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37 unlucky?

 セルは今まで見せたことのない速さで力強く走る!私はなんとか鞍に座り、手綱を握りこみ、クレアに教わったとおり、腰を上げて前傾姿勢を取る。


 すれ違えない幅の狭い道から街に出ると、あちこちでランス様の兵士が戦闘中だった。二階建ての建物の屋上で、いつもの倍は大きく見えるスタンさんが華麗に大槍を振り回しながら指示を出している!負けていない!でも数が全然違う!うちの兵の三倍?


 両脇から黒い特別な王族配下の軍服を着た兵士が私を見つけ、馬で追いかけてくる!

 セルに比べて馬体がデカイ。追いつかれる!


 そう思ったら、目の前の婦人用品店のドアがバタンと開き、マダムアリアが巻いてある高価そうな布を、店の入り口から何十本と倒す!

 間一髪セルは木の幹のようなそれらに当たらず通り過ぎたが続く馬達は布にぶつかり、転がり流れるシルクに足を取られ、次々と転ぶ。


「うちのこれからバンバン伸びる予定の素朴な領主夫人ちゃんに何してくれんのよー!!!」

 あ、ありがとう!マダム!


 さらに進むと小道から再び追っ手が来る。武器屋のところでセルが急に右に曲がった!私達が曲がった瞬間地面から数本の槍が柵のように立ちあがった!追っ手の馬は前脚を上げて踏み止まり、兵士は後ろに滑り落ちる!


「奥方なのに、弱え弓握って領の役に立とうって必死こいてる健気なエムちゃん追いかけ回すとは!てめえらに武器を持つ資格はねえ!!!」


 武器屋のロイさん!優しげだったのに実は武闘派?ありがとうございます!


 セルが道を変えながら城塞の門へと進むが、門の前に黒の兵士が待ち構えてる。もう強行突破しかない。

「行くよ!セル!ラック!」


 スピードを上げようとすると、門そばの商業ギルドから、ドヤドヤと人相の悪い、ブラウンズで顔見知りの住人や冒険者達が出てきた。


「……俺たちの大事なエム坊攫おうとか……この国終わってる!」

「エム坊はなあ、普通過ぎるエム坊はなあ、この荒っぽい東の辺境の唯一の癒しなんだよっ!」

「エムちゃん効果で商業ギルドがどんだけ潤ってると思ってんのぉおお!」


 みんながそれぞれに武器を持ち、兵士達に飛びかかった!何の連携も取れていない、勝手でやりたい放題の戦闘が始まった!


「エム坊行け!」

「ブラウンさん!」

 ブラウンさんは私が通り過ぎたあと、じゃがいもと小麦粉をばら撒いた!一面真っ白になり、視界がなくなってじゃがいもに脚を取られた馬達が嘶きながら転倒する!


 セルと私は城塞を抜けた!目の端に門番のガンズさんが私に手を振り、大きな鎖から手を離す姿が映った。


 ガラガラガッシャーン!


 上から鉄門が音を立てて下りた。追手が止まった。





 ◇◇◇





 行くあてのない私はいつもの狩場にたどり着く。セルを小川に連れていき、水を飲ませ、私は薮に身を潜め、座り込む。息をどうにか整える。


「はあ、はあ、怖かった……ラック……どうすればいいと思う?ここでランス様が戻られるまで待機、かな?はあ、はあ……」

『自分で考えないと、後悔するでしょ?さっきそうしたじゃん』

「……そうね」


 とは言え、今は何も思いつかない。薮から這い出て小川で顔を洗う。脳までスッキリするように。

「私の空気銃、何発打てると思う?」

『ギリギリ二発かな?』


 やはり……。この数日の不自由な生活は私の元々多くない魔力をそぎ落とした。そもそも24時間以上寝ていない。体力魔力、万全で四発。こんなヘロヘロでは……ラックの言う通り、二発がいいところ。打った後逃げる体力も必要だ。


 城塞の足止めはどれくらいもつだろう?

 城塞を突破され、ランス様より先に王太子殿下に見つかったらどうしよう?

 威力バラバラな二発の空気銃でとりあえず戦うしかない。

 でも多勢に無勢で、歯向かえなかったら……自決?

 一発撃って、一発自決用に弾を残す?


 ……ダメよ。自分で死ぬなんて。とりあえず捕まってでも、酷い扱いを受けてでも、とりあえず生きないと!クレアやスタンさん、ワイアット、ここまで逃してくれたみんなに顔向けできない。父も母もキースも絶対に許してくれない。私を生かすためにこれまで全てを犠牲にしてきてくれた。


 それに、私には最強で最恐のランス様がいるのだ。生きていれば、必ず私を迎えに来てくれる。どこに囚われていても助けてくれる。ランス様の全てを信じてる。


 もし……汚されたとしても、絶望せず、しっかり寝て、魔力充填して、次の機会に賭ける!やっつける!

