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覚えてなくて、ごめんなさい〜囚われ聖女の第二の人生〜  作者: 緑名紺
第二章 聖女と魔王、そして魔女
15/113

15 誘われる聖女 その1

少しストックができたので徐々に更新します。



「あの聖女、今度は第三軍全体に取り入ったんだって」

「寝込んで同情を誘ったんだって。ずるい女」

「仮病だったんじゃない? 第二軍の人たちに襲われたのもわざとかも」


 例えばそんな陰口が聞こえてきても、前ほど心は痛まない。レンフィは侍女たちに見つからないように廊下を引き返し、遠回りして医務室へ向かう。


「大丈夫ですか? あんな間違いだらけの噂……」

「はい、ジンジャー先輩。平気です」


 今の自分には心の支え(リオル)がいる。

 少しくらい嫌なことを言われても、意地悪をされても、リオルに言われた言葉を思い出せば、切り替えられる。

 空っぽだった自分の中で、彼の存在は膨らみ続けていた。


 戦争をしていないときも将軍のリオルは忙しく、一日に会える時間はごくわずか。廊下ですれ違う程度だ。挨拶をして、名前を呼ばれて、大丈夫か確認されて、「またな!」と手を振ってもらう。そんな些細な瞬間から、一日分の元気をもらう。

 それだけでも十分嬉しかったのに、「もっと城の中に味方を増やそう」とリオルが第三軍の手伝いに誘ってくれた。

 レンフィは二つ返事で了承し、恐る恐る訓練場や砦を出入りするようになった。仕事は備蓄品を数えたり、装備品を磨いたり、レンフィにもできることだ。最初はぎこちなかったが、仕事を教えてもらっているうちに少しずつ他の兵士とも話せるようになった。


 リオルから「こいつのこと頼んだぜ!」と言われて、無下にできる部下たちではなかった。 

 最も聖女と殺し合ってきた将軍がわだかまりなく接しているのだ。仲間を殺されたという禍根はあれど、懸命に雑用をこなすレンフィに怒りをぶつけるのは躊躇われた。

 元々第三軍所属の兵士たちは第二軍と折り合いが悪かったため、レンフィの受けた暴力的な仕打ちに対しては憤っていたのだ。

 そして、リオルを心から慕っているレンフィを見てしまったら、もう何も言えなくなった。

 第三軍は細かいことを気にしない、さっぱりした気風の集団だった。






「オレの勝ちだ! いい加減認めろよ!」

「いいや、ボクはしっかり避けた! まだ勝負はついてない!」


 訓練場で若い兵士が言い争っていた。

 第三軍の最年少の少年・ガジュとピノだ。同期ということもあってお互いをライバル視しており、模擬試合の度に言い争う。

 今日も先輩兵士たちが苦笑いを浮かべ、遠巻きに見守っていた。


「レンフィちゃん! 見てただろ! オレの一撃が当たってた!」

「避けたって言ってる! ですよね! レンフィちゃん!」


 レンフィは年下二人の圧に逃げ腰になりながらも、心を鬼にして判定した。


「ピノくんに有効打は当たっていません。それに、ガジュくんの足が場外に出ていましたので、今日の試合のルールだとピノくんの勝ち……です」


 訓練場にガジュの絶叫がこだました。


「マジかぁ! くそ!」


 床に倒れこんで暴れるガジュに、レンフィは慌てる。


「あ、あのガジュくんの手数と力強さもすごかったです。いつも試合しているピノくんじゃなかったら避けられないと思いますよ」

「慰めは要らねぇ! ううう!」


 勝者のピノは額の汗を拭いながら胸を張る。


「ふふん。約束通り、昼のデザートは譲ってもらうよ。あ、そうだ。あの……レンフィちゃんも一緒にどうですか? 城の食堂で良ければ」


 レンフィが第三軍の手伝いを始め、雑用や怪我の治療の他、今日のように二人に模擬試合の審判を頼まれることもあったが、食事に誘われるのは初めてだった。食堂も利用したことがない。


「え、ご一緒していいのですか?」


 レンフィがおずおずと尋ねると、少年二人は争っていたのが嘘のように同時に目を輝かせた。


「も、もちろん。な、ガジュ」

「ふん。こいつと二人で食うのもつまらないし、別にいいけど!」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 礼を言うと、二人は同じように赤面する。本当は仲が良いのだろうな、とレンフィは安堵した。


