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5 lucky?

 ランス様の黒馬は二人乗せているというのに驚くようなスピードで走る。私はランス様の服にしがみついていたが、しばらくすると、少しずつ慣れて、すくめていた首を伸ばし、周辺の景色を眺める余裕が出来た。

 いつのまにか王都を出て、街道を走っている。両脇に麦畑が広がっている。


「まだ恐ろしいか?」

 ランス様が視線を前に向けたまま、話しかけてきた。

「あの、おしゃべりしてお邪魔になりませんか?」

 ランス様がフッと笑った気配がした。

「ならない。ここは戦場ではないからな」

「うるさかったら言ってくださいね。先程の質問ですが少し怖いです。馬上の視点がこれほど高くなるとは思わなかったので。あの、ランス様のこの馬、私まで乗せて重くて疲れてしまいませんか?」

「リングは普段エムの三倍はある荷物を乗せて走ってる。問題ない」

 この立派な馬の名はリングらしい。

「リング、働きものなんですね。仲良くなりたい」


「馬が好きなのか?」

「馬に乗ること初めてです。私……色々と制限された生活でしたので」

 危険、と思われることはことごとく排除された。街に出ることも、動物に触れることも、火を扱うことも。

「なので、あまりに世間知らずでご迷惑をおかけすると思います。始めに謝っておきます。申し訳ありません」

 前世では一通りの経験してるけど、それはそれ、だ。


「馬が初めて⁉︎……そうか。どこか苦しくないか?」

「いえ、今はワクワクしています。でも、おそらくすぐに音をあげて休憩をねだると思います」

 前世、友人と乗馬クラブで馬に乗った時は、二時間かそこらでお尻が痛くてたまらなくなったっけ。


「そうか。自分の限界を恥ずかしがらず言えるのだな。エムは戦場でも生き抜けるぞ」

「まさか!」

 貧弱な私が戦場に出れば、秒速で死ぬ。可笑しくてハハハッと声を上げて笑った。

 その声に驚いたのか、ランス様が視線を私に落としていた。


 千春の意識が馴染むに連れ、私の思考はこの世界には不相応に緩んでしまった。そして閉じ込められていた家から飛び出し、王都を出たことの開放感が、私の口を軽くした。失敗した?まあいいや。もう深窓の令嬢には戻れない。良くも悪くも私はキズモノの既婚者。自由に振る舞ったところで、すでに評判は落ちるところまで落ちている。

 でも、ランス様にだけは嫌われたく、ないかな?様子を窺ってみる。

「ランス様?」

「……参ったな……」


 ランス様が再び視線を遠方に戻す。

「ランス様、麦の芽が青々として綺麗ですね」

「……そうだな」

「ランス様はパンと麺類、どちらがお好きですか」

「ぷっ、なんだ、景色に感心していたと思ったら食い気か?」

「どっちも重要です!」


 あっという間に畑も人の気配も通りすぎ、ゴツゴツとした岩と赤土の荒野に入った。

「エム、ここから先は当分見るところはない。しばらく休んでおけ」

「でも、ランス様は……」

「そのうち交代してもらうさ」

「えーっと?」

 私がランス様を乗せて馬を駆る日など来るのだろうか?しばらく静かにしてろってことだよね。

 ランス様が手綱を私の腰にある左手に持ち替え、右手で私の頭を自分の胸に押し付けた。

「景色が変わったら起こしてやる。寝てくれ」

 私は旅の素人。大人しく目を閉じる。


 誰かにこんな風にひっついて寝るなんて、いつぶりだろう。温かい。心臓の音が聞こえる。ランス様はきちんと〈生きて〉いる。







「おやすみなのですか?」

「ああ」

「『戦鬼』の懐で眠れるなんて……案外怖いもの知らずですね」

「信じられない……」

「騒ぐな。起きる!」

「確かにこの深い渓谷で起きて騒がれて、馬を動揺させたくないですね」

「閣下、ここを抜けたら彼女を乗せるの代わります。お疲れでしょう」


「……間違いが起こらぬように言っておく。エムは俺の妻。俺がいる時は、エムの居場所は俺の(もと)だ。エムは俺の馬にしか乗せない。俺が抱いて乗せるのもエムだけだ。よく覚えておけ」


「し、失礼しました!」

「閣下、本気……本物の結婚される気なのか……」





 ◇◇◇




「エム、起きろ」

 かすれた声と同時に腰をギュッと腕で締められる。ゆっくりと目を開く。

 浅い眠りのはずが、しっかり寝てしまった。


「私、よだれ垂らしてませんでしたか?」

「さあ?」

「変な寝言、言ってないですよね?」

「さあ?」

 教えてよ!ランス様のドケチ!


「あの赤い城塞の街に今日は泊まる」

 遠くに人造物が見える。空を見上げる。まだ日は高い。

「私が旅に不慣れなため、早めに切り上げるのですか?」

「それも理由の一つだが、今後のためにこの街の長と顔を合わせておきたいのと、領地にないものを買い揃えておきたいという理由のほうが大きい」

 私は静かに頷いた。


 街に入り予約してあった宿に到着すると、慌ただしくランス様はロニー様を連れて出て行った。私とランス様は狭いけれど必要なものは全て揃った掃除の行き届いた部屋。おそらく高めのお部屋なのだろう。

 部下の皆様もご一緒に一部屋らしい。


「部屋、私とご一緒なのですか?」

 よく知らない私と一緒で休めるのだろうか?一人の方が疲れが取れるのでは?

