38 unlucky?
目の前で何か破裂した!まぶたの裏まで明るく輝く!
空気が一瞬で燃えて、爆風がふき、真後ろの大樹に身体ごと打ち付けられる!
後頭部と背中が恐ろしくズキズキ痛む。ズルズルと地面に沈む。でも矢の……前世の刺すような痛みはいつまでたっても襲ってこない。鼻先の草の匂いが青臭くて……。
『ひどいなエム、俺はお迎えじゃない』
腕の中のレッドがはあ、とため息をつく。腕を緩めると飛んでいったようだ。
数分後だろうか?もっと経った?時間の感覚がわからない。物音を遠くより風が運んでくる。
「エメリーンーーーー!!」
「エムちゃーん!!!」
遥か彼方から数人の聞き覚えのある声、馬の嘶き。しばらくして重い足音が地面から伝わる。ザクザクと藪を踏みつける振動が響いてきて痛い。起き上がれない。近づいてくる。
グイッと抱き起こされ、背中に痛みが走り、うぅっと可愛くないうめき声を上げる。
「エム!エム!エム!」
頰をバチバチと分厚い手のひらで叩かれる。荒い。軍隊ではこうやって怪我人を叩き起こすの?
馴染みのかすれ声、頭を預ける大きな逞しい胸、ますます涙がこみあげる。
「エム!頼む!目を開けてくれ!」
そっと瞳を開け、瞬きすると涙が溢れ落ち視界がクリアになった。
目の前に汗で紅い髪をグッショリ濡らしたランス様の顔があった。
よくわからないけれど、生き延びたのだ。私もランス様も。
「……ランス様……来てくれた……」
ランス様が恐ろしい顔で睨みつける。
「……言ったはずだ。お前を逃すつもりはない。俺は死神だ。死ぬ時は俺が決めて俺が連れていく。エムがばあさんになってから一緒に」
ランス様が私の全てを救う。死を目前にしてたこの体も、大好きな人を不幸にしてしまう己を呪った私の心も。
私の、私だけの本物の英雄。あなたは嫌がるから、決してそう呼ばないけれど。
「おかえり……なさいませ」
私は無理矢理首を伸ばし、泣きながらランス様の汚れた頰にキスをした。
ランス様の瞳から、涙が一粒、ポタリと私の頰に落ちた。
「……ただいま」
ランス様も眼を閉じて、私にそっとキスをした。
◇◇◇
ランス様が私をそっと抱き上げ、薮から抜ける。私が背中を痛がるので、左腕に座らせ体の側面を寄りかからせて、右手をそっと腰に添える。
私は腕で涙をゴシゴシと拭う。
「どうやって私を見つけて、助けてくれたのですか?」
「先遣の兵士が、キアラリーの状況を聞き戻って俺たちに報告した。ワイアットもスタンも次から次に増員される王太子の兵と戦うのに手一杯でエムを追えず、町民総出でとりあえず敵からエムを引き剥がし、城塞から出し、その後城塞の門を閉め逆に兵を中に閉じ込めたと。しかし、王太子と数人が消え、城塞を抜けてしまった。抜け道を知られていた」
みんな無事だろうか。
「城塞の外でエムの知っている場所はここと花畑だけ。急いで駆けつけると、まだ数キロ先なのに何故か望遠レンズ越しのようにエムに向かって矢が飛んで行くのが見えた。俺の魔力全てで火弾を飛ばし、ようやく届き、燃やした」
さすがランス様。そうか……レッドは火弾の魔法と一緒に飛んできてくれたんだ。きっと私とラックのピンチを察知して救うため、ランス様に伝え……加勢してくれたのだ。見渡すと森が西に向け真っ直ぐ焼けていた。もう火はどこにもない。これもレッドが消してくれたに違いない。
「それと同時に敵が倒れるのが見えた」
話しながら、王太子のもとに着いた。
地面に転がった三人とも、心臓に穴があき、意識なし。血はあまり出ていなくて驚くほどきれいな姿で倒れていた。三人とも貫通。何故かMAXの威力で当たったようだ。でもウサギ以外、人を狙ったのは初めてで……。綺麗な傷の様子をロニー様とダグラス様が転がしながら検分し、訝しげな顔をして、ランス様に場所を譲る。
……私が殺した。人を殺したんだ。人殺しだ。
この世界、正当防衛ってあるのかしら。ないか。だって相手は王太子。重罪だ。ギロチンだ。
殺らねば殺られてた。ランス様が来なかったら今頃手足を千切られ運ばれていた。
後悔はない。でも……前世の価値観が、私を堕ちた人間だと断罪する。
歯がカチカチと耳障りに鳴る。
「……ランス様、私がやりました。私には……発動制限付きの固有魔法があるのです。捕虜にされるのは我慢できても四肢をもぐと言われ……私が一人で王族と兵士、三人殺しました。王族殺しの罪は全て私にあります」
ランス様が私を見て目を見開いた。
「四肢をもぐ……だと?」
「エムちゃんの固有の……」
ダグラス様が呟く。
「全て私の責任。私を王に突き出してくださいませ。まず離縁し、私が他に何一つ累を及ばさぬよう全霊をかけて必ずや説得……」
突然王太子の目がクワッと開き!動かせないはずの彼の右手に風魔法が渦巻いた!!!