「あ、オレットさんもいいですか?」

「もちろんお供いたします! 食堂で食事するのは久しぶりで、楽しみです……!」


 オレットがにっこり頷くと、ガジュもピノももう喜びを隠そうともしなかった。


 カルナ姫の護衛騎士を務める少女・オレット。代々王家の近衛騎士を務める名門貴族ソシュール家の令嬢である。

 なぜ彼女がレンフィの供をしているのかと言えば、カルナ姫から指示があったからである。

 オレットがレンフィの隣を歩くだけで、危険から守る護衛にもなり、姫の庇護下にあるという証明にもある。

 実際、オレットのおかげで、悪口を聞こえるように言われることはなくなった。絡まれることもない。効果は絶大であった。


 しかしさすがに向けられる視線までは防げない。


「ごめんなさい、私が一緒だと、居心地の悪い思いをさせてしまいますね……」


 食堂の片隅で、四人は昼食を取っていた。

 人が出入りする度、いつもはいないレンフィの姿に驚き、囁きが小波のように広がる。思い切り意識されている。混雑する時間にもかかわらず、まだ席の空いているレンフィたちのテーブルに近づく者はいなかった。

 もし今後利用するときがあれば空いた時間帯にしよう、とレンフィは心に決める。


「はん、第二軍の連中の忌々しげな顔で飯が美味いぜ」

「羨ましそうにしてる先輩もいる。レンフィちゃんとオレットさんに声をかけたボクらは勇者だね」


 ガジュとピノは平然と食事をし、優越感に浸ってさえいた。若さゆえの蛮勇である。

 大丈夫だろうか、とレンフィはオレットに目線を送る。


「心配には及びません。今でこそ彼らは少数派ですが、すぐに多数派になります。もうすぐみんながレンフィ様を認めます!」


 オレットは貴族令嬢として育ったゆえに、人心の動きには敏感であった。

 最初は本気で排除しようと動いていた面々も、レンフィが城に馴染み始め、味方を増やしていることで焦っている。

 元々宰相と魔法士団長がレンフィを妃に推していたのは周知。さらに第三軍の将軍に医務室一同が気にかけ、さらにカルナ姫がレンフィを大々的に保護しているのだ。その面々が働きかければ、王が気まぐれを起こす可能性も十分あり得る。


 レンフィ自身を強く憎む者ならともかく、単純な嫉妬と教国の聖女だという理由だけで拒んでいた者は、そろそろ立ち回りを考え出す頃だろう。


 安心させようと微笑んだオレットだが、レンフィの表情は戸惑っていた。


「でも私、まだ何も……」


 確かにこの一か月、いろいろあった。

 記憶喪失のまま敵国に捕まり、王妃になれなければ殺すと言われ、何かをしてみようにも周囲に激しく拒絶され、泣いて泣いて泣いて、最近ようやくまともに働けるようになったばかりだ。

 激動の日々に流されて耐えるばかりで、レンフィにはあまり頑張った覚えがなかった。認められるようなことは成し遂げていない。

 周囲に拒絶されても耐えられるようになったのだって、自分一人の力ではなく、勇気をもらったからだ。


「お、みんなで飯食ってんのか。すっかり仲良くなったんだなぁ。俺も混ぜてくれ」


 思い浮かべていた人物が唐突に現れ、レンフィは息を詰まらせた。

 リオルは躊躇いなく隣の席にトレーを置いて座る。後ろには副官のブライダもいた。


「リオル、お前は注意された端から……」

「いいじゃん。他に席空いてねぇし。さっさと食おうぜ。急いで準備しねぇと」


 ブライダはじろりとレンフィを見ていたが、結局は席に着いた。


「リオルさん、準備ってなんすか?」

「あ、うん。明後日からの巡回、俺も行くことになったんだ。ガジュの班の引率だ」


 ガジュが歓声を上げ、ピノが不平の声を上げる。

 レンフィは首を傾げた。


「巡回?」

「この時期、周辺の村や町を巡って、様子を見に行くんだよ。冬は情報の伝達が鈍くなるから」


 魔物が現れていないか、道や橋は無事か、食糧は足りているか、変な病が流行していないか、男手は足りているか等々、民の暮らしに異常がないか確かめるのだという。


「リオル将軍自ら出向くのですか?」


 オレットが思わずと言った風に問うと、リオルは気を悪くした様子もなく頷いた。


「俺、戦争と魔物狩りばっかり参加してて、気づいたら将軍になってたからさ。巡回の経験が少ないのも良くねぇじゃん。あと、なんかいろいろ命令されたんだ。次の兵役の根回しとか、新種の種芋配りとか、人探しとか、魔石集めとか。あと個人的にはスカウトもしてみたくて」


