表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覚えてなくて、ごめんなさい〜囚われ聖女の第二の人生〜  作者: 緑名紺
第二章 聖女と魔王、そして魔女
18/113

18 留守の間に……


その頃リオルは……

 


『さすがに目に余ります。今後、聖女殿に関わるのは最低限にするように』


 宰相に呼び出され、そう告げられた時、リオルは苦々しい気持ちになった。

 かつての宿敵を放っておけず、宰相やバニラから乞われたこともあり、リオルはレンフィを手助けしてきた。ボロボロに傷ついて涙を流す彼女を見てからは、特になりふり構わず手を尽くした。

 彼女への同情と、城の人間への失望と、聖女レンフィとの約束がそうさせた。


 宰相の指示には納得できないものを感じつつも、確かに加減が分からず、過剰に干渉しすぎた自覚はあった。レンフィは王妃になる可能性があるし、やはりアザミたちと溝ができるのは避けたい。必要以上に馴れ馴れしく接するのは良くないと、頭では分かっていた。


 だからリオルは巡回の話を受け入れた。

 レンフィに言った言葉を覆すつもりはないが、少し距離を置けば適度な対応が分かるようになると思った。レンフィの周りには随分人が増えたので、自分以外の味方を得るチャンスにもなるだろう。


『多分……大丈夫』


 そう軽く考えていたリオルは、巡回の話を聞いたレンフィが深く落ち込むのを見て衝撃を受けた。全身、髪の一束までしょんぼりしており、とても悪いことをした気分になった。

 感情の起伏が少なく、表情が乏しいから今まで分かりづらかったが、随分と心を開いてくれていたらしい。


『あの、お守りの代わりに……受け取って』


 ただでさえ動揺していたところに、追い打ちのようにレンフィに餞別を渡され、リオルは混乱の極地に達した。






 トナカイたちにそりを引かせ、白い街道をゆっくり進む。出発当日は天候に恵まれ、第三軍の一行は清々しい冬の空気を堪能していた。


 そんな中、リオルは珍しく物憂げな表情をして黙り込んでいた。

 その手には、落ち着いた暗い赤のハンカチ。隅に金色の糸で刺繍が施されている。ムドーラでは一般的な、旅のお守りに施される模様である。


「リオルさん、どうしたんすか? まさか、そりで酔いました?」


 ただならぬ様子のリオルに、ガジュが問う。他の部下もしきりに元気のない上官を気にしていた。

 隠すことでもないとリオルは判断し、素直に白状した。


「これ、レンフィがくれたんだけど……」

「へぇ!」

「勘違いだったら笑ってくれ。レンフィってさ……俺のこと好きなのかな?」


 口に出すと途端に恥ずかしくなった。部下たちは誰一人笑わず、その表情が気まずいものに変わる中、ガジュだけがあっけらかんと言い放つ。


「え、そうじゃないんすか? だって刺繍入りのハンカチなんて、家族か好きな男くらいにしか贈らないでしょ。教国の聖女に惚れられるなんて、さすが――」


 先輩兵士たちに口を塞がれ、物資の中に沈むガジュ。空気を読め、立場を考えろ、と口々に言われる。


「い、いや、まだ決まったわけではないと思いますよ。そりゃあれだけ助ければ、好かれても仕方がないですが」

「確かにレンフィちゃんは将軍のこと目で追ってますし、話しかけられた後は嬉しそうにしてますけど、恋愛感情とは限らないというか」

「ええ!? この前の食堂のやり取り知らないんすか? 明らかに惚れてますって! つーかオレ、リオルさんもそのつもりだと――」


 再び物資の中に沈められるガジュ。

 リオルは突き付けられた現実に項垂れつつ、ガジュを解放してやった。嘘を吐けないガジュの言葉に、宰相に釘を刺された意味を真に理解する。


「言っとくけど、俺は惚れてないからな。放っておけないだけだ。今のレンフィは子どもみたいなもんじゃん。そういう目で見られねぇよ」

「え、あんなに可愛いのに?」

「……まぁ、可愛いとは思うけどさ」


 リオルは渋々認めた。

 さらさらのプラチナブロンドの長い髪に、傷一つない柔らかそうな白い肌、無垢な光を宿す淡いブルーの大きな瞳。控えめな物腰で教えを乞う姿、大きい音に怯える姿、甘い物をゆっくり味わって食べている姿などは、大層可愛らしい。

