた者がいれば、そのままこの部屋で夫婦の契りを交わすことになっている」


 これはリッシュア王国に古くからある慣習で、ここはそのために建てられた塔。

 そう言ってプルメリスは肩をすくめた。


「自分で言うのもなんだけど、わたし自身が英雄へのご褒美になるってこと。黒脈の姫を抱ける可能性を夢見て、下劣な男どもが勝手に盛り上がってるよ。わたしが逃げれば、兵がやる気を失くして戦争に負けるかもしれない。だから大人しく留まってるわけ」


 ようするにわたしは愛国心を試されているんだ、とプルメリスは力なく笑った。

 レンフィの心の中にもやもやとした不快感が広がる。


「ああ、勘違いしないでね。頻繁に行われる慣習じゃない。この塔に送られるのは罪深い女だけ。わたしも、お父様の怒りを買ったからここに連れてこられた。これは贖罪の儀式でもあるんだよ」


 贖罪。

 身に覚えのある言葉に、レンフィは小さく震えた。

 一体プルメリスがどんな罪を犯したというのか。

 

 どこか恥ずかしそうに、プルメリスは己の罪を告白した。


「恋人と駆け落ちをしようとしたんだ。わたしたちの結婚をお父様が認めるはずがなかった。相手は長年小競り合いをしていた少数民族の男で、身分も財もない。それどころかお父様の弟……叔父様を殺した王家の敵だったから」

「…………」

「自分でもどうかしていると思うよ。でも愛してしまったんだから仕方がない。彼も私を求めてくれたから、浮かれちゃったんだよね。それで何もかも捨てて二人で生きようとしたんだけど、上手くいかなくて……二人とも捕まっちゃった」


 恋人は処刑されそうになったが、プルメリスは必死に父に懇願した。


 全て自分が望んだこと、自分が彼を篭絡して言うことを聞かせた。彼を処刑するのなら、一生かけて王国を呪う。

 そして、彼を殺さないでいてくれるのなら、一生かけてこの王国に尽くす、と。


 国王はプルメリスを大層可愛がっていたため裏切りに激怒したが、全く耳を傾けぬほど見限りはしなかった。

 だから機会を与えることにした。


 恋人を殺さぬ代わりに、戦争に挑む男たちの餌となるように命じた。『この国に尽くす』という言葉を証明させるために。

 そして男の方にも戦争に参加する資格を与えた。


『この王国では強い者が正義。真に我が娘を愛し、身の程を弁えず取り戻したいと願うのならば、誰よりも強いことを示してみよ』


 プルメリスは愛国心を、恋人の男は愛と武を試されている。


 もしも恋人が誰もが認める一番の戦功を挙げれば、晴れて二人は結ばれることができる。ただし、一番でなければプルメリスは他の男のものになってしまう。


 また、プルメリスが自分の身可愛さに逃亡すれば、国に尽くすという言葉は偽りとみなされる。捕まれば身分を剥奪され、やはり国王の命じた男に嫁がされるだろう。恋人も処刑されるに違いない。


「分の悪い賭けだよ。彼には味方がいない。戦場で思い通り動くことすらできないだろうね」


 孤立無援の中、自分の背を守りながら敵将を討つ。それがどれだけ困難なことか、戦場を忘れたレンフィにも想像できた。


「あの、お二人で逃げることはできないんですか?」

「……できてもしない。わたしは逃げない。わたしのせいで戦争に負けたらどうするの? ここからそう遠くない土地に大きな麦畑があるんだ。それを教国に奪われれば、大勢の民が飢えて苦しむことになる。それだけはダメ」


 毅然とした表情でプルメリスは言う。


「それに、自分の言葉には責任を持たないとね。お父様は、弟を殺し、娘を攫おうとした男を生かしてくれたんだ。これ以上裏切ることはできない。駆け落ちのチャンスはたった一度だけ。それに失敗したんだから、もう彼のことは諦めるしかないよ」


 その声は苦しげに震えていて、レンフィは胸を締め付けられる想いだった。


「……そんな、じゃあ……私たちに何を望んでいるんですか」


 プルメリスは「わたしを助けて」と言った。しかし、戦争の要の一つになった以上、もう逃げ出すつもりはないという。


「わたしの願いは……もう一度彼に会いたい。そして、きちんとお別れをしたいんだ。わたしのことさえ諦めれば、彼は生きていけるんだから。勝つ目のない勝負に命を賭けさせるわけにはいかない」


 自分はどうなってもいい。だけど、彼の命だけは助かってほしい。危険な戦いに参加しないように説得したい。

 それがプルメリスの願いだった。


「何度か使者や手紙を送ってるんだけど、全然お願いを聞いてくれないんだもん。もう直接説得するしかないでしょ?」


 その悲しい結末を想像して、レンフィは目を伏せた。

 自分を犠牲にしてでも恋人を守りたいという想いには共感できる。自分がプルメリスと同じ立場であったなら、きっと同じ選択をするだろう。

 しかし、素直に応援する気にはなれなかった。


「少しの間でいい。わたしを塔から連れ出して、彼に会わせてほしい。協力してくれないかな? そうしたら、きみたちのことは黙っていてあげるし、わたしにできる範囲できみたちの力になると約束する」


 真摯な表情で懇願されたが、レンフィは答えを口にすることができなかった。




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