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8 Douglas ①

「なんで泣いたんだろうな、エムちゃん」


 幼馴染であり、親友であり、生涯仕えると決めた己の主人を見ながら、ダグラスは呟いた。

 自分よりも一回り体格がよく貫禄は随分と上だが、実は一つ年下の主人、ランスロットは、腕の中の新妻の頭を、毛布から出して、見たこともない凶悪な表情をして涙を拭っている。エメリーンは静かに泣きながら、寝落ちしたようだ。


 その様子をロニーとワイアットも黙って見つめる。たった一晩の野営、男達は寝るつもりなどなかった。


「エムちゃん思った以上に、扱いやすい女の子でしたね。私の周りの貴族の娘とは大違いだ」

 ロニーは実は侯爵家の次男。長男と余計な家督争いをしないために軍に入り、ランスロットに心酔し今に至る。武しか能がない集団のなかで文武両道。ロニーがいるからランスロット隊は回る。確か二十歳になったのか?焚き火で曇ったのか、トレードマークのメガネを頭に上げている。


「野営もすんなり受け入れてくれて……携行食も美味しそうに食べて……でもやはり辛かったのでしょうか?」

 ワイアットが目を細め、痛ましそうにエメリーンを見つめる。ワイアットは平民。生きるために軍に入り、ランスロットに命を助けられた。その日から自分の命はランスロットに捧げると誓っている、静かに厄介な男。ランスの一つ下……22才だったか。


「……いや、エムは野営を楽しんでいた。おそらく昔の何か……辛いことを思い出したのだろう」

 ランスはそう言うと、部下に恐れられている、無表情の顔のまま彼女の黒髪にキスをして、彼女がよく眠れるような体勢を探して抱き直す。


「溺愛じゃないですか……」

 ロニーが呆然とする。


 俺たち四人のときに限って、()()無礼講を許す。死線を何度も共に潜ってきた俺たちの口調にあれこれ言うランスではない。それに、砕けた会話をしてやるほうが、偉くなりすぎたランスは喜ぶ。





 ◇◇◇





 俺の親父は貴族ではないが優秀な軍人で、将軍閣下の直属の部下だった。将軍が俺を名指しで自分の三男坊のご学友になって欲しいと親父に頼んだらしい。

 たとえ三男とはいえ公爵の息子。平民である親父はおかしな話だと思ったが逆らえる立場になかった。


 親父にアラバスター公爵邸に連れて行かれ、初めてランスに会ったのは俺が五才、ランスが四才。ランスは既に俺と同じくらいの大きさで、将軍閣下の英才教育を受け、既に並みの大人より強かった。親父はそれを見て、ひ弱な貴族の子弟だったら潰してしまうから、うちの子だったのか!と思ったそうだ。


 将軍は俺の肩に手を置き、俺に、ランスの友達になってくれるか?と聞いた。俺は子供だから正直に、年下であんな強いやつ無理だ、と言った。将軍は笑って、

『戦わなくていい。遊んでやってくれ。年相応の思い出を作ってやってくれ。あれの背負う運命は重すぎるから』


 その日から俺はランスの側にいる。五才の俺にはわからなかった、将軍の『ランスの運命は重すぎる』という言葉。年を重ねるごとに痛感する。将軍には先読みの〈祝福〉でもあるのだろうか?



 親友のランスに政略の意味をわかっていないワガママ王子のお下がりの女が下賜されると聞き、腹わたが煮え繰り返るかと思った。

 高慢な貴族の女。ランスの働きのお陰で今の平和があるというのに、ランスの顔の怪我を恐ろしいと蔑む輩。そう言ったほうがお上品なのか?反吐が出る。


 しかも勅命!逆らえない!あの祝勝会で見世物になっていた女は、記憶にも残らない地味な容貌だった。俺たちの英雄のランスに地味でキズモノの女を充てがうなど……この国への忠誠心も失せる。