 ランス様はどんな私でもきっと受け入れてくれる……


『もうっ!全くバカなこと考えて!まあ正しい結論にたどり着いたからいいけどさー。エム、私の空気銃、自殺に使えるわけないから。何で私まで消えちゃうのにそんなことさせるかっての!』


「ご、ごめんなさい!」

『いいから、今のうちになんか食べときな!』


 マジックバッグから干し肉を出して齧る。急いでいたのでスパイス忘れて味気ない。ガジガジと魔力を少しでも復活させるように飲み込む。


「ラック、ちょっと寝る。危険が迫ったら起こしてくれる?」

『はあ、エム、私への敬いが足りない!まあでも私のピンチでもあるからこんくらい許したげる』

「ラック、いいヤツ!ありがとう」


『……エムも……非力で泣き寝入りのお嬢ちゃんと思ったけど、裏切られた。しぶとい!いい根性してる。オヤスミ』




 ◇◇◇




『エム、起きな。なんか来た』


 膝の間に頭を突っ込んで寝ていた私の耳元ですっかり姐さんのようなラックが囁く。

 一気に覚醒した。あまりに深い闇に少し怖気ずく。大丈夫、ここは私に恵みを分け与えてくれる、通い慣れた優しい森だ。

「何時か教えてくれる?」

 小声で囁く。

『もうすぐ夜明け』


 結構時間経っていた。音を立てないように気をつけて体を伸ばす。

「魔力、増えたかな?」

『ばかな。こんな不安定な状況では増えないよ』

 残念。髪を三つ編み二つに結びなおし、顔を薮から出して辺りを警戒する。

 ランス様であって欲しい!



「エメリーン?いるんだろう?出ておいで?」

 王太子だ……シツコイ。ほぼ初対面なのにこんなに執着されるとは。


「私の家臣にはね〈香〉の〈祝福〉持ちがいて、非常に鼻が利く。領主の屋敷の匂いを覚えてここまでやってきた。間違いなくここにいるって言ってるねえ」


 私の匂いをたどってきたとか、冗談きつい。花も恥じらう乙女なのに。


「そんなことできるの?」

『〈祝福〉に胡座をかかず、努力したんだろうね。エムもなんとなくわかってるんじゃない?』


 きっと〈祝福〉は小さな、きっかけのような資質でしかない。それを信じて、良い方に伸ばそうと努力すれば、精霊は守護する人間に報いる。ぼんやりしていても身につくチートではないのだ。


 王太子とその香りの兵士、二人しかいないわけはない。でも足音も馬の蹄の音もしない。多くて五人?

 どちらにしろ、空気銃二発じゃ戦えない。


 訓練されていない令嬢がどこまで逃げられるだろう。有利な点は彼らよりもこの森に詳しいこと。

 行くしかない。東の空が白んできた。

 ランス様は西から戻る。一か八か西に向かおう。


 セルを置いて、息を吸い込み藪の中を駆ける。足元は尖った木切れがあちこち飛び出ているけれど、ランス様がブーツを買ってくれたから大丈夫。


 200メートルほど走って、前回ウサギを狩ったポイントで木にもたれ、息を整えていると、


 グザッ!


 私の首元の右、ぶら下がった三つ編みの髪を引きちぎって、背中の木に矢が刺さった。恐怖で全身がわななく。


「ふふ、逃げまどう姿は野うさぎみたいだね。可愛いなあ。さあ、もう無駄なこと止めて出ておいで?」

 何故見えるのだろう。この世界暗視スコープのようなものはないのに。経験豊富な軍人には気配でわかるのか?それともそっちの〈祝福〉持ち?


 ずっと引きこもりだった素人一人で逃げ切れるわけなかった。

 他にそんな素人の出来ることは、前世刑事ドラマで見た、引き伸ばし作戦?深呼吸する。


「私を捕まえてどうするおつもりですか?」

「おや、思ったよりもヒステリックな声じゃないね。君を捕まえてから?もちろん結婚するよ」

「王太子妃様とアルバート王子がいらっしゃるではありませんか?」

「当然離縁するさ。アルバートは保険で取っとく。君との間に子ができないかもしれないからね。いや、出来るか!君は幸運の女神なのだから。じゃあアルバートもいらない」


 嫁と子供捨てるとかクズだ。私を刺したあのオヤジと同格。

「王太子妃様と王子様にしてみれば、私は全く幸運の女神ではないですね。そもそも、このように弓を向けられている時点で私には全く〈運〉などない。それを見抜いたコンラッド王子のほうが賢いと思いますわ」