 昔の聖女レンフィの冷たく無愛想な印象は消え、今は儚げで純真な美少女だ。最近では見た目すら同一人物に思えなくなり、たまに混乱する。


「レンフィちゃんって、なんかこう庇護欲をくすぐられるタイプだよな……」

「あの子が歩くと空気が綺麗になる気がする」

「遠くから見守りたい。穢れた大人は触っちゃいけない」

「そう? 僕は彼女を見ていると悪いことを教えたくなるけど」

「貴様、紳士じゃないな!」


 部下たちもレンフィに対して思うところがあったのか、話に花が咲き始める。


「しかし、将軍。これ以上可愛がるのは酷だぞ。突き放すべきではないか」


 自分よりずっと年上の部下が、重々しく述べる。


「彼女は、陛下に気に入られたら妃になるんだ。彼女の気持ちなど、誰も考慮しない。……可哀想だろう」


 そう、全てはシダールの気分次第。

 たとえレンフィがリオルに好意を持っていたとしても、シダールが妃にすると決めたらそれまでだ。

 他の部下たちも、居た堪れない気分になって黙る。


「分かってる。これからは、そう……保護者的な立場を徹底する! 男として見られないようにすればいいんだろ? まだレンフィの気持ちが決まったわけじゃねぇし、俺が一番手近にいたから懐いただけで、陛下に甘やかされたらすぐ気が変わるだろ。それはそれで複雑な気分だけどな!」


 冗談めかしてリオルが笑うと、部下たちも安堵したように肩の力を抜いた。


「そう言えば将軍の浮いた話を聞きませんけど、カノジョいないんですか」

「ん? ああ」

「モテるでしょうに勿体ない。何かこだわりが? 忘れられない女がいるとか」


 同年代、あるいは年上の部下たちは、リオルの私生活をかなり心配していた。

 遊びたい盛りだろうにその様子もなく、非番の日もほとんど訓練場か砦に出入りしている。将として重責を背負い、時間をかけてでも苦手な書類仕事をこなし、第二軍の兵士から妬まれ、部下の遺族と墓参りをして。

 彼に心安らぐときはあるのだろうか。本気で愚痴を吐き出せる相手はいるのだろうか。


「いや……面倒じゃん。デートとか、プレゼントとか、記念日とか。ちゃんと大切にする自信がない」


 部下の反応は様々だった。


「え! もしかして、本気で女に惚れたことないんすか?」

「真面目だなぁ。面倒になったら別れたらいいんだよ」

「言ってみてぇ! モテる男は違うな! ちくしょう!」

「男が女に気を遣う必要などないと思うが」


 今後の付き合い方を考えたくなるような価値観の者がいることが判明し、そりの上で大激論が巻き起こった。

 賑やかないつもの第三軍に戻り、リオルは苦笑する。


 ふと、ガジュが一人で考え込んでいることに気づいた。


「どうした?」

「いや、その、もしもレンフィちゃんが王妃にならなかったら……」


 ガジュはリオルに真っ直ぐな瞳を向け、


「絶対ものにしてくださいね! オレ、応援するっす!」


と小声で激励した。


「だから、俺は惚れてねぇって……」


 そう言いつつも、その可能性があったことにリオルは密かに頭を抱えた。






 それからリオルは、時折ハンカチを取り出しては思いを馳せた。


 レンフィは律儀な性格なので、これもただのお礼の品で、深い意味はないかもしれない。バニラやジンジャーにも同じものを渡しているかもしれない。恋愛感情などではなく、自意識過剰な勘違いかもしれない。


 そんな風に考えながらも、「もしも」を考え身悶える。


 例えば、もしもレンフィがシダールに認められず、処刑が決定したら。


 今となってはもう、レンフィの死を欠片も願えなかった。彼女が死ぬべき正当な理由があるのなら王命に従うが、ただの気まぐれならば断固反対する。おそらく自分はシダールに直談判に行くだろう。

 そこまでしてレンフィを救うなら、責任を取るべきではないか。彼女の一生を守る覚悟を示さなければ、説得力がない。

 その一番の方法を考え、恥ずかしくなって想像を止める。


 自分の心のことだというのに、リオルは不思議でならなかった。あれほど「そういう目で見てない」と断言しておきながら、どうしてこんなに動揺するのか。彼女に向けられた好意が、満更でもなかったということだろうか。


 悩み続けた結果、部下に経験を積ませるのを忘れて魔物を一太刀で斬り伏せてしまった。しかしそれで吹っ切れた。

 城に帰って、レンフィの顔を見てから考えよう。とりあえず彼女の気持ちを見極めるのが先決だ。


 そう結論を出してからは、早く巡回を終えるべく精力的に働いた。村々で歓迎され、気になる話を聞き、こちらからもいろいろと伝え、屋根の修理や橋の補修を手伝い、笑顔で旅立つ。


