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11 町へ行こう

 


 過去の出来事を全て捨ててしまえたらいいのに。

 この国を出て自分を受け入れてくれる場所に行けたら。

 積み重なった罪を清算して楽になりたい。 


 気づけば、突き付けられた事実から逃げることばかり考えていた。

 そんな自分に失望し、レンフィはさめざめと涙を流す。


 誰かに道を示してほしい。もう分からないのだ。

 どうすれば、みんなが納得するのだろう。生きて果たせる役目があるのならと頑張ってみたけれど、かえって迷惑をかけ、不快な思いをさせるばかりで、何一つ上手くいかない。


 過去の自分は、憎まれて当然のことをした。どれだけ身を削っても償えそうもない。 

 いっそのこと気の済むまで殴るか、一思いに殺してもらえたら。


 そんなことを願ってしまうくらい、レンフィは憔悴しきっていた。






「気晴らしに町で遊ぼうぜ。陛下の許可は取ったからさ」


 レンフィはリオルの眩しい笑顔に困惑した。

 熱が下がってから数日、レンフィはずっと塔の部屋に引きこもっていた。医療官の仕事も放り出すような形になり、激しい自己嫌悪に苛まれている。そんな中で遊ぶなんて考えられなかった。


「ごめんなさい、私……」


 レンフィの言葉を遮るように、バニラが勢いよく手を上げる。


「えー! あたしも行きたい!」

「じゃあジンジャーも誘って四人で行くか」

「そうしましょう。行きたいレストランがあったのよ。もちろん奢ってくださるわよね? 将軍閣下」

「はぁ? まぁいいけどさ。変に気取った店は嫌だぜ」

「ふん、そういうところはデートで行くものよ。あんたには分かんないでしょうけど」

「そっか」

「興味がないにも程があるでしょ……」


 打てば響くような二人の会話に疎外感を覚えつつ、レンフィはベッドの上で膝を抱える。自分の意思は関係なく、町に出ることは決定事項のようだ。

 リオルとバニラが心配してくれているのは分かるが、憂鬱だった。きっと空気を悪くしてしまう。それだけではない。誰かの耳に入ったら陰口を言われる。また蹴飛ばされるかもしれない。


