母なる娼婦の話①
とある母のお話。
娼館オーナー視点からスタート。
お手柔らかにお願い致しますm(*_ _)m
【注意】
一部の読者様からご指摘いただいてやっと気がついたのですが、このお話は過去編であり青い魔女の小話でもあるため別作品として投稿するべきだったのではと感じた方が多いようです。
それでも構わないという方だけ閲覧されることをオススメいたします。気づくのが遅れて申し訳ありませんでしたm(*_ _)m
騒がしい娼婦たちに急かされて階下に降りる。
そうして玄関口を覗き込んでみると、見覚えのある貴族の男が私の名を叫んでいた。どうやら女連れのようだ。
「レシグナ卿、一体何事ですか?」
何かと愉快な噂の絶えない男だ。今度はどのような厄介事を持ち込んできたのだろう。
ワクワクしながらいつもの軽い調子で声を掛けてやると、連れの女を私に突き出して「買い取れ!」と宣った。
「何です、この女?」
「俺の屋敷で使ってやっていたが、不要となったので売りに出すことにした。お前なら高く買い取るだろう?」
うわ、クズ野郎だ。
内心で罵倒しつつ、女をじっくり観察する。
どこにでもいそうな、大人しそうな女だ。
「……ふむ、このくらいでどうです?」
わざと少なめの対価を示すと、案の定不満そうな顔になった。
「足りん! もう少し高くできんのか!?」
「安すぎる」のではなく、「足りない」と来たか。
どこぞで借金でもして、金の工面に走り回っているといったところだろう。
愉快すぎて嘲笑が溢れ出てしまう。
「おや、相場はこのくらいが普通なんですがね。これ以上の価格での買い取りはかなり難しいかと。それに、うち以外だともっと下げられてしまうと思いますよ。……まあ、レシグナ卿には懇意にして頂いていることですし、少し色を付けて……これでいかがでしょう?」
言外に、今ここで売らないと損をするぞと脅迫する。
そしてダメ押しの一言を添えてやれば、このクズ男は首を縦に振るしか無くなるのだ。
「…………ふん、分かった。その値で売ろう」
「ありがとうございます」
「……さて」
支払われた対価を手に帰っていく男を見送った後、改めて買い取った女を見る。
「君、名前は?」
「……エバです」
「そう、よろしくエバ。私はマルだ。この娼館でオーナーをしている」
ニヤリ、とあくどい笑みで名乗るが、エバの表情に変化は無い。
というか、目が死んでいる。
「おいおい、そんな顔じゃ客は取れないぜ?」
「……私、娼婦になるんですか」
「さあ、どうだろうね?」
ケラケラと嗤って、エバの手を引いて歩きだす。
すると、様子見をしていた娼婦たちがわらわらと群れて後をついてきた。
「マル様、私たちでお風呂に入れてあげてもいいですか?」
「いいよペルラ。しっかり洗ってやってくれ」
「ねぇママ! 私の服を貸してあげてもいい!?」
「別にいいけどミカ、君の服だとサイズ合わないんじゃない? 特に胸囲が」
「ねえねえ新人ちゃん、お腹すいてない? 好きな料理あったらあたし作るよ〜」
「やめとけルビー。君のゲテモノ料理は万人受けしない」
たくさんの娼婦たちに囲まれて、さすがのエバも困惑しているようだった。
その様子にまた笑みを深めて、私は新人のための空き部屋へと案内した。
「まずは風呂。その次にメシ。一晩ぐっすり寝て、明日の朝から手続きをする。分かった?」
「は、はい」
「エバちゃん、お風呂に行きましょう。ここのお風呂はおっきいから、きっと気に入りますよ」
「あっ、ペルラずるい! 私も一緒に行く!」
「ミカはお洋服の準備するんでしょう?」
「だからだよ! サイズチェックしなくちゃ!」
姦しい女どもの声が響く中、エバはズルズルと引き摺られていく。
「ちゃんと加減してやれよ〜」
私は緩く手を振って送り出した。
翌朝。
ペルラに熱心に磨かれ、ミカにされるがまま着せ替えられた結果、エバは見違えるほどに綺麗になった。よほど腹が空いていたのか、ルビーのゲテモノ料理をペロリと平らげたという。アレを完食してしまうとは恐ろしい。
エバは一晩で、すっかり娼婦たちのお気に入りになっていた。次は自分が世話を焼くのだと、朝から喧しく騒いでいる。
当の本人に、恐ろしい人たらしだと手を叩いて賞賛してやると、よく解っていない様子で頭を傾げていた。なるほど、庇護欲を唆るタイプらしい。天然危険物の人たらしである。
「レシグナ卿に強姦されたの?」
「はい」
「じゃあ未経験というワケじゃないね?」
「はい。……旦那様以外にも、何人か」
「屋敷内で回されてたってこと?」
「はい」
「そう。腹の子の親は誰か分かってんの?」
淡々と質問に答えてきたエバの表情が、そこでようやく色を変えた。
「……どうして、お分かりに?」
「んー、魔女としての勘ってヤツかな」
「マル様は魔女なのですか?」
今度は目を丸くする。
次々と表情が変わるのが、とても愉快だと感じる。
「ああ、そうだよ。だからこんなコトをしているのさ。悪行を為すのは、魔女として当然の務めだからね」
せせら笑いながらエバに近寄り、その腹に耳を当てる。
僅かだが、確かに生命の音がしていた。
「3ヶ月くらいだな。時期的に一番怪しいのは誰?」
