6 lucky?
夜、ランス様はこの街の長にそのまま夕食をもてなされることになり、私は宿で一人静かに食事を取った。
夕食で出た豚?肉は塩とスパイスがパリッと効いていて、どれだけこれまで味気ない健康食を王家に強いられてきたんだと腹が立った。それにうちの一家全て付き合わされてきたのだからたまったもんじゃない。キースがなかなか寄宿舎から戻らん理由がよくわかった。父も母もこれから思う存分しょっぱい料理を食べて欲しい。
私が美味しい美味しいと騒いでいると、宿のコックが既に絶妙の配分で出来上がった状態のスパイスソルトをひと瓶わけてくれた。きっとランス様の効果だな。私はぺこぺことお辞儀してありがたく受け取った。ちゃんとボスに報告しますからね!
お腹いっぱいになると、ダグラス様におやすみなさいと挨拶し、部屋に戻って明日の準備をしてとっとと窓側のベッドに入った。昼間たっぷり馬上で寝たから眠れないかなと思ったけれど、問題なかった。三秒で寝た。
朝、健康的な生活を強いられてきた習慣通り、五時過ぎに起きると、隣のベッドにランス様が既に腰かけていた。私より早いとは!
「ランス様、お帰りなさい。おはようございます」
ランス様の目はただでさえ紅いのに、さらに深紅にばっちり充血している。ちょっと恐怖!
「えーっと昨夜は遅かったのですか?会合は上首尾に終わりまして?」
「ああ……」
「あまり、眠ってない様子、出発を少しずらしてはいかがでしょうか?」
何故かランス様が私を睨みつけた!
「……眠れていないのは……君があまりに無防備すぎるからだ!君は、君は昨日が俺たちの初夜だと……」
「無防備!まさか敵襲があったのですか!だからそんなにランス様はお疲れで……私、そうとも知らず熟睡してしまって、申し訳ありません!」
私は寝間着姿のままベッドで正座して手をつき頭を下げた。
しばしの沈黙のあと、はああ〜と大きなため息が聞こえ、トントンと私の肩が叩かれた。顔を上げる。
「もういい。朝食を取ったら出発しよう。はあ……そうだな、こんな旅先で初夜など……領地に入って改めて……」
私は昨日買った少年用の洋服を着た。なんと、ズボン丈が長くて裾を折り上げなければならなかった。ちょっと凹んだ。黒髪も邪魔にならないようにきっちりと三つ編みにしたあと、お団子にして襟足で留めた。すると、ランス様が眉間に皺を寄せて、自分の荷物から布を取り出し、首にグルグルと巻いた。しまった!
「急所がガラ空きということですね!ああ、もう、ご面倒ばかりかけて申し訳ありません!」
「いや、白い首元があまりに無防備……」
「無防備!!!」
「もういい……ここまで伝わらないとは……純粋培養恐るべし……」
私だってランス様の軍事用語?わからない。一応嫁なのだからこれから勉強しなくちゃな。
宿の皆様にご挨拶をしたあと、キレイにブラッシングされたリングの元に向かう。
「おはようリング。今日もよろしくお願いします」
鼻筋をそっと撫でると、ブルルっと唸って、ベロリと顔を舐められた。
リングを引いていたワイアット様が慌てる。
「奥様!大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫!仲良くしてくれて嬉しいわ」
ちょっと馬臭いけど。持っているハンカチで顔を拭く。そして、馬にのるためにあぶみに足を掛けようと……
「あーーーー!」
「エム、どうした⁉︎」
慌ててランス様が駆け寄ってきた。
「靴を買うの、忘れてました……」
なんて詰めの甘い……こんなハイヒールで乗れるわけがない。昨日のお店、運動靴みたいなものがいっぱい並んでいたのに。
「昨日の買い物のことは聞いた。靴は今度、俺に買わせてくれ」
「え、ただのぺったんこの安いやつだから自分で……」
「ぺったんこだろうが、トンがったやつだろうがエムの靴を買うのは今後俺の仕事だ!いいな」
あまりの気迫に、私はコクコクと頷いた。
ランス様は満足すると、私を片手で抱き上げ、ひらりとリングに飛び乗った。私がゴソゴソと跨ると私の腰を引き寄せて、ランス様のベストポジションに合わせられた。ランス様は昨日同様、私ごとマントを巻きつけ腰をホールドする。
私の足はリングの太い胴回りの前にプラプラとぶら下がる。そんな私をランス様の筋肉質の太い脚が挟み込む。私は思わずランス様の左腿を撫でて、
「昨日は痛くありませんでしたか?」
と聞いた。
ランス様はひっと息を飲んだ!
何故か部下の皆様もビクっと怯えている。
「男が……痛いのか?」
というロニー様のつぶやきを耳が拾う。
ランス様はロニー様をギロリと睨み、歯をくいしばって、
「気、気にするな……」
とおっしゃった。部下の手前、気を使ってくれてるが、やはり重かったのだ。申し訳ない。
城壁を出て、街道を駆け抜ける。ランス様に手綱を一緒に持たせてもらって、馬の乗り方を教えてもらう。リングはいい子で、つい私が引っ張りすぎても怒らない。でも一人でリングに乗るのは無理だ。せめてあぶみに脚が届く大きさの馬じゃないと……。
お尻にダイレクトにリングの振動が響く。ランス様が華麗に手綱をさばき、リングが疲れない道を選ぶ。
乗馬を楽しみながら進むこと二時間。私はやっぱり音をあげた。
「ランス様、お尻が痛くなりました……」
ランス様は片眉を上げると手綱を引いて馬を止め、ヒョイっと私を横抱きにし、何事もなかったように走りだした。もーとーのーもーくーあーみー!
「まあまあ初日にしては頑張ったほうだ」
ランス様が私の頭をヨシヨシと撫でる。
「これでは、せっかく洋服を買った意味がありません」
「エムがズボン姿だと、抱きかかえる時に周りに気を払わないで済む。エムの脚を他の男の目に晒すなどあり得ない。だから、いい買い物だ。意味はあった」
よくわかんないけれど慰められたようだ。そうだ!昨日の買い物といえば!私は胸のポケットからゴソゴソとキャンディの袋を取り出し、一つ摘んだ。
「ランス様、口を開けて?」
ランス様が何事かと視線を下げ、私の手元を見て、納得したように口を開けた。私はポイっとその中に放り込んだ。もう一個取り出して、自分の口にも入れる。優しいハチミツ味が広がる。
「あまーい」
「ああ……甘いな」
ランス様の私の腰に回ってる腕がギュッと閉まる。自然と体が傾き、ランス様の体に倒れる。
「緊張して疲れたはずだ。しばらく寝てろ」
「はい」
キャンディー舐めたまま寝ると、虫歯になりそうだなーっと思ったけれど、逆らわずに寝た。
「エムは俺に甘すぎる……」