 ジンジャーの予定を確認してくる、と早速バニラは部屋を出て行った。


「陛下からお小遣いを預かってる。お前に好きなものを買わせていいってさ」

「そんなの、受け取れない……」

「そう言うと思った。でも遠慮は要らない。元はと言えばお前の金だ」

「え?」

「お前が倒した魔物の魔石を換金した。毒持ちの二年物だからな。まぁまぁ良い金額になったんだ」


 レンフィは本で読んだ知識を思い出す。


 魔物。

 それは魔力が具現化した物体であり、現象。自我や意志はなく、厳密には生物とは言えない。

 特徴はどこからともなく生まれ、人間を無差別に襲い、日毎に強くなっていくこと。そして魔物を倒すと生活に欠かせないエネルギーの塊――魔石が残るのだ。

 ムドーラ王国では、魔物から手に入る魔石は倒した者の所有物になる。


「本当に、私が使っていいの?」

「ああ。なんだ、欲しいものがあったのか?」

「バニラさんに……服を弁償したくて」


 お気に入りのワンピースだと言って貸してくれたのに、思い切り汚してしまった。もう着られないだろう。

 レンフィはどれだけ謝っても気が済まなかった。バニラは「もう気にしないでよ。そんなものどうだっていいの!」と言ってくれたが、やはり返せるなら返したい。

 他人の大切なモノは守れなかったのに、自分がカルナ姫からもらったボタンはしっかりと握りしめて無事だったのも、申し訳なさに拍車をかけていた。


「お前が払うことねぇだろ。なんなら、服汚した連中からもぎ取ってくるし」

「ううん、私が払いたい。あとジンジャーさんと姫様にもお詫びをしたいし、その、リオルにも……お金足りないかな……」


 彼の服も、泥や涙で汚してしまった。もう着られないほどではないだろうが、気分は悪いと思う。本当に迷惑をかけっぱなしだ。


「俺はいいよ。そこまで気を遣うなって。逆に迷惑」

「う。そんな」

「町に行く気になったならそれだけでいい。あ、出かける服はこっちで用意してあるんだ」


 リオルは楽しげに笑った。


「今日のお前は、田舎から出てきたばかりの新米侍女だからな」






 ムドーラ王国の都は、山の傾斜に建つ城を頂点に扇状に広がっている。

 城を守る砦の先にある城下町にはレンガ造りの建物が密集し、さらにその先には木造の家が点在していた。

 もう少しすれば、周辺は雪で白く染められる。本格的な冬ごもりに備えるためか、町は賑わっていた。


「え、すごく可愛いじゃない。ピンクもいけるわね」

「あの――」

「お客様! とてもお似合いですわ!」


 店員の興奮ぶりが怖くて、レンフィは小さく震えた。


「ああ、でもやっぱりさっきの寒色系がいいかしら?」

「そうですね! 清楚な雰囲気が大変よろしかったかと!」


 女性向けの服飾店にて、レンフィは試着を繰り返していた。おかしい。バニラの服を見に来たはずなのに、先ほどから自分ばかりが鏡の前に立たされている。

 ちなみに今のレンフィは魔法薬で髪を染め、ストロベリーブロンドになっていた。変装である。

 ようやく試着から解放され、元の侍女の服に着替えられた。


「よし、選べない。両方買っちゃお」

「あれ、あの、バニラさんが着てみないと」

「私? さっき一着選んだじゃない。ありがとうね。ありがたくいただくわ。で、この服はあたしがプレゼントしてあげる。もう一着は自分のお金で買いなさいね。いつ陛下や姫様に声をかけられるか分からないし、何着あってもいいでしょ」