「旦那様です」
「そっか。まあ、君は売られちゃったワケだし、腹の子も当然、私のモノだ。面倒見のいい馬鹿どもはその辺にいくらでもいるし、子育てに事欠くことはないさ」
「え……?」
きょとん、と唖然とした様子で私を見る。
「う、産んで良いのですか?」
「産みたくないの?」
ニヤニヤと聞き返せば首を激しく横に振った。
「産んで、育てても、良いのですか……?」
「ああ構わないよ。うちは育児休暇もある」
死んでいた目に、光が戻っていく。
「産ませてください!」
「分かった。そうなると、妊婦に性交は無理だな。産まれるまでの間は娼婦どもの世話をしてくれ。元メイドならできんだろ?」
「はい!」
「ただし、産後が落ち着き次第、娼婦として働いてもらう。いいね?」
「分かり、ましたっ……!」
溢れ出る涙を懸命に拭いながら、エバは優しく腹をさする。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「アハハッ! お礼を言うなんて馬鹿な子だねぇ! 結局は娼婦になっちまうのにさ?」
揶揄うように言っても、エバは泣きながら礼を言うのを止めなかった。
馬鹿で阿呆で、お人好し。その辺に居る娼婦たちと何ひとつ変わらない。
どこにも居ない変わった女、どこにも行けない可哀想な女。
これから母親になろうとしている女が、ただ、そこには居た。
娼婦たちはエバを大層可愛がった。
美容オタクのペルラは毎日一緒に風呂に入り、様々な化粧品をエバに与えては、彼女を磨き上げることに精を出した。
同様に、飾り立てることに生きがいを感じているミカもエバに始終構っていた。
ルビーについては、エバ専属の料理人と化した。妊婦にゲテモノ料理を食べさせるなと他の娼婦たちにドヤされて、普通の料理を作るようになった。
エバのお腹の子どものために、服やら玩具やらを用意し始める娼婦たちまで現れる始末だ。
エバには娼婦たちの世話を任せたというのに。逆に世話をされている状況がとても愉快だった。
「子どもを産んだら娼婦になるのに、君はここから逃げようとは思わないんだね」
「構いません。マル様に、少しでも恩返ししたいから」
「律儀なこった」
臨月を迎えたエバの腹は大きく膨らんでいた。
何度も幸せそうに腹をさする彼女に、前々から疑問に思っていたことを尋ねる。
「君さぁ、レシグナ卿のこと好きだった?」
「いいえ?」
思いの外、あっけらかんと答えた彼女に拍子抜けしてしまう。
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうなのさ?」
「不妊症だったから、できたのが嬉しくて……」
何とも皮肉なことだと、思わず天を仰いだ。
「君は、恋よりも愛を尊ぶんだね」
ある日、高級娼館の一室でけたたましい産声が上がった。
「おめでとうエバ! 可愛い女の子だよ!」
「お疲れ様、エバ! おめでとう!」
「頑張ったね! 偉いよ、エバ!」
助産経験のある娼婦、出産経験のある娼婦たちに支え励まされながら、エバは無事に一人の赤ん坊を産み落とした。
「ねぇ、エバ! この子の名前はなあに?」
「もう決めているのでしょう?」
「教えて教えて!」
姦しい娼婦たちにせっつかれて、エバは幸せそうに娘の名前を告げた。
「シオン、です」
慈愛に満ちた眼差しで赤ん坊を、シオンと名付けた愛娘を見つめる。
「私のシオン────私の愛」
娼婦たちで溢れかえる部屋を、私は遠巻きに眺めていた。
「行かないのか」
黒服の男が、影のようにすぐ傍に立っている。
白銀の髪と瞳を持つ、美麗な男だ。男娼として売りに出したいところだが、残念ながらコイツは私の所有物ではない。
「行かねぇよ。胸焼けする」
「別に祝福するぐらい、いいんじゃないのか」
「祝福ぅ? お前いつからそんな面白い冗談を言うようになったんだ?」
私は【悪】だ。
祝福なんぞ、その辺のお人好しどもにさせておけばいい。
「母親も赤ん坊も、娼婦に仕立てるのか」
「そのつもりだが?」
「……随分可愛がっていただろう。情は無いのか」
「アハッ! お前、ホントどうしたんだよ?」
可笑しくて嗤う。
魔女たる私に、情の有無を問うとは!
「情ってのは大義名分ぶった自己満足、ただのエゴの塊さ! 私はなぁ、自分がしたいことしかしない。そこに情なんてありゃしねぇ。だから先に釘を刺しておくんだ。可哀想なヤツらが、それを情だと勘違いしねぇようにな」
そして、それに抗うか抗わないかを決めるのは相手である。
「エバは私に義理立てすると決めた。だから必ず娼婦にする。そのために、ペルラもミカも、ルビーですら世話を焼いているのさ。アイツらホント、馬鹿で阿呆で救いようがないお人好しどもだよ」
「……ここで生きていくための術を、既に教え込んでいたと?」
「知らねぇよ。私は救ってもやらねぇし手伝いもしねぇ。だから当然、お節介焼きどもの邪魔もしないってだけだ」
いつものようにケラケラと嗤って、男を置いて執務室に戻る。
母となった女と新たに生まれた子どもを祝福する声は、似つかわしくない花街の高級娼館内に一日中響いていた。
シオンの諦めの早さは母親譲りです。




