4 lucky?
私とランス様は国王陛下によって、電光石火で入籍させられた。
婚約は解消されたり破棄されるおそれがあるので。ええ先月、解消されたばっかりですが?
勅命故に誰も文句など言えない。表向きは。
ランス様ご自身がおっしゃるには〈祝福〉の件を別にしても、女性には怯えられており、全くモテなかったとの弁であったが、だとすると、この我が家への嫌がらせの数はどう受け取ればいいのだろう。
恐ろしい(私は全く恐ろしくないけれど)ランス様と結婚するのは嫌だったけれども、ただの地味な伯爵令嬢のエメリーンが英雄と結婚するのは許せない!ってとこだろうか?キズモノのくせに!キィ〜!って感じかしら?
前回同様、いやそれ以下に私の立ち位置がさらに低くなったために前回以上に身分の釣り合わない結婚なのだ。
山ほど届く贈り物(八割がた嫌がらせ)に辟易しているところにランス様が訪れて、我が家の惨状を見た。
「……差し出し人が書いてないものは全て燃やしてしまえ」
「ですが、呪いのアイテムなどが入っているかもしれません」
「俺に呪いは効かない」
「は?」
何度も戦いに出るうちに気がついたそうだ。これはランス様の例の〈祝福〉に関連するの?ただの慣れ?誰にもわからない。
ランス様は我が家の庭の隅にそれらをうず高く積み上げ、手のひらからゴオッと炎を吐き出し、燃えカスも出ないほどの高温で焼き尽くした。
「ランス様!すごいーー!」
私は今世初めて見た、ザ・魔法に非常に感動した!箱入り娘すぎてこれまで誰もここまで鮮やかな魔法を見せてくれなかったのだ!
文明の進化によって、魔法は衰退し、今では魔法を使える人間は一握り。五人に一人くらいだろうか?使えるといっても、ここまでの威力で制御できる人など、国に数人だろう。ちなみに使える魔法は〈祝福〉と何かしら縁のあるものと言われている。コミックの知識で考えれば、ランス様の守護精霊がお手伝いしているのかもしれない。
ランス様の手のひらをジックリ見る。ひっくり返して見る。わからない。ミラクルだ。
「何でこの手から火が出るんでしょう……大きくて厚いからかしら」
ランス様の手をあれこれ検証していると、不意にコミックの記憶が頭に閃いた。
私にも一つだけ使える魔法があった……勘だけど、おそらく使える。この魔法の存在はまだ王家にも誰にもバレていない。いずれどこかで慎重に試してみなくては……
そんなことを考えながら、なんとなくランス様の剣ダコだらけの指を一本一本マッサージしていると、ギュッと握り込まれた。
「ランス様?」
「……お、お父上が心配される。もう邸に戻ろう」
グイグイ引っ張られる。
「エムは本当に……俺の何を見ても怖がらないな」
「本当に怖いことを知っているからでしょうか?」
「例えば?」
「……子を痣ができるほど殴る、親とか?」
「……なるほど」
私は手を繋がれたまま家に戻った。
◇◇◇
ランス様との結婚にあたって、彼の情報を一応集めてみた。貴族学校のキースなどはランス様を崇拝していて、巷に広がるあらゆるランス様列伝を超大作の手紙で教えてくれた。私とランス様の結婚をこの世で一番喜んでくれた弟よ、ありがとう。
ランス様は生まれて直ぐに、その潜在能力を認められ、その当時の軍の将軍であった公爵の養子になる。この養子は実子と何一つ変わらない正式なもので、彼は公爵家の第三子だ。
公爵であるお父上の英才教育を受けて、見る見るうちに武術の頭角をあらわす。魔法は火魔法を自分の手先のように使いこなすが、戦闘は武術がメイン。
十四歳でお父上とともに戦場に立ち、初陣を勝利で収め、その後も少数精鋭の部隊で先頭に立ち続ける。危き場面にこそ投入され、部下を一人も減らすことなく帰ってくる。勝率八割。
そしてこの二年に渡る激しい戦いの中、前将軍が倒れ、彼が後を継いだ。圧倒的に数が負けている中、奇策を持って激戦を制し、我が国が強国の下僕になるのをギリギリで防いだ英雄。
これからも東の脅威を水際で防ぐために、全軍の将軍を辞して辺境伯となり、国を守る予定……
彼の公式な経歴はこんな感じ。
初陣十四歳って……中2だよ。まだまだあどけなさの残る教え子達を思い出す。
中2で、おかしな〈死〉を背負い、大人の思惑で戦場に行かされたのか。
今の逞しいランス様から少年の頃を想像するのは難しいけれど……生きていてくれてよかった。
ランス様は私より六歳年上の二十三歳。まだまだ若い。これから、たくさん楽しいことがあればいい。
そういったことを資料を見ながら考えていると、正面に座る父が、ジッと私を見つめていた。
「エム……この婚姻、本当に納得しているのか?」
「はい」
「こんな……王子でダメなら次、というやり方をか⁉︎」
父が膝の上に置いた拳を震わせている。父は感情を表に出さず、一見上からの力にイエスマンに見えるけれど、本当は誰よりも家族を思い、自分に対して不甲斐ないと、腹を立てている。私が生まれてからずっと葛藤の中にいる父。私は当然愛している。
