57 町デート
城を出て小一時間ほどで目的の町に到着した。
下馬の後、レンフィはそっと自分のお尻をさすった。明日痛くなっているかもしれない、と感じながらも、徒歩だったら絶対にもう歩けなくなっていただろう。カロッテに念入りに感謝を伝えた。
「悪い。こいつ、預かっててくれるか? あと、なんか食わせてやってくれ」
「はっ」
リオルは慣れた様子で町の入り口の厩舎にカロッテを預けた。係の兵士がにやにやしつつ、リオルとレンフィを交互に眺める。
「お疲れ様です。リオル様が女連れとは……こんな可愛い子、どこで見つけたんです?」
「勝手に見るな。つーか、俺たちのこと喋るなよ?」
「え、こんな面白い、ではなく、めでたい話を?」
「もしこの町で噂が広まったら、その時はお前を……」
リオルが笑顔で凄むと、兵士は「誰にも喋りません!」と敬礼をした。城の人間以外にはまだレンフィの存在は浸透していないらしい。
しかし念のため、フードで顔を隠すことにした。
城下町ほどではないが、人通りはあった。そろそろ雪が積もることも減り、行商が再開され始めているようだ。
リオルと二人、昼食がてら屋台で食べ歩きをした。
外でカトラリーを使わずに食事をするのは新鮮で、どれもこれも美味しく感じる。
鳥の串焼きもリリト芋のパイも熱々で、体の芯から温まった。
味付けの違うスープそれぞれ買って、二人で分け合ったりもした。リオルはまったく気にしていないようだが、レンフィは同じものに口をつけるのが少し恥ずかしかった。
「お前、意外と辛い物も平気なんだな」
「そうみたい。ピリピリして美味しい。でも、甘い物も好き」
「じゃあ……ほら、はちみつ林檎飴」
「わぁ……! ありがとう!」
琥珀色の飴でコーティングされた、ひとかけらの林檎。その艶やかな輝きに、レンフィの目も輝いた。
「あ、すごく美味しい……!」
一口かじれば、じゃりじゃりとした飴が果汁で溶け、はちみつの甘さと林檎の酸っぱさが口いっぱいに広がる。この世にこんな美味しいものがあるのかと感動した。この三か月で食べたものの中で最も好きな味で、飲み込むのが勿体ないほどだった。
「めちゃくちゃ幸せそうだな」
「だって幸せだから……」
気づけば、リオルがものすごく満足げな表情をしていた。はしゃいでいたのを見守られていたのだと分かり、顔に熱が集まる。
「ご、ごめんね。また全部ごちそうしてもらっちゃって……」
「ん? そんなこと気にすんなよ。こう見えて、自分だけじゃ使い切れねぇくらい稼いでるんだよ、俺は」
それはそうだろう、とレンフィは思ったが、一方的に甘えてばかりでは申し訳ない。レンフィもリオルに何かをしたかった。
「……ありがとう。でも、今度お返しするね。春からは医務室のお手伝いのお給料がもらえるようになるから」
「いいって。その金は自分のために使えよ」
「でも」
「じゃあ、次のデートも可愛い服で来てくれ。俺はそっちの方が嬉しい」
次のデート、という言葉に感激して、レンフィはそれ以上何も言えなくなった。叫んで飛び跳ねたい衝動を抑えるのが大変だった。
またバニラに相談したいことが増えた。男性が、リオルがどのような服装を喜んでくれるのか、一緒に考えてもらいたい。機会があったらマグノリアにも意見を聞こう。きっと自分ではどれだけ悩んでも選びきれない。
「よし、そろそろ行くか?」
「うん。次は『人気のない内緒の場所』に連れて行ってくれるんだよね?」
リオルが気まずそうに目を逸らした。
「その言い方だと、俺がめちゃくちゃ悪い男みたいだな」
「……そうなの?」
「違う。多分。……ほら」
差し出された手を取る。いつの間にかリオルと手を繋ぐことに全く違和感がなくなっていた。しかし嬉しさだけは変わらない。
