【3】自惚れ男、焦燥を知る。
久しぶりに屋敷に帰ると、必ず出迎えてくれるはずの妻が玄関に現れなかった。
「シオンは?」
なんとなく気になって執事に尋ねると、顔を曇らせた。
「それが……」
執事から耳打ちされた内容に「はあ!?」と素っ頓狂な声が出た。
「娼館のオーナーが勧誘に!? なんで!?」
「分かりません……」
あんな地味で平凡で色気のいもない女を何故。
居ても立ってもいられず、シオンの居る部屋へと足早に向かう。
「シオン!?」
「はい」
いつものようにノックもせずに部屋のドアを開け放つと、反射的に返事をする妻。
その姿はどこかやつれている。
「どうされました、アロー様」
「どうしたもこうしたも、お前……」
ふと、シオンの手元に目が行く。
その手に握られているのは、かの有名な高級娼館のオーナーの名刺。
「お、お前! 俺という者がありながら、不貞を働く気なのか!?」
「働く……?」
言葉を理解していないような反応に、違和感を抱く。
「……おい、お前。顔色が悪いぞ」
「辛気臭い顔ですか。申し訳ありません」
会話がズレている気がする。
言及するべく足を踏み出そうとしたそのとき、妻である女の身体が大きく傾いだ。
「シオン!?」
咄嗟に手を伸ばしたが、間に合わなかった。
ごとりと、頭が床にぶつかる鈍い音が鳴った。
「おい、おいっ! シオン! ……誰か! 誰か来てくれ! シオンが!」
眩しいなぁと思った。
眩しくて、綺麗で。まるで宝石みたいだなと。
「アロー、さま?」
「気が付いたか」
目を覚ますとベット脇にアロー様が居た。
「お久しぶりです。お元気でしたか」
「……先ほどのこと覚えていないのか?」
「覚えてますよ。ただ、ちゃんと挨拶をしていなかったから、失礼になると思って」
「……お前、やっぱり変わっているな」
「そうでしょうか」
地味で平凡で、何のとりえもないのに?
「なあ」
「はい」
「食事をまともに摂っていないと聞いた。何故だ?」
「お腹が空かないんです」
「……無理にでも、ちゃんと食べろ。身体を壊すぞ」
「かしこまりました」
どうして。
アロー様は、どうして。
泣きそうな顔で私を見ているのだろう。
「お前はいつもそうだ。何を言っても否定しない。それが心地よくて、結婚も承諾したのに」
後悔しているんだ。
辛そうな顔色を見て、私は可哀想だなんて他人事のように思った。
「まさかとは思っていたが、お前……」
躊躇うなんて珍しい。
いつもズケズケと物を言う人なのに。
「お前、俺のこと、好きじゃないのか」
────この人が泣くなんて前代未聞だ。
思わず目を見開いた。
「……好きでいてほしかったんですか?」
「あ、当たり前だろう! 俺たち、夫婦なんだぞ!」
そっか。私たち、夫婦だったっけ。
「申し訳────」
泣かせてしまった。傷つけてしまったのなら、謝らなければと。
頭を垂れて謝罪しようとしたら、頭を押さえられた。
「謝るな! ひどくみじめだ!」
さすが自尊心の塊。
思わず感心した。
「ねぇ、アロー様」
「……なんだ」
「離縁しませんか」