「コンラッドは君を手放した途端、人生を転がり落ちているよ。君を手に入れたものが幸運を手に入れるんだ」

「私の父は厄介な娘のせいで苦難に喘いでいました」

「でも君のおかげでアラバスター公爵がバルト伯爵家を傘下に入れた」

 ランス様のお父上様……ランス様を愛するゆえにうちのことも気にかけて下さったのだ。


「それは父の真面目な人となりをお気にめしたのでは?アラバスター公爵閣下は厳しいお方と聞いております」

「まあ、何にせよ君ありきだ。さあ、私の花嫁、出ておいで?いい加減待たせられてイライラしてきたよ。私は君が私の元にいてくれるなら四肢をもぎ取った姿でも構わないのだからね」


「!」

『ヤバイやつじゃん……』


 〈祝福〉が欲しいからこそ、捕らえられても自由はなくとも大事にしてもらえるとどこか思いこんでいた。私はとんだ甘ちゃんだった。


「……仮に私に〈運〉があるとして、私が幸せでなければ相手に〈幸運〉を与えることなど出来ないと思います」


「大丈夫だよ。人間は驚くほど環境に慣れてしまうんだ。私しか頼れるものがいなければ、すぐに私に依存するようになる」


 ダメだ……大人しく捕虜になってランス様を待とうとも思ったけど、こんなおかしな人間と、一秒たりとも一緒にいられない。どうすれば……


 闇が急激に薄くなる。日が昇る!マズイ。目の前の光景がはっきりする。目の前の薮の50メートルほど先に王太子。その両脇に弓をギリギリと引き絞り私に狙いを定めた兵士。逃げられない。


「これまでね」

 腕や脚を吹き飛ばされるくらいなら、いっそ一発で心臓を貫いてよ!私から当たりに行こうか⁉︎


 ああでも、ランス様が悲しむ……。

 愚かな世間は誤解しているけれどランス様の優しい心はこの世界の誰よりも傷ついている。自分がそばにいることで私が怯えないか、傷つかないか?傷つきすぎて、自信がなくて、怖々そっと触れる人。


「今しかない」

 ランス様との未来という一縷の望みをかけて戦う。私にもようやく標的がはっきりした。腕がもがれたらどうせ撃てなくなる。脚をもがれたら逃げる体力温存しても意味がない。

 例え、上手くいかなくとも、諦めず、最後まで抵抗した、ランス様との生活のためにもがいた証を残さなくては!



「ラック……私の最高の守護精霊、これまでありがとうございました」

 私の王族への反逆罪が、ランス様や家族に累を及ぼしませんように。


 私の肩の上を飛ぶラックを見る。私の最後の願い、聞き届けてくれる?

 ラックが私を睨みつける。

『エム、ふざけんな!』


 視線を戻す。右手で狙いをつける。


 一発目は王太子、弾切れできないから。その次が両脇の兵士。せめて起き上がれない威力でありますように。

 人を殺してしまったら、当然良き人生、良き〈死〉にはならないよね。ラック、レッド、許して。


 ランスさまっ!!!


(バンバンバン!!!)


「うくっ!」

「ぐはっ……」

「な、なんだ……」


 王太子が後ろに吹っ飛ぶ!

 兵士たちも弓から手を放し、その場に崩れる。でも二本の矢は私に唸りながら真っ直ぐ向かってきた!!!後一歩遅かった。逃げられない!相打ちだ!


 目を閉じる。ああ……またあんなに痛いのかな?やだなあ……






 何故か前世の最後の記憶、いつも穏やかだったユージ先生の泣きじゃくる顔が脳裏に浮かぶ。

『ちはる!ちはる!お願い!眼を開けて!笑って!死なないで!行くなー!』


 私はまたランス様にもあんな顔をさせるの?


 私はなんて……成長しない人間なの?どうしてうまくいかないの?


 ユージ先生と幸せになりたかった。

 ランス様と……ようやく想いが通じ合って、初めての結婚生活、のんびり仲良く過ごしたかった。

 愛する人を苦しめたくなんかないのに……いつもいつも……


 結局最愛の人を傷つける。


 急に眼を閉じているのに燃えるように紅く染まったレッドが猛スピードでやってくるのが見えた!ひょっとして〈死〉のお迎え?それならば!


「ランス様……〈祝福〉……レッドは私が代わりにもらっていきます」

『バカッ!エム!やめろ!』

 レッドに手を伸ばし、抱きしめた。

『エム!!!レッド!!!』


 ランス様の全ての重荷、私が妻として全てあの世に持っていく。私は妻だもの!誰が何と言おうと私が妻だもの!!!


 前世の二の舞いにならないように、最後の記憶は笑ってるランス様を思い出す。あれ?あんまり笑ってない⁉︎

 馬上で私を見下ろすランス様。

 眠そうに朝食をとるランス様。

 最後のあの夜、ベッドで額を合わせ、愛していると、かすれた声で……ランス様。


 ランス様ランス様ランス様!!!

 涙が滲む。


 空気の唸り声が到達した。



 愛しています。ランス様。







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