表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/43

7 lucky?

 ランス様の部下の三人は、旅の間、一人は遠く前方を走り、私達がこれから進むべき道の安全を確認してくれている。次の一人は私たちの斜め後方に控え、最後の一人は後方を守ってくれている。ダグラス様、ロニー様、ワイアット様がローテーションでその任に就く。


 馬車で十日と言われていた旅だったがどうやら六日で領地に到着しそうだ。それもこれも皆様の卓越した乗馬術と、鉄壁の守りと、私のお尻を犠牲にしたからに他ならない。


 私のお尻の皮は、乗馬レッスン三日目で剥けた。ダンスのレッスンで捻挫した時の三倍は痛かった。上司であるランス様にキチンと報告し、私は安定の横抱きスタイルに戻った。

 お尻のケガは、なんと母が「痛い時のために」という手紙と共に軟膏をトランクに忍ばせてくれていた。こうなることを見越していたんだろうか?母の〈祝福〉って予知系だったっけ?とにかくありがたく、お風呂上がりに塗り込んでいる。いつの世も母は偉大だ!


 景色は乾燥した大地から森林地帯に入った。ランス様が東の辺境、キアラリー領と呼ばれる土地について道すがら教えてくださる。

 その土地は深い森に囲まれていて、その奥が隣国。隣国からの人間が忍びやすくそれ故に小競り合いは日常茶飯事。また、森に潜む動物も多種多様に富み、凶暴なクマなどが出ると、その討伐にも出なければならない。


「俺は任務で何度も行ったことがあるが、前領主……今はカリーノ伯と名前を改められたが、伯はその半分は討伐で不在だった。まあ退屈はしないだろう」

「なぜカリーノ伯爵は領地を返上されたのでしょう?」

「ご自身が戦えなくなり、跡取りに恵まれなかったため、潔く引いた、と聞いている」


 戦える領主でなければ生きていけない土地らしい。戦えない私は大丈夫?


「まあしかし、深い森があるということは、森の恵みも多いということ。いつもたくさんのご馳走を用意してくださっていたぞ」

 食べ物で釣ろうとするランス様。まあ食事は一番の楽しみだよね。


「屋敷は前領主の使用人のうち、この地に残りたがったものをそのまま雇っている。そして、軍隊時代の部下が俺の後を追って退職し、私兵としてついてきた。ダグラス達と一緒だ。そいつらが四、五十いるかな。自分達の家を見つけるまで、屋敷にいる」


 大所帯だ。

「ランス様は慕われておいでですね」

「……困っている。勝手に神格化されて」


 〈死〉という〈祝福〉のもと、死神の役割を与えられ、ガムシャラに働いてきたら、今度は英雄と崇められ……己の立ち位置を見失いそうだ。


「それは困りましたね……」

「……そうだろう?」


 私がウンウンと頷く。

「とりあえず、()()()領主様の役を演じてみてはどうでしょう?」

()()()領主?」

「はい、領主としてはランス様はまだ一年生なのですから。で、私は()()()領主の妻を演じます」

 新しい土地には、幸いにも、ランス様と私の〈祝福〉を知る者はいないはず。ランス様はしばし〈死〉を忘れてもいいのではないだろうか?

()()()領主と()()()妻か……」

「領主業、頑張ってくださいませね」

 王都から離れ、少しでも穏やかに過ごせますように。



 前方から蹄の音が聴こえてきた。ランス様が馬を止め、ギュッと私を大きな胸に匿う。前方を駆けていたワイアット様が戻ってきた。後方にいたダグラス様とロニー様も距離を一気に詰め、集った。

「どうした?」

「ここから一時間ほど行った先で土砂崩れが起こり、道が埋まっております。迂回路に回らねばなりません。ただ、迂回すると宿がありません」


 全員の顔がランス様の胸元でカンガルーの赤ちゃん状態の私を覗き込む。問題は私ってこと?