私だって王家のやり方には全く納得していない。でも……
「ランス様も……ご自身の〈祝福〉の被害者なのです」
この程度なら話してもいいだろう。父は誰にも漏らさない。
父は大きく目を見張り、背もたれにドッと背を預けた。
「そうなのか……あれほどの恵まれた才覚を持ちながら……そういうことか……」
「私、ランス様が〈祝福〉から自由になるまでは、同士として支えてみようと思います」
「〈祝福〉から自由になど、なるのか?」
ランス様の〈死〉、いつかランス様が恋をして、〈死〉が誰もに共通する普通のことであるとその相手の女性が理解してくれれば、私はお役御免だろう。
「私、その時こそ修道女になる予定です」
「……男の目で見れば …甘いぞエム。将軍まで登りつめた男が容易く自分のものを手放すわけがない」
「お父様、閣下はやむなく私を手に入れたのですよ?」
「……そうは見えんが……まあいい。いつでも、ここでも、修道院にでも戻るがいい。私が死んでもキースにキチンと伝えてある」
ありがとう。お父様。
◇◇◇
新しく伯爵位を賜り、東の辺境である新天地キアラリー領に赴くランス様。つまりランス様はランスロット・キアラリー伯爵になった。妻(エメリーン・キアラリー伯爵夫人)と共に領地に入った方が領民に馴染みやすいという理由で最初から帯同だ。本音では一分一秒でも早く私の〈祝福〉でランス様の〈祝福〉を少しでも中和してほしいといったところだろう。お役にたてるか微妙だけれど、ランス様がそう信じていらっしゃるのなら。信じるものは救われると前世の格言にもあった。
時間がない、勅命だったから!を理由に結婚式はあげなかった。
前回の王子との婚約からあまりに時を置かない結婚は十分反感を買っていて、快く祝ってもらえそうにないし、私とランス様の結婚は一般的な夢いっぱいのものでもないし、そもそも私もランス様も神殿で神に誓いをたてることに複雑な思いを持っている。だから問題ない。
ただ、父は憤り、母は泣いた。そうこうしていると日にちが経ち、私は一つ歳をとり十八歳になった。旅立ちに、いい年齢だと思う。
「エムの荷物はそれだけなのか?」
出発の朝、ランス様が眉間にシワを寄せて尋ねる。私の荷物は例のトランクケース一つ。
「足りないものは、あちらで揃えます」
国王陛下が公のものと別に慰謝料という裏金を下さった。ありがたくいただいた。父は全額私に持たせた。散財する予定はないけれど、不穏な私とランス様の未来に保険は多いに越したことない。
ちなみにその多額の現金と宝石は我が家の家宝であるマジックバッグに入っている。無限収納かつバルト家の血族しか使えない代物。遠いご先祖様がどうやってこれを手に入れたのか、今となってはわからない。いずれ、キースの子供に伝えると決めて、ありがたくお借りした。
「それだけならば……馬で行くか。その方が断然早くたどり着く」
ランス様は簡素なベージュのドレス姿の私をひょいっと片手で持ち上げ、縦抱きにし、アラバスター公爵家の紋章が扉に入った重厚な馬車を素通りし、大きな、立派な真っ黒の馬のあぶみに脚を引っ掛けてひらりと乗った。
「きゃあ!」
ランス様は私のトランクを金髪の部下の人に放ち、
「馬車は不要だった。返してくれ」
そう言い放つ。自分の左脚の上に私のお尻を乗せ横抱きにし、ご自身のマントを私ごと包み込むように前に回して肩で留めた。左手を私の腰に回し、ガッチリ支える。
「ランス様!ご令嬢が馬での旅など無理です!」
そう言いながらも金髪の部下の方は私のトランクを自分の栗毛に括り付けてくれている。
「急がねば隙を作る。無理な時は宿を取る。エム、このうるさいのが俺の副官でダグラスだ。そして、後ろのメガネがロニー、茶色の長髪がワイアット、この三人が俺の側近だ」
今回の旅は総勢この五名なのね。
「ダグラス様、ロニー様、ワイアット様、エメリーンと申します。至らないところばかりですが、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
と美しい金髪を耳にかけ、灰色の瞳を伏せるダグラス様。
「ご結婚おめでとうございます」
と一応祝いを口にするメガネに黒髪のロニー様。
黙って頭を下げる茶色の髪が肩甲骨に届く大柄なワイアット様。
あまり好意を持たれていないようだ。まあ仕方ない。これはどうみても足手まといだ。
「ランス様、あの、お急ぎの移動であれば、私など置いて行ってくださいませ。私、後ほど我が家の馬車でゆっくり追いかけます」
首をひねり、ランス様の顎に向かってそう言うと、上からギロリと睨まれた。
「ヒッ!」
ロニー様が悲鳴を上げる!
「ならん。ではお義父上、エメリーンは私が命に代えても守りますのでご安心を。では!」
「あ、ああ」
「お父様、お母様、行ってまいります……きゃあ!」
あっという間に生まれてからずっと、王家によって閉じ込められていた我が家が遠ざかった。