知り合いの目がないことで、レンフィはいつになくリラックスできていた。ふとした瞬間、戦場について行けない寂しさがぶり返すが、それを飲み込んで笑い、手を握り返す。
「お? もしかして、リオル将軍か?」
とある屋台で、強面の男たちが昼から酒を飲んでいた。傷のある顔に、だらしない格好。それでいて剣や斧など使い込まれた武器を身に着けている。軍人とは雰囲気が違うが、どう見ても戦いを生業にしている者たちだ。
リオルは素早く背にレンフィを隠した。
「ああ、なんだ……カクタスじゃん。この町で待機してたのか?」
「おうよ。明日には国境に向かって出発するぜ。酒飲みながらゆっくりな」
男たちの中心人物――カクタスが鷹揚に笑った。
リオルがそっと教えてくれた。
前回と前々回、一緒に教国と戦ってくれた名のある傭兵団なのだという。もしかしたら聖女の顔を知っているかもしれないと思い、レンフィは失礼を承知でリオルの背に隠れたまま挨拶をした。
カクタスたちはその態度を気にした風でもなく、リオルに向き直る。
「将軍はデートか? やるじゃねぇか」
「まぁな。出陣前の最後の休暇だ」
「羨ましいねぇ。でも、大丈夫なのか?」
首を傾げるリオルに、カクタスがにやりと笑った。
「結局決着がつかないまま、聖女レンフィがくたばっちまっただろう? すっかりやる気を失くして女に溺れてるんじゃねぇかと」
「はは、なんだよそれ」
リオルは苦笑いを返す。
「毎年毎年、聖女を殺すって張り切ってたじゃねぇか」
「あー、うん……そうだったかなー?」
背中からリオルの動揺が伝わる。レンフィもどんな顔をすればよいのか分からず、気まずい気持ちになった。
「団長、デート中に他の女の話題を出してやるなよ」
「無粋ってやつだ。今はそっちのカノジョに夢中なんだろ!」
カクタスは豪快に笑った。
「それもそうだな! 悪いな、嬢ちゃん。邪魔しちまって」
「おっと、あんまり近づくなよ。こいつ、怖がりだからさ」
リオルが制止すると、カクタスは肩をすくめた。
カクタス自身は怖くはないが、事実がバレるのは恐ろしい。レンフィは両手で顔を覆って俯いた。
「そうかい。でもオレたちは戦場以外では女子どもに手を出さねぇ優しい傭兵団だからよ。こんなナリだが、取って食いはしないからな。つーか、そっちの男の方がよっぽどおっかねぇぞ?」
「おい。変なこと吹き込むなって」
ひとしきり笑った後、カクタスが思い出したように言った。
「ああ、そういや、将軍の親父さんの噂を聞いたぞ」
「……へぇ。まだ生きてたんだな」
リオルの父親。
不意に出てきた存在に、レンフィは顔を上げる。
「薄情な息子だな。まぁ、あの親父さんじゃしょうがねぇか。どこだったか、南の方の国の戦争に参加してたみたいだぜ」
「ふぅん、そっか。教えてくれてありがとな。もし他に何か分かったら今度教えてくれ」
「おう。また国境で会おう。とりあえず腑抜けてないみたいで安心したぜ。今年こそ教国をぶちのめしてくれよ!」
リオルは軽く笑い、レンフィの顔を見られないようにさりげなく庇いながら傭兵たちから離れた。
屋台通りを出た後、レンフィはリオルに躊躇いがちに尋ねた。
「リオルのお父さんって」
「ああ。流れの傭兵やってるんだ。まだ引退してねぇとは思わなかったけど」
リオルの声は素っ気なかった。
これ以上聞いてはいけないだろうか。思い返せば、レンフィはリオルについてほとんど何も知らなかった。母親や他の家族はどうしているのか、どのような子ども時代を過ごしたのか、どうして軍人になったのか、なぜここまで強くて優しいのか。今まで気にしていなかったのが不思議なくらいだ。
むくむくと好奇心が膨らんでいく。
「気になるのか?」
「! うん!」
リオルは気分を害した様子もなく、あっさりと頷いた。
「話すのはいいぜ。俺ばっかりお前の昔の話聞いちゃったもんな。ま、全然面白い話じゃねぇけど」