「えー、では夜駆けしよう!ということですか?」

「いえ、馬を休ませねばなりません」

 とロニー様が自身の芦毛を撫でながら答えた。

「よくわかりませんが、ランス様の考える最善でよろしいかと」

「森で野宿だ」

 なんだ。野宿か。

「かしこまりました」

「よ、よろしいのですか?野宿など、ご令嬢が!」

 無口なワイアット様が珍しく確認してくる。

「今夜は雨ではないですし、皆様は野宿、慣れているでしょうし、問題ありません」


 雨のキャンプは最悪だ!というのが前世の林間学校引率での感想。天気が良くて、野営のプロが四人もいるのだ。皆様の働きぶりを見るのが楽しみなくらい。


「足を引っ張ると思いますが、よろしくお願いします」

 私は頭を下げて、ニコリと笑った。



 ◇◇◇




 ワイアット様は既に野営に適した、平らで水場に近い土地の目星をつけていて、そこに到着し、ランス様がOKサインを出すと、一晩過ごす準備を始めた。私は何もすることがなく、ここ数日で仲良くなった馬達が草を食べている間、ワイアット様に借りた固めのブラシでブラッシングした。リングの黒をはじめ、白、栗毛芦毛と色とりどりで美しい馬たちは皆つぶらな瞳をしていて優しく、素人の自己満足の仕事を嫌がらない。


 日が傾き、森が暗くなる。

「エム」

 ランス様が迎えにきた。

「準備が整った。おいで」

「この子達は?」

「ここにいて大丈夫だ。繋いでいるし、川で水も飲める」

「賢いのねぇ、おやすみ」

 馬達がヒンっと啼いた。


 ランス様はさっと私を抱き上げ、元来た道を戻る。

「歩きますけど?」

「……薮は危険なんだ。ブーツでなければ歩くな」

 なるほど。




 大きな焚き火の周りで干し肉が焼かれ、日持ちするパンやドライフルーツが並んでいた。

 柔らかい毛布が一枚敷いてあり、私はそこに座るらしい。しのごの言わず、お礼を言った。


 コップには沸かしたてのお湯が入っている。野営の時はお酒は飲まないようだ。

「お湯ではなくて、お茶にしましょうか?」

「奥様、お茶を持参されているのですか?」


 私は自分の荷物から自作の薄紙で作ったティーバッグを取り出して、それぞれのコップに入れる。

「すごい……携帯用のお茶ですか」

 ロニー様が喜びの声を上げた。褒められると嬉しい。ニコニコする。私も一口飲む。ホッとする。


「エム、何が欲しい?」

「先程からとてもいい匂いがしてますもの。お肉に決まってます。あとパンも一つ」

 ランス様が熱さをものともせず素手で取り、フキの葉の皿に乗せる。私に渡すと隣にどかっと座った。

 炎に染まり、ランス様の髪の毛がますます紅くきらめく。


「ありがとうございます!いただきます!」


 お肉にパクッとかぶりつく。うん、おいしい。おいしい?あれ?思ったよりも柔らかいけど、味がしねえ。

 ………これでは元の味気ない生活に逆戻りだ!


 私は再び立ち上がり荷物から最初の宿のコックにもらったスパイスソルトを出す。

 お肉に一振りし、食べる。

「うわぁ、おいしいよーう!」

 もぐもぐと食べていると四組の視線が突き刺さっていることに、遅ればせながら気がついた。とりあえずスパイスをランス様に手渡し、

「回してください」

 私は食事に戻った。


 スパイスは頂いてきて大正解だった。ダグラス様はパンにもたっぷりふりかけていた。今度王都に用事がある時、再びあの宿に寄って、貰ってきてもらう約束をした。


 男四人が明日の行程やらなんやらを話している傍らで、私は足を三角座りにして、炎をぼんやり見つめていた。炎は美しく、心を穏やかにして、私のなかの、コンラッド王子へのくすぶる思い……初恋を、優しく燃やす。


 ……コンラッド様、小さいころは一緒に本を読んでくれてありがとう。

 たとえご本人の指図じゃなかったとしても、誕生日の度の花束、ありがとう。

 社交界デビューのとき、嫌々であっても、迎えに来てくれて、嬉しかった。


 あなたは他の女性の手を取り、私は訳ありだけど、結婚した。

 ありがとう……そして……さよなら。

 私の想いは、燃えて燃えて、天に帰る……


 火の粉とともに天に伸びる煙を、時間を忘れてぼんやり見上げる。


「エメリーン?」

 気がつくとランス様がすぐ横にいて、硬い親指を私の目尻に押し付けて拭いた。涙が出ていた。


「眠くなりました。あくびです」


 ランス様が何も言わず私を抱き上げ、自分の足のあいだに入れた。足元にあった毛布を頭から被せられる。


 頭上でかすれた声がする。

「明日も早い。おやすみ」

 逆らう理由はない。私もランス様の胸に向かって囁く。


「おやすみなさい。ランス様」







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