 リオルの言葉にガジュが口を尖らせる。


「オレを超える逸材なんて、今後十年は出てこねぇっすよ」

「ガジュが十年に一人なら、ボクは五十年に一人かな。今日勝ったし」

「んだとコラ! 午後もう一回勝負だ!」

「うるさいぞ、お前ら」


 ブライダに拳骨をもらい、二人は萎れた。


 現在のムドーラ王国は軍事力に特化した国家だが、戦争に参加する兵の多くは傭兵と村々の男手である。

 彼らを指揮する、あるいは先頭を切って戦う人間が正規の軍人と言える。正規の軍人になるには試験に合格するか、戦争で功を挙げねばならない。あるいは軍の目に留まる武を見せれば、スカウトされることもあった。


 入隊後、大半の軍人は治安維持軍に配属され、国内の砦に散らばり、周辺の町村の治安を守りつつ、日々鍛錬を重ねている。

 王都の城にいるのは軍の中でも国王直属軍という戦争に特化した面々だ。シダールから魔力を下賜された兵の中で、特に著しい成長を見せた者が集められている。

 戦争で激しく消耗する直属軍は、冬の間は休息を許される。今回リオルが命じられた仕事も、本来ならば治安維持軍の仕事だが、新兵の訓練も兼ね、王都周辺に関しては合同で巡回を行うのが常だった。

 それでも将軍自ら村々を出向くのは珍しいが、名の知れた将に訪問され、喜ばない村はない。


「巡回はちやほやしてもらえるから好きだぜ! リオルさんが一緒なら、めっちゃ歓迎されるな!」

「昔は巡回の軍人が来るの、すごく嫌だったけどね。乱暴だし、勝手に食べ物持ってくし。いいなぁ、ボクもリオル様の班が良かった……」


 ガジュとピノが正反対の表情で巡回に思いを馳せる。

 軍人が民から搾取し、恐れられ嫌われる時代もあったが、それもシダールが王になって変わった。今や軍人は人気者だった。


「そういうわけでな、レンフィ。俺、二週間くらい城を空ける」

「……うん」


 話の途中から嫌な予感がしていたが、やはり一日二日で帰ってこられる仕事ではないようだ。レンフィは食事の手を止め、俯いた。


「守ってやるって言ったばかりなのに、ごめんな。連れて行ってやれたら良かったんだけど、さすがに王都の外はまだ無理だから……俺がいなくて大丈夫か?」


 一瞬だけリオルの目を見つめ返し、それから頷きながら逸らす。


「大丈夫……」

「お、おう。本当に大丈夫か? なんか、声が暗いけど」

「うん。多分……大丈夫」


 意識して平時の声を出そうとしたが、あまりうまくいかなかった。

 記憶を失ってからまだ一か月と少ししか経っていないレンフィにとって、リオルのいない二週間は長い。どうしても寂しく、心細く感じてしまう。


「…………」


 全員が無言になったのに気づき、レンフィははっとなった。

 いくらなんでも甘えすぎだ。

 自分の都合ばかり考えてはいけない。積雪で道は険しく、寒さも厳しい。冬の巡回は楽な仕事ではないはずだ。

 レンフィは気合を入れて声を出した。


「ううん、全然大丈夫! みんないるし、お仕事もあるし、きっとあっという間だから。心配してくれてありがとう。リオルの方こそ、気をつけて行ってきてね!」


 少々、声量の調整を間違えた。

 見渡す限り周囲の者が固まり、リオルも苦笑している。


「ああ、分かった。あ、何かあったらブライダを頼れよ。こいつは留守番だから」

「ふん、私は誰かが苦手な書類仕事を片付けねばならないんだが?」

「両方面倒見てくれ」


 場の雰囲気が和やかになり、レンフィは安堵する。

 しかし胸の中は、吐き出せなかったもやもやでいっぱいになってしまった。




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