「エメリーーーーン!!!お前は私のものだーーーー!!!」
ランス様が瞬時に私を左手だけで抱き直す。右手で抜刀し、目にも止まらぬ速さで、王太子の胸の私のつけた穴に向かって剣を渾身の力をもって突き刺した!
「ゴホッ……」
王太子は全身ビクッと痙攣させ……目から光が消え……確実に絶命した。集められた風が大気にフワリと流れた。
「ランス様!!!」
「……死神である俺が、たった今、〈完璧〉に王太子を殺した」
「なんてことを!」
私は、私は、国家の英雄を!犯罪者にしてしまった。
「違う!殺したのは私!あっ!」
シャキッと音をたて、ロニー様が眼鏡の奥の黒い目を冷ややかに光らせて剣を抜く。
ロニー様、そして背後にいたダグラス様もそれぞれ兵士の胸の穴に向かって剣を突き刺し、引き抜いた。
彼らもビクビクっと痙攣したあと、動かなくなった。
「奥様は誰一人、殺していない」
ロニー様が剣を空で切り、血を飛ばし、紙で拭う。ランス様の剣を受け取り、同じ動作を繰り返す。ロニー様とダグラス様が血に汚れた紙を後ろに投げると、ランス様が指を鳴らし、燃やした。
「……違うわ……なぜ……私が業を背負わねば……」
「エム様、たとえ王太子と言えど、か弱き女性を家から誘拐し、傷つけた。これは犯罪です。護衛に反撃を受け殺されようが当然の報い。我々に非などない。私の剣は大事な人を守るためにある」
ロニー様が、その大事な人とは私だと言うように、私と視線を合わせ、頷く。
「エムちゃん、俺たちは……こうしてエムちゃんを守ることが生きがいなんだ。受け入れて?でないと俺たちの存在価値、なくなっちまう。いいかい、エムちゃんは完全な被害者なんだ。ああ、こんなに傷だらけになってしまって……痛いだろう。またもやこんな目に合わせて……ごめんね……」
ダグラス様がぼろぼろの私を見て、顔を歪める。
「ダメよ。ランス様も、ダグラス様もロニー様も、私の大事な大事な……この世界でようやくできた友達……ううん、家族なの……私の罪を被るなんて……」
「家族かあ、ふふふ嬉しい。私もエムちゃんを妹と思ってるよ。ケイン様より一足早く兄認定だ!兄貴は妹を守るの、当然でしょう?ああっ!美しい、私とお揃いだった黒髪が……」
「ロニーさまっ!事が大き過ぎます!ダメ……私のせいで、皆さまが、捕まって、裁かれたら私……」
「その時は逃げるさ」
ランス様が私の頰に手を当てて、自分を見るように促す。
「ランス様……」
「どこか、森の奥深くに分け入って、木こりでもする。エムの捕まえたウサギのシチューを食べながら。エムは引きずってでも連れて行く。いつでもいつまでも俺の道連れだ。いいな?」
ランス様に睨まれた。……愛する夫の言葉に刃向かうことなどできようか?
「……逃避行……ですか?私を連れて?ロマンチックですね……どこまでも、もちろん……ご一緒します」
私は笑えているだろうか?この死神と、いつまでも、どこまでも一緒に逃げよう。
「大丈夫、俺を信じろ」
もちろん信じてる。
「俺もついて行こー」
「ダグラス、お前は邪魔だ」
「ランス様、ここはエム様には……もう場所を変えましょう」
「領主様ー!」
見たことのある兵士が城塞方向から駆けてきた。
「城内、スタン様の采配のもと鎮圧いたしました。敵は全て城塞の牢に入れたとのことです」
「みんなは?みんなは?兵士の皆様!街の皆様!」
「大怪我のものは多数おりますが、幸いにして死者はおりません」
「ああ……」
私は一気に力が抜け、額をランス様の肩に押し付けた。
「エム、終わった。寝てろ」
「う……ふぐ……ううう……」
私は涙が再び込み上げて、どうしても止まらず、嗚咽が漏れて……気持ちが昂ぶり寝られるはずなどない。でも、ランス様も誰も領主夫人失格と、咎めたりはしなかった。ランス様があやすように私の背をさすり、頭の上にキスを落とす。
泣いたまま抱かれたまま、大きなリングの背に乗り、大好きな皆のいる家路についた。




