お人好しの友人
いくつか執筆中の番外編のひとつ、ビルトゥの小話です。
頑張って子爵家お仕置き話を書いてますので、食前酒的な何かと思って読んでいただければ……。
私が初めてシオンに出会ったのは、酷い雨の日だった。
「……ねぇ、何してるの?」
「雨宿りです」
淡々と答えたシオンは雨に濡れてずぶ濡れだったし、それ以前にボロボロだった。
身体のあちこちに傷や痣があって、とても痛々しかった。
「雨は傷に沁みるので」
「確かにそうだけど」
そんな状態であるというのに、当の本人は気にした風もなく平然としていて、軒下で雨が止むのをただ待っていた。
「もしかしてお邪魔でしたか?」
なかなか立ち去らない私に何を思ったのか、そんなことを聞いてくる。
私は思わず呆れてしまった。
「ねぇ、風邪を引いてしまうわよ?」
「ええ」
それがどうしたと首を擡げるシオンの手を、私は掴んだ。
「どうしたもこうしたも無いわよ。風邪を引く前に、温まっていきなさい」
「え?」
戸惑う彼女に構わず無理やり手を引っ張り、店の中へ連れ込んだ。
風呂を沸かせて全身を綺麗にして、ロクに手入れをしてない髪を丁寧に梳いてやり、目立つ傷痕に軟膏を塗りたくった。
「……ビルトゥさんは」
「ビルトゥでいいわよ」
「……ビルトゥは、お人好しですね」
クスクスとシオンは笑った。
傷だらけだというのに、とても綺麗な笑顔だった。
「ねぇ、シオン。私ね、友達が欲しいのよ」
「そうなんですか」
「そうなの。私の友達になってくれない?」
「……私で良ければ、喜んで」
どこかやる気のない声だったから、両頬をつまんで「本当に?」と脅迫めいた確認をしてしまった。
「ええ、本当に」
一瞬だけきょとんとして、笑って頷いた。
花が綻ぶような美しい笑顔に、何故だか心が締めつけられる。
「友達なんだから、たまにはここに遊びに来なさい」
「ええ、分かりました」
一夜明け、シオンは帰っていった。
それからも、子爵家から外へ追い出されるたびに彼女が私の元に来てくれて、私はシオンの訪問を快く受け容れた。
シオンは諦めが良すぎる子で、どんなに傷つこうが泣きもせず、誰にも助けを求めない。私を訪ねてくるのだって、遊びに来いと言った私の要求に応えるためだ。
それでも良かった。シオンを一人にさせたくなかった。
私の勝手なお節介でしかなくても。
シオンが結婚すると聞いて、私は空き部屋を掃除した。
すぐに諦めてしまうあの子を、いつでも迎えられるように。
しかしこちらの心配をよそに、5年の月日が流れてしまった。
噂で聞く彼女の夫の所業に内心怒りを覚えつつ、月一で彼女の元へ通い、それとなく誘いを掛けた。
全て断られてしまったけれど。
「ねぇ、シオン」
「はい」
「今、幸せ?」
「ええ、とても」
腕の中に愛らしい小さな生命を抱える彼女は、とても幸せそうだ。
「貴女に幸せだと言える今の私を、誇らしいと思います」
「何よそれ」
「貴女には、たくさんの優しさを頂きましたから」
その言葉で、私が彼女を匿おうと色々画策していたことがバレていたのだと知った。
「……あなた、普段はぼんやりしているくせに意外と鋭いところあるわよね?」
「ビルトゥは優し過ぎるから分かりやすいんです」
私には勿体無いほどに。
そう言って笑うシオンは、前よりも感情豊かになったと思う。
「旦那様のこと、好き?」
「ええ、大好きです」
「私よりも?」
「あら、嫉妬ですか?」
だって悔しいんだもの。
私が先に、シオンに出会ったのに。
「比べてと言われると、とても困ります。だって、アロー様もビルトゥも、どちらも大好きですから」
「あんな男のどこが好いのよ」
「私を愛してくれるところです」
「……じゃあ、あなたを愛さなくなったら?」
「お別れします。諦めるのは、今でも得意ですから」
そのとき、ドタバタとひどい物音がした。
ノックも無しに荒々しく部屋の扉が開かれて、シオンの旦那様が血相を変えて飛び込んでくる。
「絶対に別れないからな!」
開口一番に放たれた言葉に、シオンは笑顔で大きく頷いた。
「はい、アロー様」
「絶対だぞ! 子どもだっているんだ! 離縁なんて死んでも承知しないからな!」
ソファーに座っているシオンの足に、縋り付く勢いでまくし立てる。
そんな男を心の底から情けなく思う反面、私は密かに安堵の息を吐いていた。
「旦那様。シオンを捨てたら私が頂戴致しますので、肝に銘じておいてくださいね」
「何を言うか!? 例え友人だろうが、シオンはやらないからな!」
噛み付くように言う男の狭量さを笑って、改めてシオンに祝福の言葉を贈った。
「末永く幸せにね、シオン」
【了】