「待ってください。それじゃ、お詫びの意味が」


 レンフィは慌てるも、バニラは問答無用で会計を済ませてしまった。店員がだいぶまけてくれるというので、もう断るに断れない。

 納得できないでいると、バニラが小声で怒鳴るという器用な真似を見せた。


「捕虜に服を買ってもらうなんておかしいでしょ! あたしの立場がない!」

「それは……確かに。ごめんなさい」


 正論にレンフィはそれ以上何も言えなかった。


「ぜひ! ぜひまたお越しくださいませ! 新作をご用意してお待ちしておりますので!」


 瞳をぎらぎらと輝かせた店員に見送られる。

 社交辞令か商売文句なのか、やたら褒められてどんな反応を返せばいいのか困った。


「終わったか? 飯食いに行こうぜ。腹減った」

「賛成です。待ちくたびれました」


 店を出ると、リオルとジンジャーが疲れた様子で立っていた。最初は服選びに付き合ってくれたが、店員の情熱に当てられたのかいつの間にか消えていたのだ。


「まだ見たいものがあったんだけど、仕方ないわねぇ。先にお昼ね。こっち!」


 バニラが案内したレストランを見て、リオルが「なんだ」と息を吐いた。


「ここ、軍のみんなとよく来るぜ。基本なんでも大盛りで美味いから」

「知ってる。一度来てみたかったのよ。女だけじゃ入れないもの」


 他のテーブルに並んだ皿を見て、レンフィとジンジャーは顔を見合わせた。影ができるほど山盛りにされたパスタや、顔よりも大きな肉厚のステーキ。一食分の概念が違う。

 ここ最近、まともに食事をしていなかったレンフィは匂いだけで胸やけしそうだった。


「全員バラバラのものを頼んで分け合いましょ。あたし海鮮たっぷりのパスタが食べたい」

「俺はここのチキンソテー好きなんだ。今日もこれにする。ほら、二人とも遠慮なく頼めよ」


 ジンジャーが目配せをしてきた。


「僕は……サラダで。医療官として栄養バランスに気をつけたいので」

「じゃあ、わ、私はスープを。胃がびっくりしちゃいそうなので……」


 レンフィとジンジャーの機転により、食後の後悔は最小限で済んだ。美味しいところがまた罪作りだった。残すに残せず、もう一口ならと頑張れてしまう。


「お、リオルさん、来てくれてたんだね。女の子を連れてくるなんて、珍しいこともあるもんだ」

「ああ、マスター。邪魔してる。城に新しく入った侍女の歓迎会みたいなもんだよ」


 レストランの店主がにこやかにテーブルに挨拶に来て、レンフィたちの顔を順番に見る。


「若い女の子のお客さんなんて嬉しいなぁ。坊やも大きくなったら常連になってね。よし、新作のデザートをサービスしちゃおっかな!」


 リオルとバニラが歓声を上げ、レンフィとジンジャーが心の中で悲鳴を上げる。

 運ばれてきたのは、揚げたポテトに蜜をかけたものだった。周りにはドライフルーツがちりばめられている。


「あ、これ。リリト芋とルルナ林檎じゃん。マスター最高」

「でしょう? 後で感想聞かせてくださいね」


 リオルだけではなく、バニラとジンジャーも嬉しそう、というよりも誇らしげにデザートを見つめていた。


「このお芋と林檎、シダール陛下の作品なのよ」

「作品?」


 リオルが自慢げに言う。


「黒脈の王には、人間以外の動植物を改変する力があるんだ。リリト芋は寒さに強くて、山にも植えられる。ムドーラの土壌でも育ちやすいんだ。しかもどんな料理にも合う。ルルナ林檎は生だと酸っぱくて食べられねぇけど、干して保存食にすると甘くてめちゃくちゃ美味くなる。あと栄養がすごいらしい」


 それは黒脈の王の役目の一つ。

 植物を自国の土地に適するように品種改良し、動物の生態を変えて人間が暮らしやすくする。精霊が自然環境を整えるように、黒脈の王は命を最適化しているのだ。


「すごい……本当に神様みたい。思い通りにできるなんて……」

「はい。でも、決して簡単なことではありません。ムドーラは人間が住むには厳しく、精霊の浄化が鈍い土地です。何を優先し、何を切り捨てるか。利益ばかり求めると、思わぬ損害を被ることになってしまいます」


 ジンジャーが補足説明してくれた。

 農作物を例にすると、すぐ育つようにすれば、土地が急激に痩せて次の収穫量が減ってしまう。虫が食べないようにすれば、人間にも毒になったり、味が悪くなったり、他の植物を駆逐してしまう。それらの問題をクリアしても、収穫後にすぐ傷んでしまうようでは流通できないし、暮らしていけない。


「陛下は、抜群のバランス感覚をお持ちなのです。収穫までの日数や肥料との相性まで絶妙です。この芋と林檎のおかげで、飢えて死ぬ民が格段に減りました」

「あと、貿易もよね。今までムドーラに見向きもしなかった国とも取引ができるようになったわ。おかげで枯れそうだった国庫が潤ってきてるの」


 今まで怖いという印象しかなかったが、シダールは黒脈の王として非常に優秀らしい。

 臣下だけではなく、民にも愛されている。その理由が分かった。


「前の王は幻覚を見る怪しい薬を作ったって話だし、その前の王はクソまずい上にすぐ枯れる野菜、もっと前の王は敵味方を区別できない生物兵器を作ったんだって。ムドーラ王国が滅亡しなかったのは奇跡だと思わないか?」

「はい……」


 いろいろな意味で重いデザートだ。しかし、このような話を聞いて、食さないわけにはいかない。食欲の代わりに好奇心が働き、レンフィは恐る恐るフォークを伸ばした。


「あ、美味しい……」


 芋のしっとりとした食感と、林檎の甘酸っぱさがよく合う。素材の良さが全面に出ている。

 思わず頬を緩めてしまうくらい美味しかった。それからは無言でゆっくり咀嚼する。


 ふと気づくと、全員が生温かい目をレンフィに向けていた。バニラに至っては涙ぐんでいる。


「あの……何か?」


 リオルが機嫌よく笑う。


「いやぁ、連れてきて良かったなって」

「ほら、どんどん食べて!」

「僕の分も半分どうぞ」


 レンフィは首を傾げながらも、胃腸の限界に挑戦するのだった。


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