 残念ながら、軍に迎えたい人材は見つからなかったが、子どもたちが健やかに育っていることは確認できた。

 子ども死亡率が低下している今、食い扶持を求めて軍人や傭兵を志す者が増えるだろう。いつか指揮下に入ってくれることもあるかもしれない。そのときは大いに活躍させ、稼がせてやり、五体満足で国に連れて帰る。そう改めて誓った。






 予定通り巡回を終え、リオルは城に戻った。ブライダに不在の間の出来事を聞き、特に問題がないことを確認すると、いそいそと塔の部屋に向かう。

 もうすぐ昼時だ。もしもレンフィが部屋に戻っていたら、昼食に誘っていろいろ話してみよう。その時のリオルは宰相の忠告などすっかり忘れていた。


 しかし。


 部屋の前で、そわそわと落ち着かない様子のバニラを見つけた。


「あれ、どうしたんだ?」

「あ! この馬鹿! 帰ってくるのが遅いのよ!」


 長年気の置けない関係であった侍女から出会い頭に罵倒され、リオルは首を傾げる。


「なんだよ、何かあったのか?」

「あ、違うの、ごめん! ど、どどどどうしよう! お、落ち着いて聞いてね。いい? 深呼吸よ、ふぅ……」

「いや、お前が落ち着けよ。なんなんだよ」

「レンフィが昨日の夜、陛下に呼ばれてね……そのまま帰ってないの」


 それからレンフィの近況を聞き、リオルは頭を殴られたような衝撃を味わった。

 シダールと急速に接近し、毎日会うようになり、ついに昨夜は王の寝室に招かれたのだという。


「どうしよう……あたし、そういう役目だって分かってたけど、何も教えずに送り出しちゃった」

「…………」


 バニラは青ざめ、今にも泣きそうになっていた。


「でもね、よく考えたら、陛下が期限の春を待たずにレンフィに手を出すのも、おかしいと思って……もしかしたらそういう用事じゃないかもしれないって……っ」

「お、おう。そうだな、まだ早いよな。いくらなんでも。レンフィの中身はまだ幼いし……」

「やっぱりそうよね!? なのに、あたし、ついにこの時が来たと思って、すっかり動揺して……色っぽい寝間着を着せちゃったのよっ。すっごく綺麗だったの、あの子! そのせいで陛下がその気になったらどうしよう!?」


 俺に聞かれても、とリオルは半ば放心状態になった。

 バニラがひどく取り乱しているので相対的に落ち着いているが、一人だったら頭を抱えて座り込んでいた。それくらい、思考と感情がぐるぐると渦を巻いていた。


「あ…………」


 か細い声に振り返ると、コートを羽織ったレンフィが立っていた。

 久しぶりに見るその姿に、リオルの心臓は大きく脈打った。


 青白い頬、少し乱れた髪、どこか疲れの滲む充血した瞳。

 頼りなげに立つ姿に、胸が痛くなる。


「リオル、帰ってきてたんだ。おかえりなさい……」

「あ、ああ」


 小さく笑う彼女に、バニラが慌てて駆け寄る。


「だ……大丈夫?」

「はい。でも、少し、疲れました」


 ものすごく居心地の悪い気分を味わいながらも、金縛りにあったように体が動かなかった。


「顔色悪いわね。部屋で横になったら? 医務室の手伝い、今日は休みなさいよ」

「そうですね……申し訳ないですけど、そうさせてもらいます。今夜も呼ばれていて……」


 レンフィが悲しそうにリオルを見上げた。


「リオル、あの……いろいろ話したいことや、聞きたいことがあったの。だから今度、時間があったら……」

「え、ああ、うん。今度な。ゆっくり休めよ」


 声をかけられて、やっと金縛りが解けた。

 ぎこちなく笑みを返すと、レンフィも小さく微笑んだ。


「あ」


 気の緩みからかふらついたレンフィを、リオルは咄嗟に支える。今まで何度か抱き上げたことのある華奢な体から樹木の深い香りがした。

 知っている。シダールが好んで焚いている香と同じ匂いだ。


「…………」


 動揺と衝撃の波状攻撃の後、ふつふつと嫌な感情が喉の奥にせり上がってきた。

 戦場でもめったに抱かない破壊衝動。手当たり次第、この感情をぶつけてしまいたい。


「ご、ごめんなさい」

「いや……大丈夫かよ。このままベッドまで運んでやろうか?」


 バニラが小さく悲鳴を上げるほど、暗い声が出た。しかし眠たそうに瞼をこするレンフィはリオルの異変に気づかない。


「う? うん。知らなかったの……こんなの」

「…………」

「霊力を使い切ると、こんなに辛いなんて……」


 そのままレンフィは舟をこぎ出した。

 リオルとバニラは顔を見合わせる。


「霊力?」


 そこには大いなる誤解が生じていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