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秒で諦める、その前に。   作者: 六十月菖菊
シオン=レシグナ
5/19

【4】秒で諦めて、縋られる。

R15注意


「そもそもの話、あなたが私に最初に命じたのは側仕えでした。それが形を歪められ、今では公爵夫人だなんて身分不相応の立場に転がりこんでしまいました。これは明らかに事故です。だって、一年と経たずとも私が無能だってことくらい、お義父様にだって分かることです。それなのに私を公爵家から追い出すこともせず、のらりくらりと気が付けば五年。いい加減、間違いを正すべきなんです」


 さあ、離縁してくださいな。

 ここぞとばかりに念を押すが、反応が無い。


「アロー様?」

「…………な」

「え?」


 がばりと、伏せていた顔を上げてアロー様が叫ぶ。


「ふざけるなぁーっ!」


 手が伸びて、肩を強く掴まれる。


「おま、お前ぇ! 人の気も知らないで、よくもそんな口がきけたものだな! 恥を知れ!」


 大きく振りかぶったその手が何処に行くかなど、容易に知れた。

 だから静かに、じっと待ち構えて衝撃を受け入れようとしたのだが。


「っ、あ、諦めるな! 諦めるなよぅ!」


 ────また、泣いている。


 ボタボタと溢れ出る感情を止めもせず、アロー様は縋りつくようにして私の身体に腕を回す。

 頬を打つはずだった手が背に添えられる。


「お前はいつもそうだ! 人が、人が折角嫁にしてやったのに! 愛の言葉も吐かないし、何も望まない! 甘えてこない! 俺には、望みを叶えてやれる力があるのに! 俺はこんなにも素晴らしいのに! 称えはしても縋ろうとしない! なんでだよぅ!」


 散々、自信過剰だと心の中だけで称賛してはいたが、ここまでとは。

 私はこんな状況下であっても平然とそんな感想を抱いていた。


「お、俺、嬉しかったのに! 俺から逃げなかったお前のこと、あの夜で直ぐに気に入ったのに!」


 詰る言葉は涙で濡れている。

 腕の力は強く、そして熱かった。


「嫉妬のひとつもしやしない! まったくもって可愛げのない! お前なんて、お前なんて……!」


 ────ああ、嫌われたんだな。


 漠然とそう思った私はまたひとつ諦めて、アロー様の腕の中で無意識に肩を落とす。


「お前ぇぇ!」


 腕による圧迫感は更に増した。


「だからなんでそう直ぐに諦めるんだ!? そんなに俺のこと嫌いなのか!?」


 支離滅裂だな、面倒だ。

 どうしたらいいんだろう、この状況。




 それからはもう、散々だった。

 お世辞にも広くはない私の寝台に引き摺りこまれ、結婚してから五年目にして初めて純潔を散らされた。

 行為中、あの人はずっと泣き通しだった。まるで盛大に転んでしまった幼子のように。

 強姦になるのだろうか、これは。

 いや、そもそも私たちはまだ夫婦であるからにして。後継ぎを生むために必要な行為であるからにして。


 ────私自身、嫌ではなかった。


「そうやってまた諦める!」


 最後まで抵抗ひとつせず、脱力して身を委ねる私に何を思ったのか、泣きながら怒っていた。

 それを見て心底面倒だと思いつつ、徐々に芽生えた快楽に溺れて鳴き声を上げれば、嬉しそうな顔もした。


 ────ああ、本当に、支離滅裂な人。


 私のこと、嫌いなくせに。

 好きでもない女をよく抱けるものだ。

 感情にただ身を任せて乱暴に抱いているくせに、無感情な私が少しでも痛みに顔を顰めれば、その動きは加減された。


「お、お前なんて、お前なんて嫌い、嫌いだぁ……!」


 情けない声で私を詰りながら口付けをする。

 上手く理解することは叶わなかったが、アロー様と交わすそれらはひどく気持ちが良かった。

 それが口付けを通して伝わったのか、強請るような私の嬌声を聞き届けてくれたのか、徐々に貪るように深みを増していった。




 翌朝から、私の生活はガラリと変わった。

 まず、自由を奪われた。今まで屋敷内のどこへでも行くことが許されていたのが、自室に監禁されることになったのである。

 次に閨。結婚してから五年間、初夜すらしなかったアロー様が毎夜のごとく私を抱きに来るようになった。愛人たちとの関係を全て絶ち、囲っていた屋敷も跡形もなく取り壊したらしい。割と綺麗な建物だったのに、もったいないことをする。

 このまま行けば、いつかきっと後継ぎを胎内に孕むことだろう。それは田舎へと隠居された先代公爵様のご希望に沿えることだ。今までの失態を取り返す好機である。

 だから私は今まで通りすんなりとその生活を受け容れた。

 この状況を良く思う者の代表格は使用人たちである。彼らは皆一様に「旦那様の目が覚めた」などと言っているが、私から見ればトチ狂ったようにしか見えない。

 だって、実行に移している当の本人が一番の渋面を晒しているのだから。

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