母なる娼婦の話 終
なんかもう、色々とごめんなさい。
ガンシア公爵家の中庭にある東屋の中に、小さな生命を抱えて微笑む女が居る。
「マル様、お久しぶりです」
「やあ、シオン様」
二十年前にも見た光景だと、思わず糸目が緩んで瑠璃色が瞬いた。
腕の中にいる幼子は、無邪気に笑い声を立てている。
「……名前は?」
「アルバです」
花咲く笑顔は幸せそうだ。
懐かしい。エバも、こんな風に笑っていた。
「…………うちに大量にあった、赤子用の服やら玩具やらを持って来たんです。貰っていただけませんか?」
「よろしいのですか?」
「ええ」
生前のエバと、娼婦たちが使っていたものだ。
「────私たちにはもう、不要のものですから」
『シオンは無事なんですか!?』
『あのシオンが結婚して子どもを!?』
娼館にある幼児用品を片付けるついでに、シオンの現況を当時の娼婦たちに伝えると、ひどく喜ばれた。
『マル様、是非これもお持ち下さい!』
『男の子なんですか? それならこの玩具も!』
寄って集って荷物を増やしていく馬鹿どもに呆れつつ、使い魔に全て荷馬車に積むように言い付ける。
「……これを全てか?」
積み上げられた荷物の山に若干慄いていた。
この使い魔が困っている様子を見るのは愉しい。
「あの坊ちゃんはどうせあと三、四人は仕込む。これだけあっても、邪魔にはならんだろうさ」
「そういう問題じゃない」
軽口を叩き、御者台へと乗り込んで出発する。
走る荷馬車に揺られていれば、隣に座る使い魔がこちらをじっと見ていることに気が付いた。
「何だよ?」
「……お前、子どもが好きなのか?」
「はあ?」
思わずポカンと口を開け、手綱から手を離しそうになる。
いきなり何を言い出すのだ、この使い魔は。
「いつもなら、どんな物でも値を付けて売り捌くというのに。今回は何故、無償で譲るんだ?」
「…………」
面白くなくて閉口してしまう。
しかし、答えなければ肯定したことになるため、私は渋々答えを返した。
「……私の所有物じゃないからだ」
────そう、私の物ではない。
これらの品々は、娼婦たちが自ずから作った、エバとシオンのための物だ。
初めから私にとって、無価値でしかない。
「ずっと昔に先輩から『対価無しに他人の物を奪うのはルール違反だ。要らないペナルティを負う』って、キツく言い付けられているんだよ。……だからこれは、売らずに譲るんだ」
言い訳がましくそう付け加えて、ガンシア公爵家を目指して馬を急かす。
荷台ではガチャガチャと、積まれた荷物たちが賑やかに騒いでいた。
喧しく囃し立てるようなその音に、かつて居た三人の娼婦たちを思い出す。
「……そろそろ娼館を手放すか」
「いきなりどうした」
お前が言うな。
「最近、客の入りが悪いんだよ。都合がいいことに、うちの娼婦どもは手先が器用な奴らばかりだし、服飾店にでも転身するか」
「……いいんじゃないのか」
「だろう?」
珍しく使い魔が言葉にして同意したので、うっかり普通に笑ってしまう。
隣でアホらしく驚く気配を感じたが、敢えて無視した。
花街にあった、高級娼館のひとつが閉館した。
経営主であるオーナーと、そこで働いていた娼婦たち全てが姿を晦ました。
すると入れ替わるように、ある店が街中で人気を博し始める。
赤子のための服、玩具などを専門に取り扱う店。その仕事ぶりは実に丁寧で、店の商品を気に入らない子どもはいないと評判だ。
大変高額らしいが、その品質の良さに出費を惜しまない者が後を絶たない。
店のドアを開けると、店員が笑顔で出迎えてくれる。
そして、口を揃えてこう言うのだそうだ。
『────ようこそ、“母なるエバ”の店へ!』
【了】
気が向いたらアルバ君のお話とか書けたらいいな〜〜〜〜!