「……恐いのか?」

「……まさか、ランス様を狙う刺客が!!!」

「いや……もういい。行ってくる」

「いってらっしゃーい!」


 ランス様が出かけたあと、コソコソと洗面に行ったり、荷物を整理して、外に出るためドアを開ける。目の前の廊下には腕を組んで帯剣したダグラス様がいた。私の安全のため?この街そんなに物騒なの?まさか私の見張り?愚かなことしないように……あり得る。


「どちらへ?」

「受付の奥様に聞いて、ちょっと買い物してこようと思って」

「何をお求めですか?」

「洋服よ」

「失礼ですが、貴族のご令嬢の欲しがる服などこの街にはありませんよ?」

 大丈夫、欲しいものの目星はついているのだ。

 私はニコニコと笑って彼を安心させ、受付に向かう。


 受付の奥さんは運良く一人だった。

「奥様、付かぬ事をお聞きします」

「はーい!何でございましょうか?」

「後ろでお手伝いされている、息子さん?のお洋服、どちらで売ってますか?」

 先程から十歳くらいの男の子が、感心なことに大量のタオルを畳んでいる。

「え、子供服ですか?それだったらこっから……」

 何かの裏紙に地図を書いてくれた。

「歩いて10分かそこらですよ」

「ありがとうございます」


 私は地図を受け取るとお辞儀して外に出た。

「子供服が入り用なのですか?」

「ええ。多分子供服で十分なの。ダグラス様、近いからついてこなくても大丈夫よ?」

「閣下……いやキアラリー伯にあなたから離れないように命令されております」

 あらら、申し訳ありません。

「ダグラス様、では参りましょう」

 私が歩き出すと、ダグラス様に腕を掴まれた。

「……逆です」

 私、まさかの今世方向音痴説!


 たどり着いた店は子供用品があれこれ置いてある店で、私はいそいそと奥に入る。先程の男の子が着ていた服に似たものが数枚あった。カーキ色のズボンと白いシャツを手に取り、体に合わせてみる。

 男の子の服は女が着るとヒップが苦しい問題があるけれど、これならゆったりシルエットで履けそうだ。


 全く同じものを二枚ずつ手に取ると、ダグラス様が小さな声で、

「あの、まさか、ご自分で着用されるおつもりですか?」

「はい」

「なぜ?」

「大人ものだと大き過ぎるのよ」

 私は前世も子供服の160を良く買っていた。安いから、という理由はここでは黙っておこう。

「いえ、なぜ、子供の男物の服が、入り用なのですか?」

「今日、思ったのだけど、明日から馬に乗せてもらう時、横座りよりも跨ったほうがいいと思うの」

「男乗りを……されるために?」

「リングに直接跨ったほうが、ランス様の両腕が空くでしょう?ズボンのほうが乗り降りに気を配らなくてもいいし。何よりずっとランス様の脚に座ってるのが申し訳なくって……今頃私の重さで脚が痺れているのではないかしら?」

「いえ……閣下にとってあなたの重みなど、虫が乗ってるくらいかと……」

 例えるにしても虫なわけ?


 カウンターに行き、おじさんに商品を渡す。目の前には色とりどりのキャンディ。

 最後の最後まで何か売ろうとする手法、日本でもお馴染みだ。やるなおじさん!


「ダグラス様、ランス様はどんな味がお好みかしら?」

「え?食べられれば、何でも召し上がります……」

「そう、喉が枯れてらっしゃるからハチミツ味にしようかな……」


 私はキャンディの袋も数個おじさんに差し出して、巾着袋からお金を取り出す。

「ま、待て、代金は私が!」

「あ、ちゃんとお金、持ってます大丈夫!」

 私の初めてのおつかいなのだ!うふふ。


「なんだなんだご亭主、随分と嫁の尻に敷かれてるなあ」

「亭主じゃない!!!」

「てへっ!」

「てへっ!じゃない!!!」


 店を出て、夕焼けを見ながら宿に戻る。隣でダグラス様がグッタリしている。

 私はたった今買った袋の中からキャンディの袋を三つだして、ダグラス様に渡す。

「これは?」

「プレゼントです。これからも埃っぽい道が続くのでしょう?皆さんで舐めながら走ってください。赤がリンゴ、黄色がレモン、橙がオレンジだそうです」


「我々に、ですか?」

 大げさな。そもそも自分の分しか買わないケチな女じゃないっつーの。


 ダグラス様は赤い袋から、一つ摘んで口に入れた。それを見て、再び歩き出す。

「奥様」


 私は驚いた。初めて奥様なんて言われた!前世でも言われたことがない。


「は、はい?」

「ランスロット様は……声が枯れているのではありません。戦場にて常に大声を、我々を鼓舞するため、出し過ぎたため、あのような声なのです」


「そうなの……それでハスキー……」

「はすき?好き?」

「ああ、渋くてカッコいいって意味。そう、好きだわ。素敵ねハスキー」






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