 しかし……裏切られた。いい意味で。

 エメリーンはいい意味で、普通の女だった。

 王都のお上品な貴族の女全てが怯える大柄な体、戦鬼と言われるランスの懐にちょこんと収まっている。

 馬上で穏やかにランスに話しかけ、表情の死んでるランスの代わりに笑ったり、驚いたりしている。ランスの疲れを見逃さず、楽しげに包み紙を開け、口に飴を放り込む。

 ランスも貴重なガラス細工のように大事にしていることが一目でわかった。




 ◇◇◇





「買い物行くって言った時は、絶対ランスの財布を空っぽにする女だって思ったんだけどなー!」


 彼女の買い物は旅に向いた男物の子供服を買うこと。銀貨1枚でお釣りのくる安物。それを自分の持参金で支払った。


「そして我々は飴玉で、まんまと懐柔された訳です」

 ワイアットが楽しそうに呟いた。


 飴を貰ったとき、大いに戸惑った。賄賂にしたら、あまりに軽すぎる。飴など子供でも買える。


「女から飴を貰って、こんなに嬉しいなんて自分でも驚きですね」

 ロニーがニコっと笑ってオレンジのキャンディーを口に入れた。ロニーがキャンディーの数をきちんと数え大事に食べていることを知っている。俺とワイアットも似たようなものだ。


 深く考えるのをやめたら答えは簡単だった。エメリーンはランスの喉を思い、飴を買った。あんまり綺麗で美味しそうだから、俺たちにもおすそ分けしたくなった。それだけ。


 なんの思惑もないプレゼント、その価値に気がつくこと、彼女は一生ないだろう。あの時食べたリンゴ味、あれにまさる感動は当分ないだろう。ただただ優しい味がした。


「エムちゃん、ランスのダミ声、はぁ好きーって言ってたぜ!ニコニコしながら」

 女のことでランスを冷やかす日が来ようとは、夢にも思わなかった。


「エムちゃん笑うとかわいいよね。ランス様もっとかわいいカッコさせてやりましょうよ。地味に見えるのは服のせいだ」

「でも地味な子供服を進んで着てくださるから、旅が順調に進んでいるだろう?」


 気位の高いロニーも警戒心の強いワイアットもエメリーンを認めた。まるまる五日間共に過ごせば十分だ。偽物ならばどこかでほころびが出る。彼女から出た欠点は多少の常識外れだけ。それは年上の俺たちから見たらペットの失敗に似ていて、ただ微笑ましいだけだ。

 ワイアットは馬バカだから、馬をおっかなびっくり可愛がるエメリーンをあっさりいい人認定した。

 馬もバカじゃない。動物は悪人を乗せることを本能的に嫌がる。気難しいリングも女を嫌う俺のナンシーもエムに懐いている。


 ランスはエメリーンが自分のお金で服を買ったと聞き驚いた。そして自分のために飴を買ったと聞き更に驚き………顔色を変えた。

『俺はまだ、夫というのに何一つプレゼントを渡していない』



「ランス様はキャンディーのお返しに、何をエムちゃんにプレゼントするご予定ですか?」

 密かに焦っているランスを知ってか知らずか、ロニーが朗らかに聞く。


「……靴をやると約束した」


「マジか!靴を贈る意味、俺の靴以外で出歩くな?だっけ?お前の行きたい場所に何処へでも連れていく、だっけ?」


「溺愛だ……」

 ワイアットが口笛を吹いた。


 ランスがため息をついた。

「どちらでも一緒だ。エムはおそらく気がつかない」


「「「あーー……」」」


 うちのエムちゃん、どうにも、とんでもなく鈍いようなのだ。別の場面ではとっても気がきくのに。

「そこのあたりがネックで王子に婚約破棄されたのかな?まあでも、押し付けられた縁組だったけど、相性良くて良かったですね、ランス様!」


「違う!!!」

「え?」

 思いのほか強く否定され、ロニーがビクっと震える。


「俺はエムを押し付けられてなどいない」

「え、えっと?」


「エメリーンは最高の女だから陛下は生まれた瞬間囲い込み息子に与えた。だが息子はバカだからエムの価値がわからなかった。だから俺が強引に横から掻っ攫った。それが全てだ」



 生まれた瞬間……〈祝福〉絡みか?そして、

「ランス……お前が捕まえに行ったのか」

「そうだ。エムは逃げられなかった」


 逃げられるわけがない。戦鬼ランスが本気になったのなら、獲物はひとたまりもない。


「……そうだよね。常識的に考えれば婚約解消したばかりの女性をこんなに速攻で堕とす力は……英雄ランス様の力でしかない」

「まあ、ランス様の伴侶が尊敬に値するお方で、私は嬉しいです」

 ワイアットがキレイにまとめた。



 大きな勘違いをしていたようだ。ランスが惚れてたのか。ならば何の問題もない。俺はランスのためにエムちゃん、いや奥様に誠心誠意仕えよう。


 俺の〈祝福〉は〈義〉。








たまにダグラスにエムには見えないお話を語ってもらいます。

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